第33話 風呂カフェの「おもてなし」
いよいよスミス夫人がやって来る時間となった。店の前で到着を待っていると、スミス夫人とエレンさんの話し声が聞こえてきた。
「スミス夫人、こちらが風呂カフェです。なんとダイエット効果、美肌効果などなどが楽しめる施設になっているんですよ」
「まあ、それは本当なの?」
「もちろんです。実は、私は少し前までこーんなに太ってたんですけど、今ではこの通り痩せることが出来ました」
「そうなの? すごいじゃない」
2人は打ち解けているようだった。最初はエレンさんも緊張していたけれど、彼女に任せて正解だったわね。
「それでは、最後に風呂カフェを楽しで下さい」
「ええ、ここまでありがとう。エレンさん」
スミス夫人は、エレンさんにお礼を言って、こちらにやって来た。その後ろでエレンさんは、パチンとウィンクをした。まるで「風呂カフェのアピールしておいたわよ」とでも言いたげな表情だ。
私は、風呂カフェの扉を開いた。
「スミス夫人、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
そのままお風呂場へとスミス夫人を案内していく。
「ここはどういう場所なの?」
「簡単に言うと、お湯に浸かって体を温める場所です」
「へぇ。ここは寒い地域だから、温まることが出来るのはいいわね」
スミス夫人は、未だピンときていないようで、気のない返事をする。しかし、お風呂場を見せると……。
「な、何よ。ここは! 別世界じゃない!」
彼女は驚きの声を上げた。
「想像以上に温かい空間ね……! それに、こんなに広い場所でお湯に浸かることが出来るなんて……」
「とても気持ちいいですよ」
「これ、お湯を張るのは、大変じゃないの?」
「ああ、私の水と火の魔法ですぐに出来ますよ」
「同時に扱えるってこと⁈」
驚かれるのは、いつものことである。私は魔法が使えるようになった経緯を簡単に説明する。すると、スミス夫人は感心したように頷いた。
「そうだったのね。リディアさんが2属性の魔法を使えるようになったと知った時は、社交界に激震が走ったけれど……そんな秘話があったなんて」
彼女は「世の中、知らないことの方が多いわね」とため息をついた。
「ねえ、もう入ってもいいかしら?」
「あ、ちょっと待って下さいね」
スミス夫人は早く入りたくてうずうずしているようだったが、私はストップをかけた。彼女にピッタリのお風呂にするために、私は2つの物を取り出した。
ローズのアロマオイルである。
この花を見た時、スミス夫人がポッと顔を赤らめた。
「これを2つのお風呂にそれぞれ入れます」
「まぁ」
「ローズの香りを楽しめますので、ぜひ香りを楽しみながらお風呂にお入り下さい」
私はにっこり笑った。
「それでは、お風呂に入るまでの手順は、こちらに書かれておりますので、心ゆくまでお楽しみ下さい」
⭐︎⭐︎⭐︎
スミス夫人がお風呂を楽しんでいる間に、料理を温め直しておく。その作業の合間に、ルークが話しかけてきた。
「ところで、なんでローズの花を使ったんですか? スミス夫人にピッタリって言ってましたけど」
「ああ、実はね……」
スミス夫人のお風呂にローズを選んだ理由は、彼女と夫の名前にある。
「スミス夫人のフルネームがローズ・スミスだからよ」
「え? それだけですか?」
「それだけよ。でも、これが大切なのよ」
毎日呼ばれる自分の名前には、愛着がある人が多い。だからこそ、自分の名前が入った花を使えば、多少なりとも嬉しい気持ちになるはずだと思ったのだ。
「それに、スミス夫人は旦那様からプロポーズされた時に、ローズの花を贈られたっていうのが、社交界では有名な話だったのよ」
「なるほど。そういう事情があるなら、納得です」
ルークが感心したように頷いた。
その後、しばらくしてから、スミス夫人はお風呂から出てきた。お風呂を満喫したらしい彼女の頬は火照っている。
彼女をテーブルに案内して、料理を運ぶ。
「大豆パンとシチューです。大豆パンは、ユードレイス名産の大豆という物を使用したヘルシーなパンになっています。シチューにもユードレイス特産のチーズをふんだんに使っており、肉やジャガイモ、ニンジン、ブロッコリーなど具沢山の一品になっております。熱々ですので、気をつけてお召し上がり下さい」
「ありがとう」
メニューの紹介を聞いて、スミス夫人は料理を口にし始める。
「エレンさんから話は聞いていたけど、この大豆パンって面白いわね。味は普通のパンと変わらないのに、ヘルシーなんて信じられないわ」
「味が普通のパンと遜色ないように作りましたので。我がカフェ自慢のパンです」
「シチューも温かくて、美味しいわ」
「ありがとうございます」
スミス夫人が一通りメニューを食べ終わったところで、聞いてみる。
「お風呂はどうでしたか?」
私の質問にスミス夫人は「ふふっ」と笑った。
「気持ちよかったわ。最初はどんなものか想像もつかなかったけれど、体の芯から温まるし、お湯の感覚が気持ちよかった。エレンさんがオススメしてくれたサウナも癖になるわね」
「それならよかったです」
「何より……、あなたの歓迎の心が嬉しかったわ。私と夫の名前を使った花のお風呂も、温かい料理も、私のことを考えてくれたのが伝わったわ」
彼女の言葉に、私はにっこり笑った。
「ありがとうございます。スミス夫人をおもてなしするために、たくさん考えましたので」
「おもてなし……、もてなすということね? いい言葉ね」
「はい」
相手のことを考えて、相手のために精一杯の歓迎をする。これが元・日本人流の「おもてなし」なのである。
彼女が喜んでくれたことで、私は前世の知識があることを誇らしく思った。




