桜降る季節
桜は満開と言っても差し支えない程であった。
散る一片がまるで雪のようにたくさん降り、その場所に立つと歌舞伎の舞台のようにも思えた。
亜弓達は昔、通っていた小学校の講堂に来た。講堂は降りしきる桜を映していた。
亜弓の手を握る勝英は地面に落ちた桜を拾うと、それを嬉しそうに亜弓に見せた。
亜弓はそんな勝英の姿に無垢そのものを思った。
勝英はその後、母の元へ行き、その母の隣には姉の姿があった。
三人の後ろ姿は確かに家族であった。
亜弓の横には優斗の姿があった。じっと後ろから眺めるかのように立ちすくんでいる優斗に亜弓は小さな声で話し掛けた。
「兄さん、私は結婚しても、この家族のことはいつも思い出すのだと思います」
「そう」
「兄さんにも感謝をしているんです。ずっと、兄さんが私の為を思ってのことを言っているとはわかっていました。でもただまだ子供のようなものなのでしょうね。ムキになってしまうのです」
優斗のほんの少しの笑い声が亜弓の耳に聞こえたような気がした。
「俺もだよ。まだまだガキだ。姉さん達にはまだ背中が見えない。追いつく事はきっとないんだろうと思う」
「私も兄さんや姉さん達にはこれからもずっと背中を見るばかりで追い越せないと思います。三人を尊敬しているからです」
亜弓の頭には優しい兄の手が乗っていた。そしてその手は肩へと移り、亜弓を前に進ませた。
五人は桜の下へと入っていった。
「二人共何してるのよ」
優子がそう言いながら、亜弓の手に触れた。
「姉さん、手が....」
「握りましょう。恥ずかしいことはないわ」
その手は強く握った。まるで昔を思い出すようであった。
千晶は勝英のそばにいながら、亜弓と目が合った。
いつかは子供が産まれ、あのように美しい親子になれるのだろうかと思った。罪のない二人は亜弓の目に美しく映った。
「姉さん、兄さん。私は結婚したらこの家を出ていく予定です。でも、本当はそんなことはしたくないくらいこの家族が大好きです。幸せ者に違いありません。私は....」
亜弓は四人の視線を感じながら、感謝の気持ちを伝えた。嘘偽りのない。美しい家族への感謝。そこには申し訳なさも含まれつつもありがたみが多く包み込んでいた。
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次の日、亜弓は仕事へ行くために家を出た。数日後には結婚を控えていた。
桜はもう散り始めていた。雄川堰は既に桜にまみれ、晴れた空が映ることはなかった。
そして亜弓は晴れやかな気持ちでその道を歩いていた。