第45話 ユーリの正体
「ユーリ様。追加で国王陛下からお手紙が届いております。ユーリ様……いいえ。ユリウス様宛に」
国王からの手紙に嫌な予感がする。それに「ユリウス様」ってどういうこと……?
チラリと横を見ると、ユーリさんは青い顔をしている。彼は手紙を受け取ると、すぐにそれを開いた。そして、手紙を届けに来た従者に尋ねる。
「これは、どういうつもりなんだ?」
「手紙で示した通りです。問題を起こした第一王子であるセドリック様の王位継承権を剥奪するため、第二王子である貴方、ユリウス様が王位を継承することになります。陛下はユリウス様が王都に戻ってくることをお望みです」
ユーリさんが第二王子⁈ そんな素ぶりなんて一度も見せたことないのに……。
衝撃の事実に私が固まっていると、私の様子に気づいたユーリさんが口を開いた。
「俺は妾の子供だったから、存在を秘匿されていたんだ。幼少期は王城で女として過ごしていたが……成長してからは陛下に命じられて、正体を隠してユードレイスを守る騎士団長になったんだ」
ユーリさんは「今まで黙っていてすまない」と眉を下げた。私は首を振るのがやっとだった。驚きで声が出ない。
「俺は継承権すら失ったというのか……?」
一方でセドリック様は、突然の王位継承権剥奪に茫然自失としていた。
誰もがそれ以上言葉を発さないでいると、ユーリさんの従者が私に話しかけてきた。
「それから、国王陛下はユリウス様の婚約者として、リディア様をお望みです。早く風呂カフェの経営をやめるようにとのことでした」
「……は?」
「風呂カフェの土地は王家が買い取りました。あなた方へ退去命令も出ています。ユリウス様とリディア様は親しくされてましたし、ちょうどいいだろうとのことです」
「はあ⁈」
相変わらず、国王はご都合主義的な考えをしている。
私がすぐに反論しようとすると、従者は私を手で制した。
「そもそも国王陛下がなぜリディア様にユードレイスに行くように命じられたと思っているのですか?」
セドリック様と婚約破棄をした時に王都を出る条件として、「ユードレイス領で暮らすこと」を求められた。その理由を深く考えたことはなかった。
私は従者の質問に首を振る。
「ユリウス様と仲を深めて、二人で王都に戻ってきて欲しいと最初からお望みだったからです」
「……っ」
ユーリさんを振り返ると、彼も驚いた表情をしていた。
彼も事情を伝えられていなかったようだ。
あくまで自然な流れで、私とユーリさんを知り合わせたかったのだろう。ユーリさんは真面目で、人を騙すことが苦手だから……。
私は唇を噛み締める。すべては国王の掌の上だったというの? それに、私の気持ちはどうなるの? どうしたらいいの……。
ユーリさんが一歩前に出て、私と従者の間に割って入った。
「待ってくれ。リディア嬢は何も関係ない。これ以上、王家に巻き込むのはやめてくれ」
「国王陛下の命令ですよ?」
「もうリディア嬢は王家とは関係ないはずだ。命令に従う理由はない」
「あなたは国王陛下には逆らうんですか? これまで命令に逆らったことなんてないでしょう」
「……それでもリディア嬢の意思を尊重したい。彼女はここで風呂カフェを続けたいはずだ。そうだよな、リディア嬢?」
ユーリさんは私を振り返る。
「私、わたしは……」
ぎゅっと拳を握る。私の気持ちはいつだって一つだ。
「風呂カフェを続けたいわ。お風呂が大好きだもの」
「分かった。安心してくれ。俺が王都へ行って、陛下を説得する」
「でも……」
「大丈夫だ」
ユーリさんは私を安心させるように笑う。だけど、彼の手は震えている。
前に、ユーリさんは親に逆らえないと言っていた。それに、彼の「近しい人間」が彼の動きを牽制するように、周りの人間を害することがあると言っていた。
それって国王のことじゃないかしら……。だとしたら、ユーリさんが危ないんじゃないの?
しかし、私の心配をよそに、彼らはどんどん話を進めてしまう。
「とにかく今から俺一人で王都に行く。それでいいな?」
「勝手にして下さい。国王陛下はリディア様を連れて来られないとお怒りになると思いますが」
「構わない」
ユーリさんは頷いて、再び私を振り返った。
「リディア嬢。君を巻き込むことはないようにするから、安心してくれ」
「ユーリさん……」
「それじゃあ」
そう言って、ユーリさんは風呂カフェから去って行った。
私は彼を引き止めることが出来ず……、彼が風呂カフェに戻って来ることはなかった。




