第35話 その後の話
数ヶ月後。果たして、ユードレイスの特産品や名所、風呂カフェの話は王都中に広まった。
その結果、新しいもの好きの貴族たちがユードレイスを訪れるようになった。
もちろん風呂カフェにもたくさんの貴族が来るようになって、貴族によって「貸し切り」にされる日が増えた。
風呂カフェに訪れた貴族たちは、口を揃えて私に言った。
「リディア様、婚約破棄のことは大変でしたね。でも私はあなたが無実だと分かってますよ。何か困ったことがあったら、私が力になりますからね」
「……」
こんな感じで、私の商売に儲けの気配を感じ取った貴族たちが「力になる」と伝えてくるのは珍しくないことだ。
嬉しい反面、「婚約破棄された時は助けてくれなかったのにな〜」と複雑な気分である。
それから、スミス夫人はお風呂上がりに使った「ドライヤー」のことも話してくれたみたいで……
「もし、王都でドライヤーを売りたい場合はお声掛け下さい。我が家の全面的支援の元、商会から売り出しますよ」
と、商会を営んでいる貴族から王都でのドライヤー販売に関する話も舞い込んできている。
水浴びの後に髪を放置していると髪が傷んでしまうから、すぐに乾かす道具は王都でも需要があるとのこと。
うまくいけば、ドライヤーと一緒にお風呂も広まっていきそうで、嬉しい限りである。
王都の貴族が観光しに来る以外の日は、いつも通りの通常営業を行っている。
いつもの常連さんや騎士団員さん達が来てくれたり、新たなお客さんも来てくれたり……と忙しくも充実した日々を送っている。
今日も「風呂カフェ・ほっと」は営業中である。私がカウンターでお客さんの対応をしていると、店の扉が開いて、お客さんが入って来た。
「来たわよー。サウナ風呂入って行くわね〜」
「エレンさん、今日も来てくれたのね。もちろんよ」
エレンさんはあの後も定期的に風呂カフェに通ってくれていて、毎回サウナ風呂を楽しんでいるようだった。
最初の態度は見る影もなく、彼女はすっかり常連さんとなっている。
彼女は周りにお客さんがいないことを確認して、ふふんと胸を張った。
「おかげさまで観光業の方は、順調よ」
「そうなのね。よかったじゃない」
「ええ。ユードレイスの雪景色とか食べ物を楽しみに来ている人が多いわね。あとは、魔物の毛皮を使った衣服とかも売れているわ」
「へえ〜」
「それに、観光客が増えて来ているから、お父様の会社に宿泊施設を建てる仕事が入ったわ」
元々、父を助けたいと願っていたエレンさん。スミス夫人をユードレイスにお出迎えしたことで、彼女の望み通りの結果となって、よかったな〜と思っていたんだけど……。
エレンさんは言葉を止めて、ニヤリと笑った。
「な、何よ?」
私は警戒しながら、彼女の次の言葉を待った。彼女はニヤニヤしながら、どこか誇らしげに口を開いた。
「実はね……あなたの功績を称えて“ユードレイス栄誉領民賞”を与えることを、お父様はウィギンス伯爵に話し合っているみたいよ」
「は⁈」
彼女の言葉に私は目を剥いた。
「ちょっと待って。色々聞きたいことはあるんだけど……まず、ユードレイス栄誉領民賞って何?」
「ユードレイスの発展に貢献した人物に贈る栄誉ある賞よ。ありがたく受け取りなさい」
「発展に貢献した人物って……私は何もしていないんだけど⁈」
「してるじゃない。風呂っていう新しい文化が生まれたし、新しい魔法道具も発明したし……。スミス夫人を王都から呼んで、風呂カフェもてなしたから、ユードレイスに観光しに来てくれる人が増えたんじゃない。充分すぎる功績だわ」
「そんな……」
「功績」とされるほどのことはしていないつもりだ。私は好きなことをしていただけなのに……。
私が戸惑っていると、エレンさんは「ふん」と目を細めた。
「もっと喜びなさいよ。栄誉あることなんだから」
「でも、私は栄誉あることなんてしてないつもりなのよ」
「あなたがなんと言っても、あなたは栄誉あることをしたのよ。そもそも風呂カフェがあるから、ここに住んでる人たちは日々心と体を癒されているんだから。……私も含めてね」
「エレンさん……」
彼女は自分の言葉に恥ずかしくなったのか、誤魔化すように大きな声を出した。
「だから! 誰も文句は言わないから、正式に授与が決定したら、さっさと受け取りなさいよ!!」
彼女は、「ふん」とそっぽを向く。
顔を赤らめながらも彼女は、「風呂カフェに癒されている」と伝えてくれた。それが嬉しくて、「ふふっ」と笑みが溢れた。
「それなら、これからも癒しを提供するために、風呂カフェの営業を頑張らなきゃね」
「そうよ! これからも私が綺麗でいるために、お風呂を提供し続けなさい」
「任せといて」
私たちはふふっと笑う。エレンさんとは色々あったけれど、友人のような関係を築くことができた。それが何よりも嬉しい。
このまま穏やかな日々を過ごしながら、風呂カフェの経営を行っていきたい。改めて、そう思った。
けれど、この時の私は知らなかった。
ドライヤーや風呂カフェの話が王都にまで広がり、「あの人」がユードレイスにやって来ることになるなんて……。