4話
「...大丈夫?隈酷いけど」
「ああ大丈夫だ、俺は至って健康だ」
翌朝。ほとんど寝れなかった俺には隈が出来ていた。必殺一夜漬けでも基本的に隈は無い俺だが、流石にあどけない寝顔を晒して無抵抗のまま横になっている美少女と一緒にいるというのは精神的にクルらしい。
心配そうに俺の顔を覗き込む凛華にもう一度「大丈夫だ」と言うと、「...ナツが言うならいいけどさ。あんまり無理しないでね?」と心の底から心配そうに返された。それならまず昨日までのお前の行動を振り返れと言いたいところだが、昨日の子供みたいにはしゃぐコイツを見てからだとそんなことを言う気力も起きなかった。
凛華は暫く俺を心配そうに見ていたが、諦めたのか小さくため息をつき「たこ焼き用意してるから、出来たら起こしにくるからね!」と笑顔で去っていった。それを見届けた俺は(よく理性が持った)と自分を褒めて倒れ込むように布団に入る。瞬間睡魔が襲ってきたのか、俺の視界は暗転した。
「...ふふふ」
ナツの部屋から出て、私はこっそり笑う。これほどに引っかかるなんて、一周回ってナツが可愛く見えてくる。
自分の心に正直になれ。僕にとっては青天の霹靂だけど、それは逆に言えば僕が言っていることが全て正直だと信じ切ったナツを愛でるチャンスでもあるということ。
あの感じだと、僕が一緒に寝たいなんて言ったから期待しちゃって寝れなかったんだろう。先々週に仕掛けた盗撮機の様子を今度確認しなくちゃね。
...でも、まあ。ナツは魅力的かと言われれば、意識はしていない。ただ、一緒にいると楽しくて寂しくない。ただそれだけの筈なんだ。
なのに、なんでかたまに居ないと胸が痛くなる。...まだ若いのに不整脈なのかな、僕。
「...ナーツー!起ーきーろー!」
「うわっ!?」
暗い視界のまま聞いた凛華の声に目を開けて、驚く。
「もう、なんでこんな近くで怒鳴らなきゃ起きないかなあ!僕だって色々準備したのに、もうたこ焼き冷めちゃうよ!」
「そ、それより避けてくれねえか?」
「やだ!」
「うええ...。」
...なぜか、凛華は俺の上に馬乗りになっていた。そして、俺の顔の目と鼻の先に凛華の顔はあった。怒っているのか鼻息が荒いが、その鼻息が俺に当たって少し赤面しそうだ。
「...な、何?僕と一緒にいるのだと恥ずかしいかな?」
俺の顔が本当に赤くなっていたのだろう。少し驚いたような顔をした凛華が俺を見つめた。だが、こんなに顔が接近していたからだろうか。俺の心臓が早鐘を打ち始めた。
「それとも...欲情しちゃう?」
「!?」
少しだけ流し目で見るような仕草に、自覚できるほど俺の頰が熱を帯びる。慌てて視線を下にそらすが、そこにはやはり人並み以上の胸があったためか俺はまた赤くなってしまう。
「...ま、まさか本気にしちゃったわけじゃないよね?僕が冗談で言ったことぐらいわかってるもんね。...そう、だよね?」
俺の反応に、少し慌てたように凛華が言った。後半はむしろ、懇願だった。...可愛い。実は今までがツンツンしすぎていただけで、これが素なんじゃないんだろうか。
今までのツンツンを思い出す。『もしかしてさあ、僕に欲情してんの?気持ち悪い』...ヤバい。デレの中和に思い浮かべたはずなのに、更に今の凛華が可愛く思えてしまう。
「...悪い、俺今のままじゃ本当に手が出そうだ。しかも抑えられない」
「え!?そ、それは困るよ!だってそんなことされたら僕がーーー」
俺の告白に、凛華は本格的に焦っていた。途中で言葉を止めたのが自制心なのなら、きっとそれすら忘れるぐらい焦っていたのだろう。
俺を見て、凛華の頬も赤くなっていく。そのまま、居心地の悪い無言が続いた。
「...あ!たこ焼き冷めてる!」
「え!?マジか、急ぐぞ!」
何かに気付いた様子の凛華が焦っていった言葉に、俺は目を見開く。着るものもそのままに部屋を飛び出て下に降りると、そこには。
「...ん?おお、おはよう夏。たこ焼き冷えてたから食っておいたぞー」
...凛華の作ったたこ焼きにソースをかけて、口に運んでいく父さんの姿が見えた。
「全く、おじさんも酷いよ!僕がしっかり残しといてっていったのに...」
「いや、材料は残ってるし。これで残してるだろ」
「違くて!僕の作ったたこ焼きを一緒に食べようと思ってただけでーーー」
「...凛華?」
先ほどのように、途中で言葉を止めた凛華。だが今回は先ほどと違って、少し恥じらうように目を伏せた後小さな声で言った。
「...大好きなナツのために愛を込めて作ったたこ焼きだったのに...。」
「ーーーッ!?」
思わず床に伏せる。「だ、大丈夫!?」と凛華が聞いてくるのに大丈夫と答えたが、心の中は再び支離滅裂になっていた。しかもさっきより鼓動が早い。
「...本当に大丈夫?僕のせいなら...」
「いや、いいんだ。というよりこれ以上いられたら絶対に襲うから、帰ってくれ」
俺の苦し紛れの言葉に一瞬凛華の目が大きく見開いた気がしたが、次の瞬間には「...分かった。もう、帰るね?」と寂しそうに俺に手を振って、心なしかトボトボと帰っていった。
その背中に、父さんが「...まあ、やっぱりまだまだ甘いな。ガキはこれだから始末に困る」と言っていたのがわからなかったが、その後は何事もなく...そして初めてあいつの朝の目覚ましもなく、夏休みを過ごし終えた。