第41話 やって来た王子
「迎えに来てやったぞ、リディア」
セドリック様は自信満々の表情でニヤリと笑った。
「喜べ。こんな辺境の男の嫁ではなく、王妃になれるぞ」
「な、なんで……」
いきなり現れた元婚約者の存在にうまく言葉が出てこない。雨の音とセドリック様の言葉が強く脳内に響いて、クラクラしてきた。
「王妃になれるのは、お前しかいないと気付いたんだ。だから、迎えに来た」
「……婚約破棄の時に一緒にいた女性は、どうされたんですか?」
「もちろん彼女は側妃として迎え入れるつもりだ。その上でお前は王妃になるんだ。光栄だろう?」
なるほど、状況が分かってきた。貴族からの支持を得られずに、あの時の男爵令嬢が王妃になることが厳しくなったのだろう。
そこで2属性の魔法を持つ私を王妃にすることで、彼は反対意見を潰すつもりなのだ。
相変わらず自分勝手な人だ。
私は深呼吸をして、心を落ち着かせる。そして、私の気持ちを伝えるために口を開いた。
「今の私にはユードレイスでの生活があります。セドリック様と結婚して王妃になることはありません」
「こんな田舎でずっと生活していくなんて、嫌だろう? 俺と一緒に来れば、王都で生活ができるんだぞ」
「私はユードレイスを気に入っています。ここでお店も開いていますし、この地で事業も展開しています。だから……」
私が事業を展開していると言った瞬間、セドリック様の顔色が変わった。
彼は怒りに顔を歪めて、私の腕を掴んだ。
「何を自慢げに!!」
「いやっ……」
「俺の理想の女じゃないくせに、生意気な! お前みたいな女を受け入れてやるって言ってるんだ! もっと喜べよ!」
「お前みたいな女」と言われた途端、昔の記憶が鮮明に蘇ってきた。初めて彼と顔を合わせた時に「こんな気の強そうな女との婚約なんて嫌だ!」と拒否されたのだ。
その言葉を聞いた時は幼心に悲しく感じたし、今はあの時のトラウマが甦えって…………くることは全くなく。
私は彼の手を打ち払って、すぐに口を開いた。
「出でよ、水!!!」
上空から水が現れて、バシャーンとセドリック様にかかった。
私の魔法でビショビショになってしまったセドリック様は、私を睨みつけてきた。
「お前!」
「近づかないで下さい。次はお湯をかけますよ。それでも近づいてきたら、その次は火魔法で応戦します」
「……!」
魔法の発動をチラつかせて、セドリック様の動きを封じる。
そして、邪魔されないうちに、私は私の考えを言葉にし始めた。
「私には目標があるし、それを妨げるあなたとの結婚なんて考えられません」
私には風呂カフェを繁盛させて、お風呂を広めたいという夢と目標がある。風呂カフェ経営ができなくなってしまうのだから、王妃になるなんて考えられない。
それに……。
「それに、セドリック様が私に魅力を感じないように、私もセドリック様に魅力を感じてないので!!」
「お、お前、不敬だぞ!! 父上に言いつけるぞ⁈」
「どうぞ、ご勝手にして下さい。ここは辺境の地・ユードレイスですから、すぐに王都に戻って陛下に私の不敬を伝えて下さい。私はその間にあなたから逃げる準備をしますけど」
「なっ……!」
口をパクパクさせるセドリック様に向かって、最後に私は冷たく言い放った。
「二度と近づかないで下さい。正直、不愉快です」
私はそう言って、その場を立ち去った。
⭐︎⭐︎⭐︎
「ハアッ、ハアッ」
走って風呂カフェに戻って、カフェの中に駆け入る。扉を閉めた途端に力が抜けて、その場で座り込んでしまった。
まさかセドリック様がこの地にやって来るなんて思いもしなかった。
彼に対するトラウマとかは全くないけれど、それでも婚約者である期間に積み上げてきた彼に対する不快感は確かにあって……。
「リディア様? 帰って来たんですか?」
私が帰って来たことに気づいたリーナが、店の奥から顔を出す。私が扉の前で座り込んでいることを確認すると、彼女はぐっと顔を顰めた。
「大丈夫ですか? 遅かったですけど、何かあったんですか?」
「……セドリック様と会ったの。私を王妃にするために来たんだって」
「は⁈」
「婚約破棄したのはそっち側なのに、馬鹿みたいよね……」
乾いた笑いがこぼれる。本当に馬鹿みたいな話だ。勝手に婚約破棄されて、勝手に王妃にされそうになってるのだから。
「風呂カフェ存続は大丈夫なのですか?」
「ハッキリ断ったし、大丈夫だと信じたいわね」
実際のところは分からないけれど私の気持ちは伝えたし、分かってくれたと思いたい。
「さ、気分を切り替えましょう! 風呂カフェの開店まで、あと少しだわ!」
「……今日くらいは、休まれたらいかがですか?」
「今日は雨が降っていて寒いわ。こういう時にこそ、お風呂という癒しが必要なのよ。絶対に休まないわ」
「……分かりました。リディア様は頑固ですからね。でも、無理はしないで下さいね」
「へーきよ! でも、ありがとう」
そう言って開店準備を始める。色々とトラブルがあって遅くなってしまったが、なんとか開店時間に間に合わせることが出来た。
無事に風呂カフェの営業が始まったと思ったんだけど……。
「お客さんが来ないわね?」
「そうですね……。そろそろ何人か来店しててもおかしくないんですけどね……」
お客さんがなかなか来店しない。その事実に、私とリーナは首を傾げる。
しばらくすると、ようやく常連さんがやって来た。
「嬢ちゃん、大丈夫か?」
「何が? どうしたの?」
「いや、妙に身なりのいい男が店の前で今日は営業していないって言いふらしてるんだが」
「は⁈」
「店の前が汚くなってるのもあって、今日の風呂カフェはやっていないのかと……」
「ちょっと外見て来るわね!」
慌てて外に出て、絶句した。
風呂カフェ前にはゴミが散らばっていたのだ。これでは、お客さんも風呂カフェに入る気にならないだろう。
身なりのいい男による営業妨害のことも合わせて考えると、1人の人物が浮かび上がってくる。
「これ、もしかしてセドリック様が……?」
私がセドリック様を拒否したから、嫌がらせをしてきたのかしら。
これは、どう対処したらいいのかしら……。