14話
あの拒絶の後、軽く魂が抜けたような足取りでふらふらとしながらも俺は何とか家へ帰り着く。何回か車にクラクションを鳴らされていたが、気付かないほどに心がボロボロだ。
ーー『あ、な、ナツなんて大っ嫌いだー!』
頭の中でその部分だけが延々とリフレインされて、死にたくなってしまう。そもそも嫌いならなんであそこで真っ赤になったんだよーとか、正直どうだっていい。俺は嫌われた。しかも、多分戻せないぐらいの断絶が入っている。
何も考えられない。ただ、存在するだけ。そんな存在に、俺はなっていた。
「...ナツ」
小さく呟く。幼馴染の名前を呼ぶ、それだけなはずなのに胸が締められたように苦しくなる。
『あ、な、ナツなんて大っ嫌いだー!』
なんで、僕はあんな言葉を吐くぐらい焦っていたのだろう。...分からない。僕のことのはずなのに、最近の僕のナツに対する行動は理性と別の行動を起こしている。僕の、深いところで何かが叫んでいたけど...それがなんなのかは、理解したくなかった。
「...ナツ」
耳元ではない、大声ではないささやかな声。だというのに、俺はその声で目を覚ましていた。
そこには俺を嫌いになったはずの凛華がいた。なぜだかわからないが、すごく嬉しい。...ただ、それは幼馴染としての情ではなくまた別のものの感情な気がした。
ーー『今のナツと凛華の関係を崩してくれればいい』
まさか、恋がああ言っていたのは俺がこうやって立ち止まるのを蹴り飛ばすという意味があったのか?
俺は凛華に向き直ると、
「...凛華。俺を見て、どう感じる?」
「幼馴染、かな?」
「いや、そうじゃない。1人の男として、どう思うかって事だ」
途端、火を吹いたように凛華の顔が赤くなる。そのまま逃げようとした凛華を止めると、俺は答えを急かす。
やっぱり二学期に入ってから...それも一昨日あたりからは凛華の挙動が非常におかしい。俺が感情に正直になれと言った日以来、少しおかしい程度だったが...今日の凛華は、挙動どころか情緒すらもおかしくなっている。
「...どうなんだ?」
凛華の目を見て、再び急かす。いよいよ覚悟が決まったか凛華は大きく息を吸うと、
「...わからないよ」
「え?」
「僕にだって、今の僕はわからないんだ。ナツのこと考えると胸がキューってするし、冷静にしてるつもりでもナツが変なこと言うからつい逃げ出しちゃったりしてて...。今の僕って、やっぱり変なのかな?」
俺にもその答えを言うことは難しい。実を言えば俺も、凛華を見ていると無性に抱きしめたくなることがある。でもそれは、どう考えても「友情」じゃない。それは、「恋愛」の領域なのだから。
「ーッ!?」
ふと、俺は恐ろしい可能性に気づいて顔を硬直させる。「だ、大丈夫?」と心配する凛華に「大丈夫だ」と答えてから、俺はその言葉を口にした。
「...もしかしたら、それって恋なんじゃないのか?」
ナツの口から出てきたその言葉に、僕は愕然とする。ナツを軽蔑したわけじゃない。今の僕にはそれがしっくりくる気がした。恋ってのは人を想う病気みたいなものだから、確かに胸がキューってなったり狂おしくなったりするのは当然なはず。じゃ、僕は今ーーー
「...え?」
ふと、ナツを見る。戸惑ったような表情が僕を見つめた。...確かに、この気持ちは紛れもない「恋」なのかもしれない、と今更ながら思った。
「...なぁんだ」
こんな簡単なことだったのか。ただの恋する乙女になっちゃってたってだけだったのかぁ。
「そうだったのかぁ」
僕は笑顔でナツを見る。「ど、どうしたんだ?」と戸惑っているナツに「ん?別にー?」と笑顔を見せてやると、ナツも僕を気になってるのか一瞬赤面していた。
「かわいっ。ま、早く下に降りてきてよー!」
なんだか、夏休みの前に戻った気分だ。しかも、一歩分前進している。僕は今、紛れもなく幸せだと実感できた。
「...なんなんだ?」
俺の偽らざる本音を言うならば、こういうことだ。
俺が、凛華の今の状態と思われる単語を言ってやった後、アイツは俺を見つめた後突然笑顔になり、なんだとかそうだったのかとか呟いて、笑顔で出ていった。どことなく夏休み前を彷彿とさせるが、家の中に入っている分親密度は上がっているのか?
でも、わからない。アイツが今何を考えているのかが全く持ってわからないのだ。
ともかく、下に降りるか...。
「ナツ!今日はね、愛妻弁当を作ったよ!」
「嫁じゃねえだろ」
「未来の嫁だよ?もっと可愛がってくれてもいいんだよ?...性的にも」
「おい、後の言葉ぜってえいらねえだろ!?」
「え?僕の体を汚したい?ダメだよ、平日の朝にそんなこと言っちゃ」
「...いや、それだと土日ならいいって聞こえるんだが...?」
「...いや、ここじゃダメ。僕の家来る?というか今日泊まってく?えっちな気分になってるなら僕もだから体を任せてもーーー」
「よくねえよ!?」
...絶対に、コイツは何かのネジがぶっ飛んでいった。
それが、「幼馴染」という枷を外して「恋する乙女」へシフトチェンジした凛華のあるべき姿だと気づくには、幼馴染としての時間が長すぎた。




