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一片

 亜弓の結婚にはやはりと言うべきか反対の声が親戚中から多く上がった。夕子は達観した様子でこの状況を見ていたのだが、日に日に暗い顔色になっていく妹の姿には心を痛めた。その様子からか、優斗すらも亜弓に言ってくることは少なくなった。

 桜が満開になったある日に、亜弓は仕事が休みと聞き、夕子は亜弓に桜を見に行こうと誘った。

「桜ですか?」亜弓の表情は暗いままであった。

「ええ、良い天気だし、桜も見頃だからどうかしら?」

「はあ」

 亜弓はそこで考え込んだ様子を見せた。夕子は亜弓を見て、つくづく彼女が大人になったのだと感じた。

「私はやはり大丈夫です。今はそう言う気分じゃありません」

 亜弓はそう言って断ろうとした。夕子もそれ以上、無理に誘うようなことはせずに身を引いた。

 それから千晶の部屋の扉を叩いた。

「夕子?」

「ええ」

「どうぞ」と千晶に言われ、夕子は部屋に入った。

「ダメだったわ。だいぶ落ち込んでる」

「そう、本人の思うままにしといた方がいいのかもしれないわね」

「そうね。私もこれ以上は何も言わずにおいたわ」

 亜弓の悲しみはいつの間にか家の中に広がっていた。外は明るく、眩しいばかりの日差しがあるが、家の中はその日差しの日陰に埋もれ、どこか陰鬱としていた。

「桜は私と勝英で見に行くわ」

「そうしてちょうだい」

 夕子はそう言って小さく笑った。諦めに似た笑いだった。

 千晶の元にいた勝英はようやくどう言うことかわかったようで

「姉ちゃん桜見に行かんの?」と言った。

「ええ、みんなで行こうかと思ったんだけど、みんな行かないみたいだからね。お母さんといってらっしゃい」

 夕子はそう言って、千晶の部屋を後にした。自分の部屋に戻り、少しの時間、部屋にあった雑誌を読んでいた。

 雑誌を読みながら載っている服を高崎辺りで買いに行こうかと悩んだが、結局は買っても、着て出掛ける事がないと思い、高崎へ行くのは諦めることにした。

 そして雑誌を捨てるように置き、床に寝そべった時、扉を叩く音が聞こえた。

 千晶だろうかと思い、夕子は起き上がって扉を開けた。

 だが、そこにいたのは千晶ではなく亜弓だった。

「姉さん、桜、見に行きませんか?」

「どうして、あんた行かないって言ってたじゃない」

「かっちゃんに一緒に行って欲しいと誘われまして」と亜弓は恥ずかしそうに言った。

 姉は甥に負けたのだと夕子は心の中で笑いながら思った。

 意地悪を言ってやろうかとも思ったが、今の亜弓にはとても言えるような心持ちにはなれなかった。「いいわよ。優斗も誘う?」

 夕子がそう言うと、亜弓は少し顔付きが変わった。

「大丈夫だと思うわ。優斗も亜弓の事を大切に思っているもの」

 亜弓は今は今にも壊れそうな木のように思えた。それを支えてあげるのは自分達兄弟なのではないかと夕子は思っていた。

 夕子は茶の間へ行き、そこにある両親の仏壇に手を合わせた。二人は亜弓の結婚をどう思っているのだろう。

 父に関してはほとんど、亜弓の顔を見れていないのではないのかと思われた。父は亜弓が物心をつく前に息を引き取っていた。母は亜弓を大切にしていたが、後藤の存在を知ったのは死の直前だった。亜弓の事をどう思ったのかはもう誰にもわからなかった。

 ただそれでも二人は亜弓の意志を尊重していると思いたかった。二人の遺影は変わらずにあり、そこにはただ小さな思い出があった。

 茶の間を出ると、優斗の部屋の前に行った。

「優斗、いいかしら?」

「何?」

 優斗は机に向かって何かを書いていた。恐らくは仕事のものだろうと夕子は思った。

「みんなで桜に見に行くの。優斗も行かない?」

 優斗の表情は声に出さずとも何が言いたいかがわかった。

「亜弓は嫌がるだろう。あいつは俺のことはもう嫌いだろうし」

「嫌ってはないわ。ただ少し怖がってはいた。あんた無愛想だから」

「姉譲りだよ」

 優斗の皮肉にも夕子は特に何も思わず、優斗の肩に手を置いた。

「一度、亜弓と話してみなよ。なんで優斗が結婚を反対するのか。亜弓にはまだしっかりと伝わってないわ。亜弓は優斗の本当の気持ちを知らないままよ。ただ父親顔をしているあなたしか知らないわ」

 夕子は知らず知らずのうちに優斗の肩に置いていた手が力強くなっていることに気がついた。そしてその手を肩から素早く離し、優斗を見るようにその場を後にした。

 廊下に出ると亜弓と顔を合わせた。

「優斗を誘ったことは誘ったわ。来るのかしらね」

 亜弓は顔が強張っていた。

「一旦外出ましょうか。来て」

 夕子は亜弓と庭に出た。遠くには桜が見え、散り際へと入りかかっているようだった。

「優斗には言っておいたわ。自分の気持ちをしっかり言いなさいって。優斗の言葉を聞かない限りは、なんで父親なら反対すると思ったのかわからないからね」

「私は父を知りません」

「そうよね」

「でも、写真で見る父は優しい人のように見えました。兄さんは父さんをどう思っているのでしょう」

 その時、亜弓のつむじに桜が一片揺られながら乗った。夕子は亜弓の頭に手をやり、その桜を取った。

「桜ですか?」

「乗ってたのよ」

「ありがとうございます」と亜弓は言った。

「ねえ、私の中の父親は優しい人だった。果たして優斗にはどう映っているのかしらね。ただ今思うと強い人だったように見えるわ。亜弓も強く生きるのよ。私もできる限りは強く生きているんだから。反対している人の声なんか気にしないで。大切なのはあなたたちだから」

 亜弓は夕子に笑みを見せた。その表情が美しく、女であり、姉である夕子ですらも顔を真っ直ぐに向けられない程であった。

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