第30話 観光地化計画
「ユードレイスのいいところ?」
「ええ! それかオススメの場所でも教えて欲しいわ」
「そうだな……」
私の質問にユーリさんは考え込む。そして、窓から見えるユードレイス山脈の一部を指差した。
「この土地に初めて来た時に、ユードレイス山脈のアシダンセラ岳を登ったんだが、あそこがオススメだな。頂上からはユードレイス領全体が見渡せるんだ」
ユーリさんは懐かしむように目を細めた。
「この土地で住民一人一人が暮らしを営んでいるのだと思うと、感慨深くて、新たにやって来たこの土地で伯爵家の息子としての責務を果たさなければならないと幼心に思ったんだよな……」
「そうなのね」
ユードレイスの名所を聞くことが出来て、彼の思い出の場所も知ることが出来た。けれど、彼の話の中で一つ気になったことがある。
「この土地に初めて来た時……って、ユーリさんは、ユードレイス生まれじゃないの?」
私の質問にユーリさんは「ああ」と苦笑した。
「俺は本物の父親から厄介払いされて、今の伯爵家の息子になったんだ。この土地に初めて来たのは……、確か8歳の時だな」
「そうだったのね。詳しく知らなくて、不躾にごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。特別隠してるわけじゃないが、有名な話でもないから、リディア嬢が不思議に思うのは仕方ないことだよ」
ユーリさんが伯爵家に養子に入っていたなんて、知らなかったわ。
伯爵家当主の親戚の子供だったのかしら? それとも、伯爵家に子供を厄介払いするほどの身分の高さを持った貴族の家の子供だったのかしら。
少しだけ気になるけれど、これ以上聞くことでもないわね。
そう思って、私は口を閉ざした。
「それにしても、急にユードレイスの魅力を聞いてきたのは、何か理由があるのか?」
「ええ、もちろんよ」
ユーリさんに質問に、私はにっこりと笑う。そう、理由もなく彼にユードレイスの魅力を聞いたわけではない。
「実はね、ユードレイス観光地化計画を立てているの」
「観光地化計画??」
エレンさんの「冬は領地全体の収入が少なくなる」という言葉を聞いて、思ったのだ。
冬に売れるものがなくなるなら、冬の魅力を最大限に活かして、顧客の方から領地に来てもらうのがいいのではないかと。そうすれば、領地の外からお金が入ってくるから。
もちろん観光地化計画には、風呂カフェにも旨みがある。
風呂カフェが観光名所になって、観光客が訪れてくれるようになれば、よりお風呂の魅力が広く伝わっていくことになるだろう。
最終的な目標が「お風呂という文化を広めること」である私にとって、これは願ってもないことだ。
そこで、さっそくエレンさんのお父様に相談したところ、この計画に協力してもらえることになった。
とりあえず今は、ユードレイスの観光名所を探して、パンフレットとしてまとめるために動いている途中だ。もちろん、パンフレットでは風呂カフェも紹介してもらえる予定である。
「なるほどな。それなら、伯爵家としても手伝えるよう、父に話を通しておく」
「本当? それなら、ありがたいんだけど……」
前にユーリさんは、「父に逆らえないから、騎士団に入った」と言っていた。逆らえない相手に話を通すなんて、大変じゃないかしら……。
そう思ったんだけど、ユーリさんは首を振って笑った。
「今の父の方は、話ができる人だから大丈夫なんだ。それに、リディア嬢を見ていて、俺も自分の意思で動きたいと思うようになったから」
「そうなのね。それなら、お願いしたいわ」
「ああ、分かった」
ということで、伯爵家からの支援も決まり、順調に計画は進んでいくこととなる。
あとは、流行の要である王都まで、ユードレイスの話が広まれば、観光客が増えると思うんだけど……。
王都で影響力のある貴族が訪れて、口コミでも広げてくれたらなぁ……とは思うけど、現状ではなかなか難しい。王都の貴族を呼ぶだけのコネクションがないのだ。
ユーリさんは騎士団長としての任務に忙殺されて社交界に顔を出していないし、私は身分が下の者を虐めて婚約破棄&追放されたとして、ほとんどの人と疎遠になっている。
本格的な冬が迫ってきているから、早くユードレイスを観光地として有名にしたいけれど、どうしたらいいかしらねぇ……。
私が一人で「うーん」と悩んでいると、その様子を見ていたリーナが声をかけてきた。
「コネクションなら、あるじゃないですか」
「?」
「誰よりもリディア様のことを心配して、遠くから見守っている方が」
「あ」
私は慌てて、あの人に手紙を書き始めた。




