12話
家に帰ってからも、心持ちは重いままだった。
恋のお見舞いに行こうかとも考えたが、昨日の今日では会話する気力もないだろうと思って行かないことにした。
凛華の事は...知らないふりをすることにした。あれが俺を「見たくもない」と評するなら、俺もそれに対抗してやるのが義理だろう。
...ただ、昨日凛華と共に眠った夜の、その温もりが忘れられずにいたせいかなかなか寝付けなかった。
それもこれも、今日の朝凛華が俺を騙そうとしたからだ。あれがなければ...いや、そんなことを考えてももう遅い。俺は寝付けない体をおして、無理矢理眠りにつこうとした。
『...僕は、君のことがずっと前からーーー』
「!?」
驚いて飛び起きると、そこには何もなかった。...もちろん、いつもなら起こしに来てくれるマウントポジションの凛華の姿も。
「なんだったんだよ、チクショオ...!」
夢に出てきた、真剣な表情をして何かを告白する凛華に意識を奪われつつもそつなく着替えを終わらせると、今日も平和な一日がーーー
...だが、俺は忘れていた。アイツがなんでここで飯を食うかを。
「...あ」
先に朝食をとっていた凛華と、目が合う。慌てて逸らそうとするが、何か癪だ。だから見つめてやることにする。
凛華も同じ結論になったのか、俺を見つめてくる。忌々しいことだ。
「昨日の夕食は一緒じゃなかったが、やっぱり2人は仲がいいな」
アホなことを抜かす父さんの言葉に、思わず俺は椅子を音を立てて後ろに下げる。
「2人とも、どうしてーーー」などという父さんを無視して、家を出る。
全く同じ動きをした凛華に忌々しいと言わんがばかりの憎悪の視線を向けると、同じものを照射してきた凛華と視線が交錯する。
無視して自転車に乗ると、そのまま乗ってこようとした凛華を払いのけて走り出す。
...その日、凛華は高校初の遅刻をした。
いつもなら、学校に着いてすぐに「...お前ら、何かあったのか?」と恋が聞いてくるはずだ。ただ、恋はこの場にはいない。
互いに憎悪の視線を向け合うのはすでに分かっているので、同じように視線を向ける。
「...あれえ?見つめあってお熱いねえ?」
茶化すように言ってきた同級生の誰かに、憎悪の視線を向ける。彼女は小さく「ひっ」と悲鳴を漏らすと、自分の席に着いた。
...今回悪いのは凛華であって、絶対に俺ではない。だから、アイツが謝ってくるなら何かいうこともなく許してやるつもりだ。
俺としても、アイツと険悪な状態で過ごすのはあまり嬉しくない。アイツの、目覚まし代わりの耳元の大声に慣れたこの体じゃ、アイツがいなければ遅刻常習犯間違いなしだ。それに...。
思考を振り払うように頭を振るうと、授業に集中する。世界史の教師が変なものを見るような目で俺を見ていたが、気にしないことにした。
その後は何事もなく帰り道につく。その前に、俺は凛華に声をかけた。
「おい、凛華ーーー」
その言葉で俺に向き直った凛華の目には、ひたすらに俺に対して無関心な色のない感情があって...思わず俺は、逃げ出すようにしていた。何かを凛華が言っていたが、呪いの類だろう。
自転車を全力で漕いで、すぐに家に帰り着く。凛華ともう関わっていたくない、そんな思いが俺の胸中で暴走していた。
アイツにとっては、もう俺などどうでもいいのだ。生まれて16年半ほどの付き合いだが、その長い期間はたった一日の10時間ほどで壊されてしまった。
悲嘆に暮れた俺を慰めるものはどこにもいなかった。
あの後1人で暗い状態で過ごすのも嫌だったので、俺は恋の元に見舞いに行くことにした。
特に連絡を入れていたわけではなかったが、どうやら面会そのものは許されるらしい。
恋のーーーもしくは病院側の手際の良さに思わず舌を巻いて、俺は恋のいる507号室に入った。
「ーーー」
思わず、俺の顔から感情が抜け落ちるようなそんな音がした。
そこには凛華がいた。俺と同じ林檎を二つ持っていて、ショリショリと皮を剥いていた。恋はすでに起きていて、俺の方を驚いたような顔で凝視していた。
「...!?」
凛華は俺に気付くなり立ち上がると、病室を出ようとした。俺を強引に退かせると、そのまま病室を出ようとする。
慌てて声をかけたが、まるで反応しない。これじゃあまるでさっきの再現ーーー。
「...凛華」
その一言に、俺はもとよりーーー呼ばれた当人である凛華は、動きを止めた。
「ナツと話し合え。少なくとも、怪我人の前で痴話喧嘩...なんて見せられる身にでもなってみろ。肺は痛むし折られた肋も動いて刺さりそうに感じるのに、お前らの空気があるだけで息すらまともに出来ねえ」
恋の、気のせいかいつもよりも口の悪い言葉に俺たちは...諦めたように恋の近くへと歩み寄る。
「「だって、コイツがーーー」」
互いに睨み合う。が、「喧嘩するな。もう一度言わせたいのか?」と恋に言われると表面上は敵対を止める。だが、恋がいなくなればいつでも攻撃はできるようにしておいた。
「お前らじゃ解決しないから、俺に話せ。なんとかするから」
その言葉を信じて、俺たちは話し始めた。




