2-5 最後の番
私たちも潜った。
マリーエの側にエーネ、イェンスの側に私。グッと、ググッと深く、深く。息が続く限り遠くまで逃げて、スッと頭を出したの。
まだ居た、目が合った。
ニヤリと笑って、銃を構える人類。カチャっと音が。
「潜って!」
私、思い切り叫んだわ。
見つかるかも? もう見つかったわ。目が合ったんだもの、逃げられない。でも逃げなきゃ。
あの時、銃弾がユックリ飛んできたの。モチロン気の所為、早かったわ。でもね、弾道が見えたの。イェンスに向かっていた。
カーラとカールに託された子。今、守れるのは私だけ。
ごめんね。愛してるわエーネ、マリーエ。ありがとう。
「マリーエを、おねがい、ね。」
ヘンスおばさんに体当たりされて、ビックリした。でも直ぐに気づいた。ボクを助けようとして、それで。
海水が赤く染まって、おばさんがニッコリ笑って、スゥっと離れてゆく。
「お母さん!」
「マリーエ! ウッ。」
ヘンスおばさんを追うように、マリーエが飛び出した。直ぐにエーネおじさんが体当たりして、海底に沈める。
身命を擲って、守ったんだ。
「マリーエを、たのむ。」
ヘンスおばさんの後を追うように、エーネおじさんが離れてゆく。
叫び続けるマリーエを必死に押さえながら、ボクは誓った。マリーエだけは守る、守り抜くと。
父さん、母さん。生まれるハズだった妹か弟。ボク強くなる。だから、見守っていてね。
「行こう、マリーエ。逃げるんだ。」
「イヤよ。お母さんとお父さんを置いて、行けないわ。」
「聞くんだ、マリーエ。ボクらは生かされたんだよ。両親の犠牲を、無駄にしちゃイケナイ!」
「・・・・・・アァァァァァ。」
ボクらは泣きながら、南へ泳いだ。少しでもエルディから離れなきゃ。
父さん、母さん。ボク二羽の息子に生まれて、本当に良かった。ありがとう。
エーネおじさん、ヘンスおばさん。マリーエはボクが守るよ。今まで本当に、本当にありがとう。
乱獲に次ぐ乱獲により、オオウミガラスは絶滅したと思われていました。
けれど諦めの悪い男たちが、血眼になって捜していたのです。目をギラギラさせながら。
今でも忘れられません、あの悲劇を。
1844年6月3日、アイスランド沖エルディ島。切り立った崖で娘たちは、愛の結晶を大切に、大切に守っていました。
「昔はあんなに居たのに。いや、すまない。」
「良いのよ。ねぇイェンス、きっと他の島にも居るわ。」
「そうだね。マリーエの言う通りだ。」
卵の中が、ピクッと動いた。いけないイケナイ。うんと楽しい事を考えましょう。
私たちの子だもの、きっと強い子よ。孵ったら、仲間を探しに行きましょうね。きっと楽しいわ。
「ドッチかな。」
「とっても元気だから、娘かしら。」
「マリーエに似て、カワイイだろうな。」
「ふふっ、そうね。男ならイェンスに似て、紳士よ。」
「エッと、ありがとう。照れるなぁ。」
若夫婦は見合って、ニッコリ。
「ん?」
「どうしたの、イェンス。」
伝えられるなら、伝えたかった。『逃げて』と。
剥製にされた私は、博物館に売りつけられました。驚くほど高値で。だからマリーエとイェンスを守りたくても、守れなかった。
何も出来なかったの。
どうしても解らない。私たち、殺されるような事しましたか。
数が少なくなったから、剥製や標本として保存する? なぜ保護しようと、考えなかったのでしょう。
オオウミガラスの表皮や卵が、そんなに必要ですか。
ねぇ神様。私たちオオウミガラスは、死ななきゃいけなかったんですか。絶滅させられるような悪い事、しましたか?