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10話

「...恋、結局最後まで戻ってこなかったな」

「うん。なんか途中でいなくなってたし、家に帰ったのかな?」

放課後。首に圧力がかかったと思った時から実に4時間の記憶がない俺と、その間ずっと俺を心配してくれていたらしい凛華は珍しく2人でいた。

前、恋にあんな話をされたからか。少しだけ、2人きりの状況をあいつが位置して作ったように感じる。

「...ねえ、ナツ?」

「うおわっ!?な、なんだよ。驚かせんなよ」

考え事をしているとぬっと目の前に凛華が現れて心臓が跳ね上がった。「もう、なんだよー!」と拗ねたふうにしている凛華も可愛い。ただ一緒にいるだけでいい、これ以上は望まないーーーそんなふうに考えていると、凛華が転びそうになったのか「うわっ!?」と奇声を上げた。慌ててその手を握ってやる。


「凛華、大丈夫か?」

「うん、まあ...。というか、なんかに滑った感じがする」

「滑った?」

嘘くさいと思いながら聞いた俺に、バカ真面目に凛華は頷く。

アホくさいと思って、だが万が一もあるなと綺麗な舗装ではない地面を見てーーー2人して、絶句する。そこには、血塗られた砂がキラキラと嫌な光を見せていた。

「...!?」

「...え!?」

悲鳴を出すことは抑えたが、俺たちは顔を見合わせる。なぜ血が?というのは顔を見てもわかることだが、誰がなぜ血を流しているのかまではわからない。

「あ、案外恋が恨みを持っている奴に刺されたとか?」

「本当だったらシャレにならないからそういうのはやめてよ!」

怒られた。まあ、それも当然だろう。これで本当にあいつだったりした場合洒落にならないところじゃない。警察沙汰だ。


「...ゴフッ」

どこからか、小さい吐血音が聞こえて俺たちは急いでその場に向かう。

「...恋!?」

血溜まりの中央にいたのは、恋だった。しかも瞳孔は開きっぱなしで虚を見ていて、肺が貫かれたのか息も苦しそうにしていた。左側の脇腹からは常に血が出続けていて、このままじゃ十中八九...出血多量で死ぬ。

急いで凛華に救急車を呼ばせて、俺は少しでも上を向けるように足を持つ。頭に血が溜まると気付いてからも、脇腹からの出血よりはマシだろうと吊るようにしていた。

程なくして救急車は到着し、俺たち諸共のせられる。

B型のrh−はあまり数が居なくとも輸血できるらしく、少しだけ顔色は良くなっていた。とはいえ脇腹からの出血は無理に抑えている状況だし肺に刺さったままのナイフも抜けてはいないが。


「...たまたま通りかかったと?」

「はい。帰り道で...」

「関係は?」

「友達です」

「へえ、じゃあ誰がやったとかは...わかんないか。まあ、何かあったら電話よこすからね」

そんな軽い調子で、警察官は帰って行った。

意識はなく、心肺停止状態ーーー実質、今恋は死んでいる。すでに30分以上経過しているのに脳波があるのが不思議なくらいだ。

身動き一つしない恋に一瞥をくれた後、俺は小さく「...死ぬなよ」と呟いて、帰路に着くことにした。

その背中に「死んでたまるかよ」と聞こえた気がしたが、多分気のせいだろう。


「!?夏、その服装はどうしたんだ!?」

本気で焦ったような父さんの声が、俺と凛華を迎えた。というか、こんな父さんを見るのは初めてだ。

「じつは、恋のやつが誰かに刺されたみたいで」

「恋君の血を流すのを少しでも減らそうとしてこうなっちゃってて...。」

そういう凛華も、制服には血がこびりついている。明日は少なくとも制服で登校できなさそうだ。

「...保史の息子か。確かに口は悪かったけど、刺されるってほどでもなかったのに...」

父さんは悔しそうな顔をしていた。まるで、何かの事情を知ってるような気はしないがそれに近しい何かなら知っているといううように。


「...ともかく、こっからはもうどうにもならない。あとは神頼みして、早く寝るしかないな」

そう言われて、俺たちは制服を父さんに洗いに行ってもらって風呂に入る。湯船に浸かると、自分の無力さが滲み出していくようで嫌だった。

すぐに上がって、暗い顔の凛華に風呂を進める。大人しく入ったのを見ると、夕食は食べずに上に行く。

布団に転がって、恋のことを考える。恋は本当に口が悪かったが、刺されるなんて男じゃなかった。なのに刺されたのは...何かあったのか?俺が考えても考えても思い浮かばない答えは、何か見ないだけな気がしていて...遠い遠い彼方にしかなかった。


「...一緒に寝ていい?」

そんな中だった。とつぜん凛華が俺の部屋に入ってきたのは。

いつもなら照れで拒絶していた。ただ、今日だけは温もりがありがたくてつい共に寝てしまった。

「大丈夫。きっと、明日になったら夢が覚めてくれるから」

そう言って俺を抱きしめる凛華が暖かくて、心強くてーーーだんだん、眠くなってきた。

「おやすみ、ナツ。明日は,早いからね」

そんな言葉と共に、俺は眠りについた。

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