幕間。「恋の独り言ーーーdesperado」
「ほらほら、動いちゃダメだよー?」
「うぎゃぁぁあ!?」
「おい、動いたら何も出来ねえだろ?」
「うぎゅっーーー」
次の日。俺は、二日連続のホームルーム...それもメイド服の採寸があるからか、ナツは昨日よりも暴れていた。採寸係の女子には手に負えないほどの暴れようだが、まあ俺だったら軽くあしらえる。手を貸すふりをして、首の関節を極める。ダメな音がしたが、まあナツのゴキブリ生命力に頼るしかない。ま、大丈夫だろう。...最悪の場合は、これを出しに凛華と距離を詰めさせればーーー
「な、ナツ!?大丈夫!?」
...その必要はなさそうだ。狼狽を露骨なほど見せて、ナツに近づいて行った女の姿を見て、俺は少しホッとする。...と同時に、いいネタを見つけたと俺の顔に笑顔を貼り付ける。
「...んー?凛華、ナツの事気になんのか?」
すると、面白いほどに顔色を変えてきた。真っ青になっていた顔が一瞬で真っ赤になんのははっきり言って見ていて気持ちがいい。
「そ、そんなことは...!?」
あからさまに狼狽する凛華に、俺はさらに笑みを深くする。
「へぇえ?ナツが気にならない、と」
「そ、そういうわけでもないけど、その...」
ここまで来ると、俺がいじめているような錯覚に陥る。実際、俺を見る同級生どもの視線は俺を責めるようなものになっている。
「ま、いいけどな。とりあえず、コイツの採寸さっさと終わらせてくれ。そうすりゃ、俺の面倒も減る」
そして、ヒラヒラと手を振ってさらりと逃げる。ま、きづいたやつはいねえだろうとは思うが、それでも周囲を警戒してーーー誰もいないことを確認すると、大きなため息をついた。
俺が凛華と初めて会ったのは、3つの時だった。
その時からもう今の性格になりかけだった俺だが、春にあった縁日で見た姿を良く覚えている。それが、俺の初恋だった。所謂一目惚れってやつで、今になっちまえば情けねえ話だ。
まあ、もちろん名前なんて知らなかったが夢の中で何故か俺と同い年ぐらいのガキに「凛華」と呼ばれていたから、そいつの名前が凛華なのだろうとはずっと思っていた。
再び会ったのは...去年の春だ。存在感がそれっぽかったのかもしれないし、横にいた生意気そうなのが「凛華」と言っていたからでもあった。
...なら、俺が見たこのガキはなんだったんだ?コイツはどういう性格で、何をされりゃおだてられるのか?そんなことを考えて近づいていきーーーもちろん、凛華への態度は見せずーーー今に至る、ってわけだ。
今のところは一定の信用を寄せられているが、凛華からはたまに敵対されることもある。だが、俺は今のその関係に概ね満足している。
なぜなら、凛華は俺が思う以上にーーーそして、本人が思っているよりも明らかに、ナツに好意を向けているからだ。本人は、幼馴染だからこのくらいは当然、という自分の線引きまで近づいている「策士」を気取ってんだろう。
だが、側から見れば...そしてほんの少しつっつくだけで真っ赤になるようなのが策士をきどってるのだ、笑い物でしかない。
最近では、俺が2人を煽って互いの好意を伝えさせようとさせているのにも拘らず動きがない、チキン野郎だと思っている。ま、ほんとのチキン野郎は俺自身ーーー凛華が好きなのに、悪友の関係を推すふりをして傍観者を気取っている俺だが。
ただ、俺の好意なんてあの2人が織りなすコントのような関係に比べりゃ塵にすらならねえ。いや、ラブコメか?まあいいが。アイツらの関係は、俺と言う円滑剤があってこそだ。無けりゃ、家ではまだしもすぐ固まって「学校」にこびりつく。
それを面白がってこびりつかせないようにするのが、俺の役目だ。こればっかしは、誰にも譲れねえ。
「きゃっ!?」
ボケーっとして歩いていた俺に、何かがぶつかった衝撃があった。悲鳴が上がる。
そいつを見ると、おそらく一年の女だった。手を出してやると、縋って立ち上がる。
「すいません。あの、急いでいたのでーーー」
「ああ、いい。元々、ぼーっとして歩いていた俺が悪いんだしな」
笑って、その場を和ませる。緊張が解けたのか、少し笑顔になった。
「...あの、今から買い出しですか?」
「ん?...ああ、まあそんなとこだ」
「そうですか!じゃ、一緒にいきましょうよ!」
少しばかしぐいぐいすぎて怪しんだが、まあ確かに一年の女が上級生の、それも少し柄は悪そうだがイケメンーーー比喩じゃなくて、十人に八人は逆ナンされる自信があるーーーに助けられたのだ。舞い上がらない方がおかしい。そう考えて、俺は女についていった。
のんびり歩いて、荷物持ちにさせられた俺は突如止まった女ーーー高城に不審げな目を向ける。止まることはない、と言いかけた口はなぜか固く閉ざされていて、動かせなかった。
「...ま、この辺でいっか」
「何をーーー」
言っているんだ、とは続けることができなかった。
代わりに、右の脇腹に妙な痛み。ジリジリするようなーーー焼けるような。そして視界は右方面へと倒れていく。
「楽しい楽しいデートももう終わり。私がいたこと、気づかれちゃダメだから。運が悪かったね」
突然左脇腹に足を置かれ、腹の筋肉が地面の石に突き刺さっていく。
「ガフっ!l
「...ま、所詮こんなもんか。じゃ、しんで」
視界が暗転する前に最後に見たのはーーー俺の前で笑う、それはまるで子供のような無邪気な笑みだった。




