第52話 国王の末路
「さて、陛下はこんなにも多くの貴族の意見を無視することは出来ますか?」
「……っ」
「署名された中にはハミルトン家以外の公爵家に準ずる貴族たちもいます」
「……」
「実際に風呂カフェに訪れて、再訪したいと思った侯爵家当主。娘が開発したドライヤーを使って興味を持った伯爵家夫人やその娘。多くの貴族たちが娘の風呂カフェを望んでおります」
父の語りを聞いて、私が取り組んできたことが王都でも実を結んでいたのだと胸が熱くなる。
もちろん、今の社交界での私の評価は、父が私のために尽力してくれた結果でもあるんだろうけど。
しばらく黙っていた国王は、絞り出すように声を出し始めた。
「分かった。今回は、ユリウスとリディア嬢のことを諦めよう」
「本当ですか……!」
喜んだのも束の間。国王は「しかし」と言葉を続けた。
「しかし、ワシはお主たちのことを許さんぞ。ワシはこれからもお前たちを脅し続ける。ユードレイスになど住み続けたくないと思わせてやるからな」
「そ、そんな……」
隣を見ると、ユーリさんの表情が硬くなっていた。
ユーリさんは、父である国王が魔物を使うことで、国王の意のままに操られてきた。これからもその生活が続くということだろう。
しかも、国王は私のことも諦めていない。
私がユードレイスに住むようになってから、私の周りでは街に魔物が発生する事件が頻発していた。
これが国王の仕業だと考えると、これからも同じことをするつもりなのでしょうね……。
今まで大きな怪我をした人はいなかったけれど、もし私の大切な人が傷つけられたらと考えると、とても怖いわ……。
私とユーリさんが何も言えないでいると、父が「ゴホン」と咳払いをした。
「陛下の思い通りにはならないかと。……お入りください」
「うむ。失礼するぞ」
父上が後ろの方に声をかけると、新たな人物が地下牢に入ってきた。優しい雰囲気のおじいさんだ。
その姿には、見覚えがあった。どこで見たんだっけ、と記憶を探る。確か、最初は店の前に倒れていて……
『うぅ、ワシはもうダメじゃ。もう死ぬんじゃ……』
『腰が痛い。腰が痛いんじゃ……』
そう言って呻いていたので、お風呂に入れてあげた……
「あ、あなたは! あの時のおじいさん!!」
なぜ、あの時のおじいさんがここにいるんだろう。混乱していると、父がため息を吐いた。
「リディア、先代の国王陛下だ。無礼だぞ」
「こ、国王陛下……⁈」
「そうだ。弁えなさい」
「え……⁈ ええ⁈」
父の言葉に衝撃を受ける。
まさかあの時のおじいさんが先代の国王陛下だったなんて、思いもしなかった。
だって……道端に転がって、呻いていたじゃない……。どう考えたって、王家の人間だって気付けるわけがないじゃない……!
「うむ。細かいことは気にするでない。……久しいの、娘さん」
「は、はい……。あの、なぜここにいるのですか?」
「うむ。わしと娘さんの父君、母君との縁を話せば長くなるのじゃが……。君の母君の作っていた煙草の銘柄をわしは愛用していたんだ。その縁で、わしと君の父君、母君とは友人関係にあっての。今回、久しぶりに父君と会っていた時に君の従者から事態を聞いて、ここまでやって来たというわけじゃ」
そういえば、前におじいさんは「煙草の吸いすぎで体を悪くした」と言っていた。それに、公爵家を出て行く前に、父が母について「王家御用達の銘柄を作った」と語っていた気がするわね……。
あまりの情報の多さにクラクラしていると、先代の国王陛下は真っ直ぐに私を見た。そして。
「さて。娘さん。わしは君に恩がある。娘さんが助けて欲しければ、わしは助太刀が出来るが、どうしたいかの?」
「……!」
先代の国王陛下は、風呂カフェを去る前に言ってくれた。
『娘さんには大変お世話になったな。今後、そなたが困るようなことがあったら、わしが助けよう』と。
今こそ、あの時の言葉通り、助けてもらう時のようだ。
すぐに私は先代の国王陛下に進言した。
「国王陛下が魔物を使って、私たちを脅しております。国王陛下の愚行を止めていただくことは可能でしょうか?」
「貴様……!」
国王が怒って吼えるが、先代の陛下がそれを手で制する。
「うむ。それが本当なら、大変なことだ。魔物を使役して人を襲わせるのは、違法だからの」
「証拠がありません、父上! 彼女の言葉は妄言ですぞ!」
「……!」
しかし、私の横で静かに話を聞いていたユーリさんが口を開いた。
「証拠ならあります。リディア嬢の周りで魔物が発生する事態について調査していた時に、数人が証言をしてくれました。国王陛下に指示されて、リディア嬢に魔物をけしかけたことを」
「ほう」
「この資料に証言が記載してあります」
「貴様、ユリウス……!」
彼は懐から紙を取り出し、先代の国王陛下に渡した。
ユーリさんはずっと、魔物が出現することについて調べてくれていたし、調査対象に関する証拠集めをしているとも言っていた。彼なら、証拠を持ってくれていると思ったのだ。
「念のため持ってきておいて、よかったです。いざとなったら、この資料で陛下を脅すつもりでしたから」
「貴様……!」
「うむ。この資料を見るに、現国王の蛮行は本当のようじゃな。更に調査を進める必要はあるじゃろうが……」
先代の国王陛下は何回も頷いて、国王の後ろに控えていた兵士たちに目を向けた。
「お前たち、こやつを捕らえよ。そして、牢屋へ入れろ」
「……⁈」
「国法に則って、こやつを裁く。今からわしが権力者じゃ。早くこやつを連れて行け」
兵士たちは少し迷ったようだが、先代の国王陛下の言葉を聞いて、すぐにどちらに付くべきか決めたようだった。兵士たちは国王の腕を取り押さえた。
「何をする、貴様たち! ワシは国王だぞ⁈」
「黙らんか。これ以上、王家の醜態を晒すでない。しばらく国政は、わしが行う。お前は静かに沙汰を待て」
「な、何を……!」
「権力に溺れ、弱き者を虐めた罰じゃな」
先代の国王陛下が冷酷に告げると、兵士たちは国王を引っ張り始めた。
「う、うわあああああやめろおおおおおおお」
国王の叫び声が地下牢に響く。彼は兵士たちに連れて行かれてしまった。これから国王は、壊れていない牢に収監されるのだろう。
「ここが地下牢でちょうどよかったの」
先代の国王陛下は、少しだけ愉快そうに笑った。そして、私たちに向かって深く頭を下げた。
「娘さん、ユリウス。わしの息子が迷惑をかけた」
「そんな! 頭を上げてください……!」
「あやつの処罰は、わしがしっかりと行うつもりじゃ。それでいいかの?」
「はい。よろしくお願いします」
私たちが頷くと、先代の国王陛下はホッとした表情を浮かべた。
「それじゃあ、年寄りは去ろうかの。行くぞ、ハミルトン」
「はい」
立ち去ろうとする先代国王と父上に、私は頭を下げる。
「本当にありがとうございました!」
「よいよい。それより、わしは、また娘さんのお風呂に入ることを楽しみにしておるからな」
「はい‼︎」
そう言って、先代の国王陛下と父上はその場から去って行った。
私はくるりとユーリさんを振り返って、微笑んだ。
「それじゃあ、帰りましょうか?」
私が手を伸ばすと、彼は今度こそ私の手を握った。そして、彼も控えめに、ホッとした表情で笑った。
「ああ、ユードレイスへ帰ろう」
次回、最終話になります!




