夜の孤独さ
優斗は家に帰ってくるなり、扉を開け、着ていたスーツを脱ぎ、すぐに服に着替えた。
この後に待っていたデートの為に慌ただしく、準備をし、そして、あっという間に再び家を後にした。
「優斗、いってらっしゃい。気をつけて」
「ああ、姉さん。行ってきます」
千晶の言葉に笑みを浮かべ、優斗は駅へと走りながら向かった。
人々は自分とは反対の方へのんびりと歩きながら家へと向かっているのだろう。優斗はそんな一人一人の顔を、半分、見ながら半分思い浮かべていた。
優斗は電車が来る五分前に駅に到着し、息を切らしながら、切符を買った。
「お、蜂須じゃないか?」
優斗は声を掛けられた。そこにいたのは中学の時の同級生の中嶋であった。
「ああ、久し振り」
「どこへ行くんだ?」
「街の方にな」
「女か?」
「そうだよ」
中嶋は顔色を変え、優斗をマジマジと見た。
「お前が女を知るのか?あんなに女に興味なさそうだったのに」
「まあな。姉や妹とは女はやっぱ違うことに気づいんだよ」
「そうか、じゃあ楽しんでいけよ」
「お前はこれから帰るところか?」
「ああ、家にな。子供が待っているんだよ」
中嶋はそう言って、優斗の前から姿を消した。優斗は同級生が結婚をして、子供がいることに深いため息をつきそうになった。
優斗の歳ではもう子供もいてもおかしくはない。結婚が早ければそれだけ子供も生まれるのも早くなる。結婚もしていない優斗は今の自分を想像し、これで良いものかと考え抜いた。
父も母もいない今、母親代わりは姉二人がするとして、父の代わりは自分のはずである。亜弓を守るためには自分がしっかりしなければならない。十歳も年上の男と付き合うことはなんとなく優斗は許せない思いでいた。
本人達の自由なのは承知の上だが、それでも世間というものがある。反対をしてはいるが、亜弓の幸せを壊してしまうのは兄として自分に許さないでいた。
しばらくして、電車に乗り、優斗は街中へと来た。そこにあるレストランで今日は恋人のいつきと食事をする約束になっていた。
レストランに着き、入るといつきは既にテーブルに座って腕時計を軽くいじっていた。
「やあ、遅れてごめん」
「優斗さん、こんばんは」
「うん、こんばんは」
優斗がいつきの前に座ると、いつきは優斗に笑みを浮かべてみせた。それは安心感を持った笑みのように思えた。
優斗はいつきと食事を楽しみ、そしてしばらくして、レストランを出た。
「星が輝いてて綺麗ですね」
「そうだね。とても綺麗だ」
二人は夜空を見上げた。それは眩しく感じてしまう程であった。
「優斗さん、この後って何か用事はありますか?」
「ごめん、明日は仕事なんだ。終電までなら一緒にいられるけれど、朝までは一緒にはいられない。でもそれは来週にするって約束でしょ?」
「ええ、そうですけど、せっかくですので....」
「いられる限りはいるよ。まだ三時間はいられるから」
そして優斗はいつきをその三時間の間抱き続けた。そして優斗は彼女を一瞬にして忘れたようにいつきと別れた。
電車の中で、いつきとのこれからのことを考えた。結婚はするのだろうか。いつかはしてもおかしくない。いつきのことを愛しているか。それは愛していておかしくない。このことを亜弓が知ったらどう思うだろうか。軽蔑されてもおかしくないだろう。なんたって、人の恋愛は反対しておきながら自分はのうのうと恋愛をしているのだから。それでいて、よく考えもせずに結婚すら思っている。
亜弓の方がよっぽど立派に将来のことを考えていた。
電車が駅に着き、優斗は先程の中嶋を思い出した。奴はあの後は自分の家庭に帰るが、自分はこれから自分だけではない家庭へと帰る。
中嶋が羨ましいわけではないが、何か自分に腑に落ちないものがあった。やがてそれは自分への嫌悪と情け無さへと気づいた。