5話
「へいお待ちっ!」
「なんでハ●ヒネタなんだよ。あと、ドア叩きつけんな。立て付け悪くなるだろうが」
「えー、だってさあ。僕を襲うってまでいった相手に従ってやる謂れなくない?」
「ぐっ!だ、だったらなんでお前はまだ素直なままなんだよ!」
「それは僕の罪だから。受け入れるしかないと思って」
「...そ、そうか」
九月二日。昨日は日曜だったので休みだったが、今日からは憂鬱な二学期が始まる。正しく言えば去年も同じことは繰り返しているのだが、今俺の目の前にいる女との煩わしい関係はなく単純な悪友といった感じだった。それがあるからだろう。余計に憂鬱に感じるのは。...というか憂鬱憂鬱と頭でリピートしてるのは●ルヒ脳になってしまってるのだろうか。
「ま、とりあえず早く着替えちゃってよ」
部屋に入られているのは少し恥ずかしいが、まあ周囲の奇異の視線を浴びないだけいいのかもしれないと思ってパジャマを脱ぐ。
...。.....。.......。
「いつまでいんだよっ!着替えるから出てけ!」
「やだ!僕は生着替え見るんだー!」
「その言い方やめろよ!?父さんが聞いてたら...」
ぞわり。言っていて、何か嫌な予感がする。恐る恐る、凛華の後ろを見ると...そこには満面の笑みの、父さんがいた。
「美少女の前で生着替え発言...か。うちの部署内で話したら、いいことになるんだろうなあ」
その後父さんに平謝りして、ことなきを得た。...そのはずだ。
「行ってきまーす!」
「いや、時間ねえんだから急ぐぞ!」
悠長に挨拶している凛華を無理やり後部座席に乗せると、俺は全力で漕ぎ出す。
「わあっ!?」などという悲鳴は聞かなかったことにして、俺は高校までの道を急いだ。
8時半に間に合うか微妙だが、少なくとも走るよりはこっちのが断然早い!
「もう、危ないなあ!もうちょっと僕の安全をーーー」
「うるせえ!落ちるぞ!?しっかり掴まってろ!」
「...わかった」
拗ねる凛華の相手はせず,もっと急ぐ。胸が背中に押されていたが、それは気にしないことにしていた。...多分頬は赤くなっていたが。
「はあ、はあ...。危ねえ...!」
「ほんとだよ。もうちょっとゆっくり来ようよ」
「誰のせいだ!だ・れ・の!」
校門が閉まりかけていたのを急いで走り抜け、滑り込む形で校舎に入る。
先生に「もう少しだけ遅かったら完全に遅刻ですよ?」と軽く叱られたが、俺も凛華も真面目で通しているのであくまでも軽く叱られるだけで済んだ。
全速で教室に入り、色々な視線...大抵は「新学期早々遅刻か?」と面白がる視線を浴びながら、自分の席に着く。
見れば凛華も、あたかも最初からそこにいましたというオーラを出していた。というか、あの特殊能力は少し憧れてしまう。
結局いつも通りにホームルームが終わり、今時なリモート始業式を行って軽く授業(大半の時間を課題の回収に費やした)をおこない、そしていつもの放課後がやってきた。
凛華は...と見て大量の女子に囲まれているのを見て俺は帰ることにした。アイツはなまじ中性的な顔立ち故に、男女共にファン...そして片想いしている人が多いのだ。
少し悔しいが、今日の朝の続きは明日の朝にでもしよう。たこ焼きの恨みを、未だ仕事をしているはずの父さんに放射しながら帰ることにした。
「...待ってよ」
と、軽く腕を引っ張られる感覚に俺は立ち止まった。見れば、凛華だった。少し寂しそうな顔で、「一緒にいてくれなきゃ、やだ」と少し恥ずかしそうに言っていた。可愛いっ...!
人知れず悶えていると、先程まで凛華と会話していた女子たちが会話していた。
「...あの2人ってさ、多分出来てるよね?」
「というかこの夏で一気に距離縮まったって言うことは...一線越えた!?」
『キャー!』
「うるせえ!せめて聞こえないところで言えよ!」
あれは俺に対する当て付けか,全く。
こっそり憤慨して校門まで来ると、ようやく凛華が手を離してくれた。
「...ねえ、ナツ」
「なんだ?」
「僕が本当にナツの彼女になったら嬉しい?」
「ブッ!?」
何も口にないのに何かを吐き出しかけた。俺が咽せていると、凛華は一瞬顔を心配そうにさせ...そして、笑顔になった。
「うん、やっぱり僕には素直なのは無理だね。こんくらいの、のらりくらりしている方が僕にはいいや。ま、これからもおちょくってくけど...嫌いにならないでくれるよね?」
その言葉に期待と喜び...そして、俺には理解できない何かの感情があったのに気づいてはいけなかったのだろうか。家に帰った後、俺は少しだけ悩み...悩んでいても仕方ないと、考えることを放棄して眠った。