10【帰郷】
静香の亡骸は奉行所の預かりとなった。
藩の内輪のいざこざではあったが、市中でも噂になっているため、表向きには「田置藩の侍が辻斬りを成敗した」ということにした。
当然、静香の身元は伏せている。
亡骸は彩雲が引き取れるように手を回しておいた。
また、源二郎も評定所で余計な詮索をされぬよう裏から手を尽くし、相当な金子を使ったようだった。
そんな騒動がようやく一段落した頃、源二郎が彩雲のもとを訪れた。
「彩雲殿、今回の件では大変お世話になりました」
深々と頭を下げる源二郎に、彩雲は煙管をくゆらせながら笑う。
「親分はじめ子分たちにも、ずいぶんと過分なお手当をいただいたよ。おかげで遊郭やら悪所で散々遊び回って、皆、大喜びさね」
「いえ、皆さんの力なくしては、ここまで片付けることはできませんでした」
彩雲は煙管を煙草盆に「ポン」と打ちつけた。
「静香さんの亡骸は荼毘に付してある。骨箱も用意してあるから、一緒に連れて帰るといい」
そう言って、部屋の隅に静かに祀られた骨箱に目をやる。
「で、お家の騒動の方は、これでケリがついたのかい?」
「はい。御台様は、最初は亡骸を引き取って八つ裂きにする勢いでした。しかし、そんなことをすれば御公儀に話が漏れ、藩の存続すら危うくなる——と、家臣一同が必死に説得し、ようやく正気を取り戻されました。
今は、亡き殿の供養と新しい藩主のために、家中一丸となって粉骨砕身しております。
御台様も、元服を待って仏門に入る覚悟を決められたようです」
「そうかい……」
「ただ……大畑殿はお腹を召されました。けじめをつけるためだと申して……」
源二郎は静かに頭を下げた。
彩雲はふっと煙を吐き出し、遠くを見るような目をした。
「そうかい。まぁ、丸く収まったってことでいいんだろうね。で、今から帰るのかい?」
旅支度を整えた源二郎が頷く。
「はい。兄と静香殿の遺骨を、天橋家代々の墓に納め、夫婦になってもらうつもりです」
「そうかい……でも、怪我をした体で、二人分の骨箱を陸奥まで持って帰るのは骨が折れるんじゃないかい?」
彩雲は煙管を持ち上げ、にやりと笑った。
「つなぎに使ってた女中のお梅を連れて行きな。女将にも話をつけてあるし、お梅もあんたにまんざらじゃない様子だよ」
源二郎は目を丸くし、そして少し照れたように頬を赤らめた。
「……はい。私も、お梅殿には感謝しております」
「決まりだね。支度を済ませて待たせてあるから、連れて帰ってやんな」
そう言って満足げに湯呑みをグイッとあおる彩雲。
暖かな日差しの中、部屋の隅で居眠りをしていた禿が寝返りを打つ。
すると、ふと源二郎が真顔になり、ぽつりと呟いた。
「……彩雲殿、失礼ながら……貴方様は、一体何者でございますか?」
彩雲は軽く笑い、煙を吐きながら空を見上げた。
「ただの呑兵衛さね……今年は暑くなるかねぇ」
五月晴れの空。
光を受けた彩雲の目が、どこか眩しげに細められる。
——彩雲。
彼女はそう、《雪女》である。




