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約束

 家の扉が開く音が聞こえ、優斗はその音に耳を澄ました。

 どうやら扉を開けたのは姉の夕子と妹の亜弓であったようだ。優斗はしめたと心の中で呟き、亜弓の部屋へ行くことにした。

 廊下は春の暖かさにやられ、先月にはあった冷たさはどこかへ潜んでいった。廊下の模様を見ながら歩くと、亜弓の部屋へ近づくことが恐怖のようにも思えてしまった。

 優斗は亜弓の部屋の前に立つと、数秒、じっと立ち止まった。その時に、姉達が来やしまいかと思ったが、そのようなことはなく、優斗は早く扉を叩いてしまおうと思った。

 扉を叩く、手は確かに震えていた。叩く音は細かく当たり、四、五回は聞こえたと思われた。

「はい」

 亜弓の声には誰が叩いたかわかっているように思えた。

「俺だよ」

「どうぞ」

 亜弓の声色にどこか大人のようなものが感じられた。まるで自分の方が子供のようであった。

 扉を開くと亜弓は正座をして、優斗を見ていた。

「どうしました兄さん?」

 その声はまるでわかっているかのようだった。実際にわかっているのだと優斗は直感的に思った。

「なんだ、謝りたい事があってさ」

 優斗は悔しさに似た恥ずかしさを感じながらそう言った。

 亜弓は黙って優斗を見ているだけだった。その言葉をただ待っているようだった。

「ごめんなさい」

 そう言って優斗は亜弓に頭を下げた。亜弓の顔は見えないが、少しばかりの驚いたような声が聞こえた。何を驚くのだろうと優斗は思ったが、その表情は見てはいけないような気がした。

「申し訳ない事をした」と優斗はもう一度、違う言葉で亜弓に謝罪した。

「なんで兄さんが謝るんですか?」

「なんでって」と優斗は意外な風に思い

「わからないのか?」

 その言葉に亜弓は不思議そうな顔を見せた。

 それがふざけているのではないかとはわかった。元々亜弓はふざけるような子ではないことは家族でなくてもわかっていることだった。

「俺は父親面をして、お前の結婚を反対してたじゃないか。お前が父親がどんな人だったかも知らずにいるのに。父親を久し振りに思い出してみたんだ。厳しい人だとずっと思っていたんだ」

 優斗はそこで小さく膝を打った。

「けど、優しくもあったんだ。もし父さんが亜弓の結婚の話を聞いたらどんな涙かは想像できないが、泣いて喜ぶと思った。それは風のように急に頭の中に想えたんだよ。そんな父親を思い出した時に、お前の結婚を反対しているのは申し訳ないと思ったんだ」

 優斗は亜弓の頭に手を置いた。

「幸せになっていいんだよ。愛しているんだろ?相手の人を」

「ええ....」

 亜弓の声は確かに泣き声であった。優斗はその涙は見てはいけないと思い、目は天井へと移っていった。

「親戚が反対していた所で、お前には関係ないだろう。俺や姉さん達が二人を守ってやるさ」

 そこには紛れもない家族の愛が存在していた。触れられないものが心の中に入り込んでいく様を優斗はしかと感じる事ができた。

「ねえ、兄さん」

「なんだ?」

「桜をみんなで見に行きませんか?」

           ・

 家族で桜を見に行ってから少しばかり経った頃、日曜日を使い、優斗は高崎へと向かっていった。この日はいつきと会う約束をしていた。

 そして優斗の心の中ではいつきを思う気持ちが以前よりも強くなっていた。

 結婚を考えていなかったはずが、いつきを愛しく思う気持ちにやられ、かすかな思いが気がつけば忘れられない程、いつきを思うようになっていた。

 いつきに結婚を前提とした付き合いをしようと告白をしよう。中嶋を心の隅で羨ましく思っていたのが、今になってこんなことになるなんて思いもしなかった。

 優斗は駆け足で電車を降りた。そして、時間はまだ早く、そのまま乗り換えて、前橋へと向かった。

 前橋駅に着き、バスに乗ってしばらくすると栄えてるとも言えない住宅街に出て、バスを降りた。

 そこから少しした場所にあるアパートへと優斗は向かった。

 扉の前に立つと、少し前の亜弓の部屋の前に立つ時の記憶が交差した。

「ごめんください」

 そう言うと、しばらくして、扉が開いた。

「どなたですか?」

「後藤さんでよろしいでしょうか?」

「ええ」

「蜂須亜弓の兄の蜂須優斗です」

 優斗は頭を下げた。後藤は慌てながら頭を上げるよう言った。

 後藤の顔を優斗はまじまじと見た。確かに、姉の千晶が言ったように見た目は若々しく、自分よりも年下のようにも思えた。亜弓とは気が合いそうに思えた。真面目な雰囲気が瞬時に優斗に伝わってきた。

「お義兄さんがなんの用で?」

 後藤の声は少し警戒をしているようだった。亜弓が自分の事を言ったのだろうか。わざわざここまできて、妹の結婚を反対しにきたと思ったのだろうか。そう思われても仕方はないと優斗は思った。

「妹は真面目なのですが、少々、頭が硬くて、それでいて頑固な所もあるのです。でもそんな妹が貴方の話をするとすごく楽しそうになっているのです。私としてはそんな妹がなんとなく信じられないようでした。嫉妬とでも言うのでしょうか。後藤さんがどんな方なのか気になりまして、ご迷惑かと思いますが、ご挨拶に伺いました」

 優斗はそう言って、後藤に菓子折りを渡した。

「ただ、後藤さんと面を合わせて、初めて安心しました。貴方でしたら妹を任せられます。あの子は父親を知りません。なので私は兄と言うより父のように接してきました。嫌われてしまったかもしれませんが、後悔はしていません。私としての父の役割が貴方に会えたことで終わりました。妹をよろしくお願いします。兄としてのお願いです。父を知らず、母を失ったばかりのあの子を一番幸せできるのは後藤さんだけだと思うのです」

 優斗は頭を深く下げた。泣きそうにもなるが、堪えた。後藤の前では強く見せたかった。

「お義兄さん。私は貴方に約束された通り、亜弓さんを幸せにして見せます。それがお義兄さんとの約束であり、願いであるならば必ずに」

 後藤は手を差し伸べた。優斗はその手をしかと掴み、二人は固い握手を交わした。

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