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第43話 再来





「リディア、来てやったぞ!」

「……」


 ついに営業中の風呂カフェにセドリック様がやって来てしまった。営業妨害の効果がなかったので、作戦を変えたらしい。


 彼は自信満々に手を広げて口を開いた。


「さっさとこんな店はやめて、俺と婚約しようじゃないか!」

「……セドリック様、営業中です。お引き取り下さい」


 私は冷めた目でそう告げたのだが、彼は簡単には諦めてくれない。


「こんなに流行っているのは、今だけだ! 俺はこの数日でそれを確信したぞ」

「……」

「目新しさに庶民が集まってるだけだ。実際、この店には礼儀を知らない無礼な客が多いだろう? 俺を追い回す客もいたし、リディアにタメ口で話している客も見かけたぞ。まったく、頭の足りない連中だ……」

「はあ?」


 風呂カフェのお客さんを侮辱するなんて許せない。そう思って、即座に抗議しようとしたのだけど……。


「なんだ、兄ちゃん。俺たちの憩いの場で騒ぎやがって」


 常連さんの一人が騒ぎを聞いて、セドリック様の前に出て来てしまった。彼はセドリック様の肩にポンと手を置く。


「嬢ちゃんが嫌がってるのが見えないのか? 無理強いはよくないだろう」


 セドリック様はその手をバッと振り払った。そして、もう我慢ならないとでも言いたげに、大きな声を上げた。


「正体を知らないからって馬鹿にしやがって。いいか、よく聞け。……俺は王子だぞ! 貴様ら全員不敬罪で処罰してやろうか?」

「お、王子⁈」


 店にいたお客さんたちは驚きどよめく。まさか王子がこんなところにいるなんて思わないし、信じられないのだろう。


「この土地は不敬なやつばかりでイラつく! お前たちの首なんて、簡単に……」


 喚いているセドリック様にため息を吐きそうになるのをグッと堪える。私はリーナを振り向いた。


「リーナ、お客さまを避難させて」

「しかし」

「いいから、早く」

「……分かりました」


 リーナはお客さんたちに声をかけて、避難を促し始めた。リーナの案内に従って、お客さん達は怪訝な顔で店を出て行く。

 まだお風呂に残っている人もいるでしょうけど……そっちの対応は後ね。


 私の後ろには、今にも飛び出して来そうなルークが残っているが、目で彼を牽制しておく。

 平民の彼が王子に反抗したら、不敬罪に問われかねない。貴族としての身分を持っている私が対処するしかないのだ。


「セドリック様、もうおやめ下さい。私はあなたと婚約し直すことなんてありませんから」

「生意気なやつめ。俺と婚約できるだけ有難いと思わないのか⁈」

「まったく思いませんね」


 なんでこの人はこんなに自信があるんだろう……。風呂カフェをやりたい私にとって王妃は全く魅力的じゃないのに、この人はそれを理解しようとしていないんだよね。話してると疲れるわ。


「お引き取り下さい。それとも、セドリック様は水に濡れて帰りたいんですか?」

「何を言ってる⁈」

「また水をぶっかけてやりましょうかって言ってるんですよ。いつでも魔法は発動できますよ」

「チッ! 本当にお前は強気で……俺の理想の金髪美少女とはかけ離れた女だよな」

「あなたの理想なんて知りませんよ」

「うるさいうるさい! 俺は“あの時”から決めてたんだ。理想の金髪美少女と結婚するって」

「あの時? 私と婚約する前ですよね?」


 思わず聞き返してしまった。その瞬間、セドリック様が「よく聞いてくれた」とばかりに顔を輝かせた。「聞き返さなきゃよかった」と思ってももう遅い。


「あれは幼い頃のことだ……」


 彼は恍惚とした表情で、語り始めてしまった。


「俺は、王宮で迷子になっていた金髪碧眼の美少女を見つけたことがある。俺は彼女を目的の場所に送り届けることになったんだ。控えめな態度に、俺の一歩後ろで歩く謙虚さ。彼女の姿を見た時に、このような女性こそ、俺の相手に相応しいと思ったんだ。その後、彼女と再会することはなかったが、それからずっと彼女のような大人しい金髪碧眼美少女を探し求め続けていた」


 彼はビシッと私に向かって指を差した。


「なのに! お前と婚約させられた俺は、ずっと被害者だった!!」


 彼は私の手を掴み、もう片方の腕を振り上げた。


「ちょ、やめ……っ」

「いいから早く俺と婚約し直せ! そして、俺が理想の女と結婚できるようにさせろ!」


 

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