第51話 国王への反撃
「帰るのは許さないぞ。リディア嬢も、ユリウスも」
「……!」
振り返ると、そこには国王陛下が立っていた。ユーリさんを安全な場所に送り届けてから、国王を説得しに行くつもりだったけど……騒ぎを聞きつけた国王が地下牢まで来てしまったみたいだ。
「まさかと思って、来てみれば……逃げ出そうとしていたなんて、信じられぬ」
国王は、壊れた牢屋を見て、恐れをなしたようだった。そんな国王の前に、私は進み出た。
「陛下。お言葉ですが、このように彼を拘束するのは不当な扱いではないでしょうか」
「こやつは、ワシの命令に背いた。当然の報いだとは思わんかね?」
「思いません。そもそも彼をユードレイスに追放しておきながら、急に第二王子として王都に呼び出すなんて、勝手なことだと思います。……陛下、これを見て下さい」
私はユーリさんの騎士団長職存続を願う署名を国王に手渡した。
「いきなり彼を騎士団長から外すのは、ユードレイス全体の意識の低下にも繋がりますし、魔物討伐から得ていた税収も下がることが見込まれるでしょう」
「……」
「何より、彼はユードレイスの騎士団長として多くの人に望まれています」
私は頭を下げた。
「ですから、どうか彼をユードレイスに帰していただけないでしょうか」
「……分かった」
国王は静かに頷く。話し合いで分かってもらえたんだと、そう思ったんだけど……。
「しかし、リディア嬢が王都に残ることが条件だ。それ以外は認めんぞ!」
「な……っ」
「当たり前だ。そもそも、こやつは最初からリディア嬢を王家の血筋に取り入れるための布石でしかなかったのだから」
「待ってください。ここに風呂カフェの存続を願う署名もあります! 私はユードレイスで風呂カフェを続けたいのです!」
「何でも自分の要求が叶うと思うな。所詮は平民の意見だ。そんなもの無視すればよいのだ」
「……っ!」
国王が片手を上げる。すると、その後ろから複数の兵士たちが入ってきた。
「リディア嬢。今まではセドリックが迷惑をかけたこともあり、公爵家に気遣って、そなたを自由にさせてきた。できれば、リディア嬢の意思で王都に戻ってきて欲しいと願っていたが……。しかし、もう我慢の限界だ。そなたは公爵家から追放された身。遠慮はいらんだろう」
「そんな……」
「こやつを捕らえよ!」
兵士たちが私に向かって手を伸ばす。
「リディア嬢!」
すると、すぐにユーリさんが私を引き寄せて、兵士たちの手を叩いた。ユーリさんは私を庇いながら、兵士と戦ってくれるけど……相手の数が多すぎる。多勢に無勢で、ユーリさんが私を庇い続けるのも限界がある。
もう捕まってしまう、そう思った時だった……。
「陛下、何をしていらっしゃるのでしょうか?」
コツコツと足音を鳴らして、ゆっくりこちらに近づいてくる人物が現れた。その人物は、私たちの前で立ち止まると、不思議そうに首を傾げた。
「公爵家が娘を追放した、と。おかしいですね。そんな事実はありませんが」
気品のある佇まいと威厳のあるお顔。昔からよく知る、私の……
「お、お父様!」
果たして、現れた人物は、私の父だった。突然の公爵家当主の登場に、その場にいる全員が動きを止めた。
父は私を安心させるように少しだけ微笑むと、厳しい表情で国王と対峙した。
「陛下。公爵家の娘にこのような扱い、どういうおつもりでしょうか?」
「しかし、貴様は随分前に彼女を追放して……」
「確かに、娘の意向で形式上は追放という形を取りました。しかし、私は今でも娘と連絡を取っています。私たちの関係は非常に良好です」
「貴様……」
「娘に対して、乱暴を働くのはやめていただきたい」
国王は舌打ちをして、すぐに兵士に「やめよ」と声をかけた。
「寛大な処置、ありがとうございます。それから、娘の事業を続ける許可をいただきたく思うのですが」
「風呂カフェというやつをか? あんなものを続けるより、リディア嬢が王家に嫁いだ方が利益があるのだ」
「ですが、実際、ユードレイスの民からは存続が希望されているのでしょう? 風呂カフェはユードレイスで大きく利益を上げておりますし……」
父の言葉に国王が「ふん」と鼻を鳴らす。
「所詮は平民の意見だろう? 彼らは力など持っておらん。そんなもの無視しても何も問題はない」
「……それでは、貴族の意見も加わったらいかがでしょうか?」
父はそう言って、国王に紙束を渡した。国王は、その紙束を受け取って、目を見開いた。
「これは……!」
「風呂カフェ存続を願う貴族たちの署名です」
父の言葉を聞いて、今度は私が驚いた。ユードレイスのみんなはともかく、貴族たちが私の風呂カフェ存続を希望してくれるなんて、考えもしなかったから。
王都を出て行く時は、セドリック様に捨てられた私を冷笑する貴族が多かったというのに……。
「なぜ、タイミングよく、こんなものを出せるのだ!」
「陛下はリディアにご執心でしたから、いつかこのような事態になると予想しておりました。その時のために、準備していたんです」
「……」
「今回はスミス夫人が中心になって署名を集めて下さったので、助かりました」
国王は悔しげに歯を食いしばる。そんな国王に追い打ちをかけるように、父は言葉を続けた。
「さて、陛下はこんなにも多くの貴族の意見を無視することは出来ますか?」




