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1-7:話し合うつもりが結局はこうなる

 バーラの姿が消え、枝葉の擦れる音が聞こえなくなったところで、ようやくサクラは剣を納め、コウセイはラヴィーネをその場に降ろし、

「凄~いっ!」

 途端に、ラヴィーネは一際大きな歓声を上げた。それはもう、好奇心で目を輝かせて。

「ねえ今のどうやったのっ? ねえ~」

「ラヴィ、そんなこと言っても分かりませんよ」

 と、ラヴィーネを諌めはするものの、知りたいのはサクラも同じであった。

 自分やバーラのような、明らかに膂力も体格も重量も上回る相手を、こうも軽く圧倒してみせるのだ。偶然や、あるいはあの奇妙な装甲のおかげとも思っていたが、紛れも無く、コウセイ自身の技量なのだろう。

「じゃあ、ラヴィが言葉を教えるよっ」

 ラヴィの無邪気な言い様に、しかしコウセイは何とも言えない表情で首を傾げるのみ。やはり、全く言葉は通じていないようだった。

「ラヴィ、何にしても後になさい。早くしないと日が落ちます」

 夜に染まり始める夕空を見て、サクラは皆を促した。

「それじゃ行こう、コウセイっ」

 ラヴィーネは、無邪気にコウセイの手を引いて歩きだす。今度は、コウセイも黙って続いた。

「……サクラ様、くどいようですが」

「分かっています……考えたくないですけど」

 サクラは、この後の面倒──ストリフを始めとする村人たちにどう言い訳するかを考えて、疲れた溜息を吐き出す。

「まあ、あのストリフの事だから、そうですね……村の入口でそわそわと待ち構えて、私達を見るなりブツブツ文句を言って、ラヴィの怪我がないことに安心して、コウセイを警戒心丸出しで睨み付け~って感じでしょうけど」


*****


「遅かったじゃねえかお前ら、ラヴィに怪我は無さそうだなよかったよかった……で、何だそいつは?」

 一気に薄暗くなった森の山道を急いで下り、どうにか日が落ち切る前に村に戻ってきたサクラ達を荒っぽく出迎え、ラヴィーネの無事に安心し、見るからに得体の知れないコウセイを睨み付け──村の入口で待ち構えていたストリフは、サクラ達の姿を見るなりほぼ予想通りの反応をしてみせた。

「……サクラ様の予測も、いい加減に見えて、その実、捨てたものではなさそうで」

「……みたいですね、悪い意味で」

 予想通り過ぎて逆に驚くサクラなど気にも留めず、ストリフはすぐさまラヴィーネを家に帰しつつ村の自警団を集め、サクラの家を半ば強引に借りて早速尋問を始めた。

「……とりあえず、最後まで聞いてくださいね」

 面倒な流れに加え、我が家を汗臭い連中に占拠された苛立ちに、サクラはため息が何度も漏れそうになるのを必死に我慢しつつ、ありのままを説明した。

「つまり、ラヴィの言ってたことは、全部本当(マジ)だったってことだな。おかげで、ラヴィが〝嘘つき娘〟にならずに済んだってこった」

 言われた通り、サクラの言い分を黙って聞き終えたストリフは、安心したように頷くと、刺すような目でコウセイを睨みつける。

 ストリフは村長の息子であり、村の若手を取りまとめて自警団を率いているから、よそ者に対する目は特に厳しい。

「で、拾ってきたのはてんで話が通じない余所者でしたってか? 俺らは田舎モンだがな、それでハイソウデスカって首を縦に振る程、のんびりしてねえぞ」

「それは、まあ……」

 ストリフの荒っぽいなりの正論に、サクラは思わず口ごもる。

 実際──改めて、コウセイを確かめてみるが、見れば見るほど怪しい。〝私は怪しい人です〟という看板そのものと言って良いかもしれない。。

「でも今は、口でどうこう言ったって、何にもなりませんよ……それこそ、言葉が通じてないんですから」

「で、まともに口が利ける日はいつ来るんだ? それをのんびり待てってか? そんなことしてる間に、何か起こったらどうすんだ? そのスイキョウなんとかいう、巨人だかデカい人形だかも、マジなんだろ」

