湯気
真夜中のベッドルームで手渡されたマグカップは大きくて、真っ白な湯気であっという間にまつ毛が湿った。
目の中に残った涙が、瞬きと一緒に流れていく。
全力疾走の直後みたいな体にくらくらしながら、息を止めるようにして一口含む。
はちみつの入ったあまい湯が、過呼吸ぎみの体内を滑り落ちていく。
「……ありがと」
「落ち着いた?」
「ん……少し」
吸い込みすぎた空気をしぼり出して、ぽすっと肩に頭を預ける。
「柚子湯もういい?」
「……ん」
まだほかほか湯気をあげてるコップをサイドテーブルにおいて、寄りかかったまま背中をさすってもらう。
さすがに甘えすぎだと思うけど、今は息をするだけで精いっぱいだ。
「……いつもの?」
ちいさく頷く。ハグのいいところは、温かいところと、息ができるところ。それから、喋らなくても気持ちが伝わるところ。
「そっか。怖かったね」
背中をぽすぽす叩いてくれる手が温かくて、このままならいくらでも眠れそう。
そんなことしたら楓真の脚が痺れちゃうから、ちゃんと目は開けておくけどね。
「……いつも起こして、ごめんね」
謝ると、楓真はいつも優しく笑って、甘やかすみたいに頭を撫でてくれる。
「好きでやってるだけだよ」
ねえ楓真、その「好き」は、どっちの好きなの?
あさはかな胸のときめきと、喉まで出かけた言葉は、どす黒い悪夢に塗りつぶされた。
楓真は医学部生で、わたしは高校三年生。もともと幼馴染なのもあって、温厚な楓真は勉強がてらわたしの面倒も見てくれてる。
いくら楓真の性格でも、うら若い娘を一人暮らしの男の家に居候させるあたり、親戚の人たちはわたしを厄介払いしたくてたまらなかったんだと思う。でも一緒に暮らすようになって、少しずつ楽になっているから、意外と考えてくれてたんだなって最近見直した。
こうやって真夜中に飛び起きた時、楓真はいつも穏やかに、ひたすら話を聞いてくれる。まだ学生だけど、息が出来ないほど詰まった何かは、言葉にすると吐き出せるってよく分かってる。
でもわたしばかり喋っていて、苦しくならないのかな。
その笑顔も、柔らかい声も、わたしが患者だからなの?
いつだったか、くだらないことばかり話したがる人は、聞いているフリで合槌だけ打てばいいって聞いたことがある。
わたしの話も、聞き流しているから辛くないのかな。
医学部って、病気とか薬だけじゃなくて、そういう勉強もするのかな。
わたしの「話したい」には、「聞いてほしい」がたくさん入っているんだけどな。楓真にとっては、「ただ話したい人」と同じなの?
やっぱり歳がちがうから、わたしのことなんて見えてないよね。「わたしは特別」なんて舞い上がってるお子さまには、きっと少しも興味ないんだろうな。
「ふうま」
わたしは患者。いわば楓真の、ひとりめのお客さま。
「好きだよ」
だから、知らないでいてね。
切なくて綺麗な恋が書きたくなりました。
医学部生さんって、病気以外の勉強とかもするんでしょうか……。