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2-1:嬉しい猟果、美味い食事

「……はぁ~」

 裏山を歩き回ること半日と少々──背負った籠を下ろして中身を確かめたサクラは、深々と溜息を吐き出した。

「……サクラ様」

「ああ、フィル? そっちはどうでした?」

「……御覧の通りでございます」

 と、やって来たフィルが籠を背中から降ろす。サクラはその中身を覗き、

「半日でそれだけですか……」

「そのお言葉、そのまま返させていただきます」

 溜息を吐くサクラに、フィルはサクラの籠を横目で確かめながら、刺々しく言った──もっとも、いつものキレは乏しい。

 二人の籠の中は、揃いも揃って殆ど空っぽ──小さな木の実や食べられなくもない野草が、申し訳程度に放り込まれてるだけである。そんな惨憺たる結果では、表情も暗くなるし、毒舌のキレも鈍くなるというものである。

「いえ、分かってますよ……こんな有様ですからね~」

 サクラは、周囲を見渡す。

 先の地震や土砂崩れの一件から十日余り経った今でも、埋もれたままの木々や草花もそこらじゅうに見受けられる。当然ながら、食べられる野草や木の実が、簡単に見つかるはずも無かった。

 家を修理して隙間風に悩むことは無くなっても、食べ物というとても大事な問題は残ったままなのだ。

「畑が無事だったのは幸いでしたけど、次の収穫までひと月はありますからね」

「更に言えば、次の交易船が来るのは、ふた月以上先です」

「ですよね~あ~もうっ! いい加減海藻と魚には飽きちゃいましたよ~」

 行儀悪いサクラのぼやきは、村人全員の代弁とも言える。

 地震の影響は海にまでは届いていなかったから、今のところは食うには困っていない。とはいえ、毎日毎日同じモノや似たモノばかりでは、さすがに飽きるものである。

「あ~あ~いい加減お肉でも食べたいですよ~月よお恵みを~我らにお肉を~」

 その場に膝を着いて、枝葉の向こうの月に祈ってみる。今日は緋の月が、緋色の光を照らしていた。

「……さすがに卑しい祈りかと」

 そんなサクラに向けられたフィルの目は、とても冷たい。

「そもそも、そのような祈りで望むものが手に入るなら、貧困や飢餓など起こる筈が」

「そっちへ行ったぞーっ!」

 聞こえてきた怒鳴り声が、フィルの説教を遮った。

「任せろ……ああ、くそっ!」

「バカヤロー何やってんだー!」

 何とも分かり易い会話である。

 そちらに目を向ければ──枝葉の擦れる音に混じって、蹄の足音が近づいてくる。音の感じから、それなりに大きい。

「……お祈りってのも、バカに出来ないかもしれませんよ」

「そのようでございます」

 サクラが剣を抜きながら冗談めかして言うと、フィルも剣を抜きながら渋々と頷き、

「しかしながら、無駄話をしていては、折角のお祈りも無駄になってしまいます」

「なら、とっとと済ませましょうか」

 サクラが柄を連結して双刃剣を構えると同時、茂みの向こうから餓獣が飛び出してきた。


*****


 体長は二ヌーラ程、大きく突き出た鼻と、口から伸びる二本の牙が特徴の四足餓獣──通称〝ファンバー〟と呼ばれる中型偶蹄獣だった。草木や地中の虫などを主食にしているが、時には人間も襲う場合もあるため、サルベル周辺ではバーラと並ぶ危険餓獣である。

