地震
元旦、島は壊滅的な被害を受けていた。
太一が金沢の実家にいたとき、地震が発生した。
金沢は幸い、大きな被害を免れた。しかし、テレビに映し出される被災地の映像を見て、太一の胸は重く沈んだ。報道では、断水や停電、建物の崩壊が広がっているという。サキがそこにいる――そのことが、頭の中で繰り返し響いた。連絡はつかない。地震後の状況は、まったく分からなかった。
あれから数年、太一とサキはしばしば近くの島に足を運んでいた。
サキが開いたカフェ、「CAFE BLUE」。
海を見下ろす丘の上に、その小さな店はあった。サキはその地の風景に心を奪われ、太一もまた、彼女の夢を支えるようになっていた。二人は、いつかこの仕事を引退したら、ここでずっと一緒にカフェを営もうと決めていた。だが、その未来が、今、恐ろしい速さで崩れ落ちようとしている。
地震が襲ったのは、そんな矢先だった。
数年前から続いていた群発地震は、ついに致命的な力を持って大地を揺るがした。サキはその前から、異変を感じていた。海底から立ち上る泡が増え、海の表情が変わっていたのだ。
太一は、そんなサキの言葉を思い出しながら、急いで車に物資を詰め込んだ。
島に向かう道中、心の中でただ一つの思いが強くなる。
サキが無事であってほしい。
だが、地震後、サキとは一度も連絡が取れていない。里山道路が崩れ、海沿いの道も甚大な被害を受けている。太一は軽トラを走らせる。道がでこぼこになり、進むにつれて不安は増すばかりだ。そのうち渋滞がひどくなり、進めない。
しばらく歩いて様子を見に行くと、崖が崩れて道が完全に塞がれていた。
前に進むためには、迂回しなければならない。
「こんな時に、道がひとつしかないなんて…」
太一は無力感を感じる。
焦っても仕方がない。まず辿り着くことが、今は唯一の目標だ。だが、この狭い道が、すぐにでも途切れてしまいそうで、太一の心は乱れていた。
そのとき、背後から声がかかった。
「太一か!」
振り向くと、じゅんが立っていた。
サキのカフェの開業を手伝ってくれた、地元の漁師だ。
「じゅんか!無事だったか?」
「うちはなんとか大丈夫だ。壁が崩れたけど、家自体はなんとか残った。今、漁港の様子を見てきたところだ。サキちゃんのところへ行くんだろう?」
「うん…。」
じゅんは一瞬黙った後、言った。
「なら、車じゃ無理だ。うちの漁港に車を停めろ。俺が案内する。」
太一は迷う暇もなく、じゅんを助手席に乗せ、車を漁港へと走らせた。
港に着くと、目の前に広がったのは、あまりにも衝撃的な光景だった。
大地が隆起し、漁船が無惨にも陸に上がっていた。
太一は言葉を失い、ただ呆然とその場に立ち尽くす。
「…ひどい。」
震える声で呟く。
じゅんは少しの間黙っていたが、やがて言った。
「こっちだ、太一。」
指差された方向へ車を進める。
元々海底だった場所に、慎重に車を進めていく。砂の上を走りながら、太一の目には、まるで世界が崩れていくように見えた。
岬を越えると、遠くに灯台と海が見えてきた。その足元には、小型のクルーザーが浮かんでいるのが見えた。
「これは…」
太一は言葉を失った。
「釣り人の船だろう。中には誰もいなかった。立派な船だけど、何かあったんだろうな。」
じゅんが淡々と続ける。
「でも、動くのか?キーもないのに。」
じゅんはニヤリと笑い、ポケットから鍵を取り出した。
「動くさ。これがあればな。」
「お前、まさか…。」
「盗むわけじゃない。借りるだけだ。」
じゅんは船に乗り込んでいった。
「これで、島に行ける。急ぐぞ。」
太一は呆然としながらも、言われるがままに車から物資を降ろし、船に積み込んだ。船の持ち主がどんな状況でここに船を残していったのか、太一には分からなかった。ただ、この目の前の現実を受け入れ、サキの無事を確かめるために全力で進むしかないと決めた。
エンジンが唸りを上げ、船は海に出て行った。
太一の目はただ前を見つめていた。
あの丘の上のカフェが、今どうなっているのか、サキが無事であることを願いながら。