08【腹ごなし】
芝の漁師小屋を見渡せる小高い丘の上——。
五六七親分の手下たちが、遠巻きに見張りを続けている。
その少し離れた場所にある別の漁師小屋が、親分や一関藩の探索方の控所となっていた。
源二郎は先の戦いで負傷しており、ここで指揮を執っている。
時折、見張りの者が入れ替わり立ち代わりやってきては、親分と何やら言葉を交わし、再び持ち場へと戻っていく。
小屋の中は簡素な造りで、土間には長椅子が置かれただけ。
奥の囲炉裏端には、彩雲が大徳利を抱え、膝を枕にして禿がスヤスヤと寝息を立てていた。
殺伐とした空気の中、その姿は一滴の憩いのようにも見えた。
「ガラッ!」
突然、戸が開く音が響く。
一斉に視線が集まった先には、大きな荷物を抱えた女中のお梅と、蕎麦屋の娘・おロクの姿があった。
あまりの注目に、お梅は緊張のあまり固まってしまう。
無理もない。町娘の彼女にとって、これほど多くの侍の視線を浴びることなど、初めてのことだった。
「ええっと……鶴喜楼のお広さんから、皆さん小腹が空いたろうって、おむすびと煮しめを。
それから、うちの店の蕎麦も余り物で悪いけど持ってきたでごじゃります。
ツユもあるから、温かいのが食べられますですます」
生粋の江戸っ娘であるおロクだったが、緊張しているのか、妙な敬語になっている。
その様子に、場のあちこちでクスクスと笑いが漏れた。
おロクは恥ずかしそうに赤い顔をしながら、テキパキと囲炉裏でツユを温め始める。
「済まなかったね、お梅、おロク。
こんな寒空には、温かいものが一番だ。なあ、源二郎」
彩雲がそう言って目をやると——
その視線の先には、お梅。
そして、お梅の視線の先には、源二郎。
(ははーん、そういうことかい)
ピーンときた彩雲は、やり手婆婆に徹することを決めた。
ツユが温まり、おロクが給仕を始める。
そして、源二郎にお椀を手渡そうとした、その瞬間——。
「お梅、源二郎にはあんたがしてやりな」
彩雲の一言に、お梅はビクリと肩を震わせたが、
お椀を受け取り、ゆっくりと源二郎の元へ歩み寄った。
「ありがとう、お梅さん」
甘さを含んだ声で礼を言う源二郎。
その言葉に、お梅の頬がじわりと赤く染まる。
周囲の侍たちも、その様子には気づいていたが、誰一人として茶化す者はいなかった。
(慕われているねえ……)
彩雲は、煮しめをつつきながら、ニヤニヤとその光景を眺める。
お梅はその後も、甲斐甲斐しく源二郎の傍で給仕を続け、
その他の侍たちには、おロクが器用に立ち回っていた。
——やがて、半刻ほど経った頃。
「バタン!」
突然、戸が勢いよく開かれる。
「皆様方、もうすぐ大畑様一行がご到着なされます!」
駆け込んできた侍の一言が、討伐開始の合図となった。