 そして今は──サルベル村にとっては、久々の獣肉である。

 つまり、

「肉ですよ久々のお肉ですよぉおおおおおおっ!」

 嬉々として真っ向から突撃したサクラと、猛進してきたファンバーが交錯──直後に、餓獣の巨体はぐらりと傾き、突進の勢いのまま倒れた。

 首筋の刃傷から、止めどなく血を垂れ流しながら。

「うっしゃぁああああああああああああっ!」

 サクラは剣を掲げて食欲にまみれた勝鬨を上げる──背後のファンバーが、まだ立ち上がろうとしている事にまるで気づかないまま。

「……サクラ様、さすがにはしたのうございます」

 冷たく言いながら、フィルはサクラの横を通り過ぎ、

「しかも、そのように欲丸出しだから」

 まだ立ち上がろうとするファンバーの頭に、フィルは双刃剣を突き入れた。

「詰めを見誤るのでございます」

 小さな痙攣を最後に、ファンバーは、今度こそ息絶えた。

「お、お前らっ?」

 ようやく追いついたらしいストリフが、茂みのかき分けて出てくると、倒れたファンバーを目にするなり、不貞腐れた表情を浮かべ、

「ったく、余計なことしやがって……」

「それを言ったら、貴方達の不手際の尻拭いでしょうに」

 ストリフの憎まれ口に、失敗して不機嫌だったサクラも思わず言い返した。

「あぁ? んだとこら?」

「はい何ですかぁ?」

「そこまで」

 睨み合う二人の間に、フィルが双刃剣を突き入れ、視界を塞いだ。

「結果としては、久々の大収穫だったのです……お二人とも、不毛かつ低級な会話はその辺で」

「「……」」

 冷たく諌められ、しかし尚も刃越しに睨みあう二人。そんな二人に、フィルは深々と溜息を吐き出しながら双刃剣を引っ込め、

「お二人とも、他に目を向けるべきことがございましょうに」

 フィルが示した茂みの向こうから、ラヴィーネを担いだ奇妙な余所者──コウセイが現れた。

「ミンナ、オツカレ、サマ」

 拙くも労いの言葉が、コウセイの口から発せられ、緊張は一気に弛緩した。


*****


 ファンバーという久々の大きな猟果に、今夜は村を上げての大宴会──ということにはならなかった。

 大きいとはいえ、たった一頭。しかも、山の現状を考えれば、たった一晩で消費するなど論外である。

 なので、捌かれた肉の大半は保存加工に回し、残りは村人たちに配られて自己責任(それぞれ)で食え、ということになった。

 とはいえ、せっかくの久々のご馳走──豪華な夕食に、それぞれの家からは喜びの声が上がっている。それは、サクラとフィルの家も例外ではない。

「こ、これは……!」

「ほう……」

 本日の夕食は、雑穀パンに鳥の卵、そして今日の収獲であるファンバーの焼いた肉を挟んだ物、そして裏の畑で採った野菜のスープ──よくある内容だが、大きな肉があるだけでも、一際豪華なのだった。

「こ、これって……え……っ?」

「材料は節約しているのにそれと気づかせない量感、そして食感と組み合わせて少ない調味料ながら味に変化を与えることにより──」

 しかも、口にした途端、サクラはもちろん、滅多に表情を変えないフィルでさえ、目を丸くさせて何かを呟いている。

 そんな二人の反応を目にして、用意した当の本人──コウセイは満足そうに自分の分を口に運ぶ。

「ま、まあ、悪くは無かったですよ」

 一気に平らげて、しかしどこか強がるように言うサクラ。

「アナタ、タチ。タベル、デキタ。ワタシ、ウレシイ」

 と、拙い言葉で笑うコウセイ。

 連れてきた手前、責任をもって面倒を見るということで、サクラ達の家に住み着いてから十日と少々──元々覚えが早いのか、最低限の意思疎通ができる程度には、コウセイの言葉は上達していた。

 そんなコウセイが、

『ヨルノ、タベル、ワタシ、ツクル』

 などと、覚えかけの拙い言葉で微笑ましい事を言ってきたものだから、多少不味くても美味いと言ってやろうなどと、それはもう偉っそうにサクラは考えていたのだが、丸々覆された。腕だけでなく、サクラはもちろん、フィルの好みの味加減まで把握していたのだから。

「サクラ様、念のために申し上げますが」

 食後の茶を淹れながら、フィルは厳しい目で主に進言した。

「この手の分野でコウセイ殿に対抗なさろうなどと、くれぐれも、間違っても、決してお考えにならないように。そうでなくても大きな前科がございます故に」

「えーえー分かってますってばっ」

 吐き捨てるサクラの脳裏に、思い出したくもない思い出が浮かぶ。

 フィルの言う大きな前科──野菜炒めを作ろうと夜中にこっそり起きだして、しかし、何をどう間違ったか、出来あがったのは既に野菜の面影すら残さない、敢えて表現するならば、〝原色の塊〟とでも言うべき何かの物体。

 見た目はともかく味は──などという一縷の望みで一欠片摘まんで飲みこんだサクラだったが、次に気づいた時には寝台の上で横になっていた。

『時間にして、二日と少々お眠りになっておられました。お作りになられた御品に関しては、徹底的に廃棄させていただきました。今後の食卓事情の一切は、不祥このフィルめが務めさせていただきます。サクラ様、今後一切、決して、間違っても炊事に触れぬよう、何卒、何卒、な、に、と、ぞ、請願いたします。もし実行しようものならば、このフィル、忠義と身命を賭してでも阻止させていただく所存で──』

 と、静かながら鬼気迫る勢いで頭を下げつつ説教するフィルに、サクラは頷くしか無かった。

「でも、それ以外なら……」

 サクラは穏やかとは言えない目で、コウセイに指を突き付け、

「コウセイっ! ちょ~っと腹ごなしに付き合いなさいっ!」

 サクラの気合たっぷりの挑戦した。そんなサクラに、コウセイは、

「……カタヅケ、スル」

 拙くもきっぱりと断ると、いそいそと使い終わった食器を片付け始めた。肩透かしを食らって凍り付くサクラなど、見向きもせずに。

「夜も更けているのにこれからというのは、さすがに如何なものかと。せめて明日の朝になさいませ」

 と、フィルまでが冷たく言いながら、コウセイに続いて片づけを始めた。

 あとに残されたのは、きれいに片付けられた食卓と、指を突きつけたまま凍り付くサクラだけだった。

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