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桃色に映る儚さの流れ


 亜弓は仕事中であるが、日の当たる窓際に立つとそのまま眠ってしまそうになった。

 母の葬式が終わり、一週間が経つが、その前後の疲れはそれだけの期間では取れないようだった。今でもこうして、疲れと共に母への寂しさと思い出を考え、涙しそうになるのを堪えながら仕事をしている。

 亜弓は喫茶店で働いており、喫茶店の庭には美しい枯山水が広がっている。その庭を見ると、母のいるはずの天国を思ってならない。暖かい日に冷たい冬の風が混じり合い、なんとも寂しい心の内を映し出しているのである。

 もうすぐで二時になり、亜弓は休憩の時間となる。亜弓はそこで珈琲でも飲んで眠くなる午後を乗り切ろうと思った。

 眩い照明はほろりとしたものを亜弓の心へ照らし出そうとしていた。

 店の扉が開く音が聞こえ、亜弓はその方を向いた。

 客に笑みを浮かべたが、その表情は小さな驚きへと瞬時に変わった。

「姉さん」

 そこにいたのは亜弓の姉の千晶であった。まだ一歳にならない甥っ子もそこにいた。

 亜弓は千晶を席へ通した。オーダーを聞き、マスターにオーダーを伝えた。

 体は暑くなるばかりだった。ただ当の姉は亜弓には目もくれず、彼女の子供を見守っていた。

 少しして、亜弓は千晶の元に珈琲を運びに行った。

「何をしに来たの?」

「家にいるのも飽きちゃったから、亜弓の様子を見に来たのよ」

「余計なことしないでください」

 亜弓はそう言いながらも嬉しくはあった。千晶は母が亡くなる前は母の介護、そして母が亡くなった後は葬式の事などがあり、子供のことがありながらもそれらを率先して行っていた。恐らくは嫁に出たものの、すぐに離婚して、実家へ帰ってきた彼女の申し訳なさからなのだろうと思われる。

 そんな姉のことなので、しばらくはこれまでの疲れを癒やしてやりたいと思っていた。

 そして千晶は二時になる前にここを後にした。

 店を出る際の姉の後ろ姿は思い出の中の母と重なった。

           ・

 仕事を終える頃は夜の十時になろうとしていた。周りは山々に囲まれ、桜降る季節だが、桜は亜弓の目には映らなかった。

 家に帰ると、既に家族は全員、家に帰ってきており、亜弓がこの日は一番最後に家に帰ったことになった。

 亜弓は姉の千晶が作った夕飯を召し上がるとそのまま風呂に入り、その後、横になった。疲れが体を襲い、亜弓は家族の顔をろくに見ずに眠りに入った。幸いには明日は休みの日であった。ゆっくりしていられると亜弓はほっとしながら遠ざかっていく、意識を朦朧と感じていた。