「何かって何が起こるんですか? 言っちゃなんですけど、こんな僻地をどうこうしようなんて、よっぽどの暇人ですよ」

「んだとコラ……」

 言い返しかけたものの、今度はストリフの方が押し黙った。


*****


 フォルセア大陸の中部から南東部にかけては、切り立った山岳地帯が広がっている。特に、内陸に入る程断崖絶壁とも言える険しい地形になっていく上、常に深い霧が立ち込めている。更に、危険な餓獣も数多く生息していることから、陸路での行き来は危険を通り越して無謀だろう。

 そんな不毛の土地にあって、南東端の海岸を中心にした一帯は非常になだらかで、土地も比較的肥沃である。

 また、周囲の海域も年間を通して概ね穏やかな潮流と気候であり、出没する海棲餓獣も危険度の低い種類ばかりで、海岸線を見失わなければ遭難することはあり得ない。


 サルベル村があるのは、そういう場所である。


 沿岸なので当然漁業が中心だが、村の北側は傾斜の緩やかな山林に囲まれているため、開墾して畑も拓かれている。更に、ストリフが率いる自警団が、周辺の見回りを兼ねて狩猟も行っているため、自給自足が成り立っていた──というより、自給自足で賄わなければならない。

 外部と交流する機会と言えば、大陸周囲を回る定期交易船くらいで、それが立ち寄るのも年に二回──それも、交易ではなく、あくまで船員の休息のためである。

 村の家屋は二十棟足らずで、物置代わりにされてる空き家もそれなり。娯楽らしい娯楽などあるはずもなく、人口に至ってはサクラやフィルを入れても二五人──〝村〟とすら呼べない、小さすぎる集落である。

 長閑で平和と聞こえは良いが、時間と労力(どうこうする)に見合う旨味が何一つ無い僻地が、このサルベルという村だった。

「おいテメェ」

 サクラの厳しい指摘に窮したストリフは、当事者ながら黙ったままのコウセイに苛立ちを向けた。

「何とか言ったらどうだ? お前の事を話してんだぞ?」

「……?」

 当然ながら通じておらず、コウセイは首を傾げるだけ。そうした態度は、余計にストリフの神経を逆なでした。

「せめてハイかイイエぐらいは言ってみろよ」

「……××××」

 ストリフの不機嫌さは伝わったのか、コウセイが何かを呟く。当然ながら、この場の誰一人に分かるはずもない。

 その代わり──言葉に混じって出た嘆息は、実に分かり易いモノだった。

「おい、言葉が通じねえってのは嘘なんじゃねえか。ああ?」

 凄んで見せるストリフだが、コウセイの返答は、冷笑だった。

「舐めてんのかコラァっ」

 卓越しに、ストリフはコウセイの胸ぐらを掴み上げた。さすがに力ずくは見過ごせないので、サクラは止めるべく椅子から腰を上げ、

「っ」

 乾いた音が響き、部屋の中が凍り付いた。

 コウセイが、ストリフの頬を引っぱたいたのである。胸ぐらを掴む手を払いのけるついでとばかりに。

「……」

 凍り付いた空気など気にもせず席を立ったコウセイは、払いのけた手で、入口を指差した──挑発するように口の端を釣り上げて。

「上等だじゃねえかテメェっ!」

 ストリフは、卓を叩いて立ち上がった。

「ちょ、二人ともっ」

「サクラ様」

 割って入ろうとしたサクラの肩を、フィルが掴んだ。

「ここは、サクラ様がお控えを」

「でも、いくらストリフでも」

 コウセイの実力を、肌で知っているサクラとしては、むしろストリフの方が心配である。

「どうやら、コウセイ殿には何かお考えがあるようです。それに、ここで下手に水を差すような真似をすれば、かえって遺恨を残すことになります。ひとまず、今はコウセイ殿に任せてみましょう」

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