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第29話 ワイン風呂は美の秘訣




 それからエレンさんのダイエットに付き合いつつ、新装オープンの準備に忙殺される日々が続いた。

 エレンさんは順調に体重を減らしていて、元の体型に戻る日も近いだろう。


「今日も来たわよ。サウナに入らせてもらうわ」


 今日も今日とて、風呂カフェにやって来たエレンさんは、すぐにサウナに入ろうとしたんだけど……。


「あ、待って。今日は特別なお風呂を作ってみたから、そっちに入りましょう」

「え? え?」


 私はエレンさんを引っ張って、お風呂場に連れ出した。

 浴槽の中には毒々しい真っ赤なお湯が張られていた。何も知らなければ、血の海のように見えるだろう。


「ひっ……何よ、これ」


 あまりの光景にエレンさんが一歩後ずさる。私は彼女が逃げないように、しっかりと腕を握りつつ、言った。


「これはね……ワイン風呂よ!」

「ワ、ワイン風呂⁈」


 彼女は改めてお風呂に近づき、匂いを嗅ぐ。


「確かに、ワインの香りがするわ……。でも、ワインに浸かるなんて健康的に大丈夫なのかしら?」

「もちろんよ! むしろ体にいい成分が含まれているから、お肌がすべすべになるわよ!」

「お肌が⁈」


 ワインにはビタミンやポリフェノールなどが含まれているから、美肌効果がある。それに血流促進効果もあるから、ダイエットにも良かったりする。

 ぬるま湯に適量のお酒を注ぐだけで簡単に作れるから、手頃に楽しめるのもいいところよね〜。

 前世では、かのクレオパトラが愛していたという話が残されていたくらい、美しさの秘訣となっていたお風呂。それがワイン風呂だ。


 体を洗ってから、ゆっくりとワイン風呂に浸かる。


 ワインの芳醇な香りに包まれて、徐々に体がポカポカしてくる。最高の気分だわ。


「気持ちいいわね……。こんなに素晴らしい文化があるなんて、今まで知らなかったわ」


 隣で湯船に浸かっていたエレンさんが、ポツリと呟いた。そして。


「今まで、ごめんなさいね」


 彼女からの突然の謝罪に、私は目を瞬かせる。


「何が?」

「あなたのことを悪く言ったりしてたじゃない」


 確かに、最初は婚約破棄されて可哀想な女〜とか言われてたわね。


「私ね、あなたが羨ましかったの。王都から追放されたのに、逆境にも負けずに成功しているところが羨ましかった」

「そうなの? でも、お父様が権力者なんだし、あなたの方が成功してる方なんじゃない?」


 私の言葉に、エレンさんは首を振る。


「ユードレイスは閉鎖された地域よ。魔物とか特産品の販売である程度の生活は保証されてるけど、それ以上の利益がないの。特に厳しい冬は収入が少なくなるわ」


 冬の間は多くの魔物が冬眠に入り、作物も収穫できなくなる。それゆえ、冬の間は一気に収入が減るとのことだ。


「お父様は冬の寒さを凌ぐ建設技術の功績が認められて自治を任されるようになったけど……。冬の間は仕事が入りづらいからお父様の商会も大変だし、他の住民の不満が溜まることも多くて、父の地位を脅かそうとする勢力もあるくらいなの」


 貴族社会でも足の引っ張り合い、蹴落とし合いはよくあることだったけど、それはどんな場所でも変わらないのね。


「だから、私が貴族であるユーリさんと結婚して、父の地位を盤石にしたかったんだけど……」

「そんな理由があったから、ユーリさんの婚約者だって主張していたのね」

「そうなの。でも、ユーリさんには全然振り向いてもらえないし、空回りばっかりで自分に嫌気がさしてる時に、どんどん成功していくあなたが羨ましくて仕方なかったの。追放された悪女のくせにって」


 だから風呂カフェに来ては、マウントを取っていたのね。今更ながら、彼女の行動理由に納得する。


 エレンさんは話を続ける。


「でも、あなたと関わって分かったわ。あなたは誰よりもお風呂が好きで、努力をしてるから、それが成功に繋がっているんだって」

「……」

「それに対して私は、ユーリさんのことをちゃんと好きで、それに見合うだけの努力をしたかしらって……」


 彼女はガバッと立ち上がって、拳を握りしめた。


「だから決めたのよ! 今度はもっと努力をして、自分の力でお父様を助けようって」

「いい心がけじゃない」

「そうでしょう?」


 彼女は「ふふん」と得意げに胸を張る。


 風呂カフェのお風呂と私の行動が、彼女が少しでも前を向くきっかけになったのなら、とても嬉しいことだ。


 それにしても、彼女の言っていた「冬の間は収入が少なくなる」という言葉だ。これから本格的な冬が始まる。住民の収入が低くなれば、風呂カフェに来る頻度も減るだろう。


 カフェを営業する者として見逃せない事実だ。それならば……。


「ねえ、冬の間の収入の話なんだけど……解決方法を思いついたかもしれないわ」

「え?」





⭐︎⭐︎⭐︎




 それから数日後、「風呂カフェ・ほっと」が新装オープンする日がやって来た。カフェを開店させるために外に出ると、既にお客さんが並んでいた。


「新しいメニューとお風呂が、ダイエットに効果的らしいわよ」

「食事とお風呂で? 本当に痩せるの?」

「私もそう思ったんだけど、エレンさんも、大豆を使った食事と新しいお風呂は効果バツグンって言ってるらしいわ。実際に通って、効果があったって」

「あのプライドの高いエレンさんも言ってるの?」


 エレンさんが友人に伝えてくれたらしく、口コミが広がっていったのだ。

 おかげで、新しく設置したサウナに興味を示してくれる人も多く、こうしてお客さんがたくさん入ってくれている。


「サウナは初めて入ったけど、癖になるわー!」

「ドライヤーといい、ダイエット方法といい、この店に来れば最新の流行が分かるわね!!」


 という言葉も聞こえてくる。とりあえず新装オープンは大成功したと言っても過言ではないだろう。


 風呂カフェの営業に忙殺され、閉店の時間が迫ってきた頃、ユーリさんが訪ねて来た。


「新装オープン、おめでとう。ようやく風呂カフェに行けると、団員達も喜んでた」

「ありがとう。これからも騎士団員さんを癒せるように、営業を頑張っていくわね」

「さっそく新しい風呂の噂が聞こえてきたのだが……どんな風呂なんだ?」

「熱気と水蒸気で温まるサウナっていうものよ。冷たい水風呂と交互に入るのが気持ちいいのよ〜」

「熱気で温まることなんて出来るのか⁈ それは気になるな……。それに、大豆を使った健康的な食事も生み出したと聞いたんだが、相変わらずリディア嬢はすごいな」

「そんなことないわ。私は、お風呂が好きで、好きなことをやってるだけなんだから」


 私にあるのは、お風呂への愛とあとは前世の知識のみだ。大したことはしていないだろう。


「そのお風呂への熱意がすごいんだ。いつも驚かされるし、俺も頑張ろうって気持ちになれる」

「あはは、褒めてくれてありがとう。私の方もユーリさんの真摯に仕事に向き合うところを尊敬してるわよ。一生懸命街を守ってくれているから、安全に営業ができてるしね」


 私がそう言うと、彼は顔を綻ばせた。


 そうだ。せっかくの機会だし、彼に聞いてみたいことを聞いてしまおう。


「ねえ、ユーリさん」

「なんだ?」

「ユードレイスのいいところって何だと思う?」


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