 目が覚めると、亜弓は時間を確認した。時間はまだ七時前であった。

 よかったと思いながら亜弓は起きて、布団を畳み、洗面台へ行き、顔を洗った。昨日の疲れはまだ顔に見られた。

 整容を済ますと、台所へ顔を出した。

「おはようございます」

 そこには長女の千晶と次女の夕子がいた。

 二人の姉は亜弓に挨拶をした。

 いつもは大体、千晶と夕子と亜弓の三人で日替わりでご飯を作っていた。二人が一緒にご飯を作っているのは珍しく思えた。

「今日はどうしたんですか?」

 この日は夕子が朝食を作る日であった。

「優斗が仕事が早いから私一人じゃ間に合わないのよ。だからお姉ちゃんの力を借りてるわけ」

 夕子はさらりと言った。亜弓は奥の方からばたばたとしている音に気がついた。恐らく、兄の優斗の支度する騒がしい音だろう。

 優斗はその後、朝食をさっと食べ、家を出て行った。亜弓には目もくれず、その様子は昨日の自分のようであった。

「姉さん、私がやります。もう仕事に行かなくてはならないでしょう?」

「亜弓は今日仕事休みだっけ?」

「ええ、そうです」

「そう。じゃあお願いするわ」

 夕子もそのまま忙しそうに家を出て行った。

 二人が出て行くと、家の中は千晶と千晶の子供の勝英がいるだけで、外の音が混ざり合うように静けさが音を立てていた。

 洗い物を終え、亜弓は本を手に取り、読み始めた。

 だが、亜弓は考え事しており、本の中身は頭の中には入ってこなかった。

 テレビもラジオもかけずにいたので、聞こえるのは千晶の時々聞こえる足音だけだった。

 洗濯でも干すのかと思いながら、亜弓は手伝おうとした。

「姉さん」

 階段を登り、ベランダを出て、顔を出した。

「洗濯物、干すの手伝いましょうか?」

「大丈夫。私一人でもできるから。それより、勝英と散歩でもしてくれる?子供は走るから大変で」

「はい、わかりました」

 亜弓はそう言うと、散歩に行く準備をした。

「かっちゃん」

 そう言うと、勝英は亜弓の前に姿を現した。

「これから私と散歩に行かない?」

 亜弓の言葉に勝英は喜び、辺りを走り回った。

 それを見るだけで、千晶の苦労が知れた。

           ・

外に出て、雄川堰の辺りを勝英と散歩をした。桜が咲き、散った桜が川に流され、それがあと数日すると川が見えなくなるほどになる。亜弓はその光景が毎年の楽しみであった。

「かっちゃん。綺麗ね」

「そうだね」

 勝英はそう言い、川をじっと見つめていた。

 力強くそれでいて、ゆっくりと流れる川にしたたかな風が迷い込んでいた。

 あの人とここを歩いたのは随分前だったような気がすると亜弓は思った。

 一時間ほどして、二人は家へと帰った。その後は千晶と勝英と午後を過ごした。

 夕方になり、優斗が家へ帰り、少しして夕子も家へ帰った。

 夕飯は五人で食べた。亜弓にとっては仕事のせいであまりないことであった。最近になり、その当たり前だと思っていたことへのありがたみがひしひしと感じるようになっていた。

「ところで、亜弓は、恋人とは今どうなんだ?」

 優斗がなんとなしにそう聞いてきた。

「別に兄さんには関係ないじゃないですか。ほっといてください」

「そう言うわけにもいかないんだ。お前らは十歳も歳が離れているだろ。親戚中に知られたら反対されるぞ。母さんだって、あまり良い顔はしていなかったしな」

 亜弓が付き合っている恋人の後藤は歳が三十二歳であり、亜弓とは十歳離れていた。本人同士はそれを承知の上で付き合いをしているのだが、優斗を含め、家族は複雑な気持ちを持っていた。

 優斗は反対に近い気持ちを持っているが、二人の姉は本人達の気持ちを尊重してはいるが、必ずしも賛成というわけではないようだった。

「後藤さんとはまだ結婚の話はしていないけれど、もう少し経ったらそんな話も出てくるのではないでしょうか?」

 優斗は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「姉さんよりも年上の人と結婚するんだぞ。価値観が合うのか?」

「今の所は喧嘩はしたことはありません」

「でも、腹を切って喧嘩はしてみるのもいいわよ」

 夕子が言った。

「そうじゃない姉さん。なあ、亜弓。今はいいが、恋人と夫婦はかなり違うものだと思うんだ。お互いに好き合っている恋人ならいいんだが、結婚して同じ家に住むというのはどうしても嫌な部分が出てきてしまう。恋人は一緒にいて楽しいものだが、夫婦は一緒にいて安心するものだと思う」

「それは兄さんの自論でしょう?」

「ああ、そうだ。だが、俺はそう思う。だから俺は結婚にはなかなか踏み切れずにいるんだ」

 亜弓は千秋の方へは目を向けなかった。その代わりに兄をキツく睨むように見た。

「私の人生は私で決めます。兄さんに決めてもらうつもりはありません」

 亜弓はそう言うとその場を逃げるように後にした。

           ・

 亜弓は部屋で一人泣いていた。自分と後藤の関係を誰も認めてくれないと思い、この家から出て行きたくなった。するとその時、襖の向こうから声がした。

「亜弓いいかしら?」

 その声は千晶であった。

「ええ、どうぞ」

 亜弓がそう言うと、千晶はゆっくりと襖を開けて、礼儀正しく入ってきた。

「姉さん、どうしたんですか?」

「亜弓に少し話がね」

 亜弓は心臓に嫌な高鳴りをさせた。

「私は亜弓と後藤さんとの関係には賛成よ。そして結婚にも賛成。でもね。優斗の言うこともわからなくはないの。亜弓の人生ではあるけれど、必ずしも貴方だけの問題ではない。周りにも影響を与えてしまう。だからもう結婚をするのであったらそこは理解して覚悟を持って欲しい。一生、添い遂げるのだから」

 亜弓は離婚を経験した千晶だからこその言葉だと思った。離婚をし、親戚中から非難を浴びた千晶はこうして妹や弟のことを見ているのだと思うと涙が出てきそうであった。

「姉さん、ありがとうございます。でも私....」

 そこから先の言葉が出てこなかった。なんと言おうとしたのだろうか。自分でも思い出せなかった。

 亜弓がたじろぎしていると千晶は様子を察し、何か声を掛けて部屋を後にした。

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