そして、長い旅路が始まった
「まあ分かっていましたけどね……」
コウセイの使っていた船の機関室にやってきたサクラは、それを見るなり、呆れを隠さずに言った。
膝をついたスイキョウの全身には無数の配線が繋がれており、それらはスイキョウの周りに無造作に置かれた、見るからに手当たり次第に持ってきた部品で組み上げたとばかりの歪な機械に伸びている。そしてその機械から伸びた無数の配線は、スイキョウの背後に鎮座する巨大な円筒形の機械──船の心臓部たる主機関に繋がれている。
「見るからに突貫工事というかムリヤリ仕事というか……」
「そりゃそうだよ」
呆れるサクラに、ラヴィーネの不満そうな声がスイキョウの膝の向こうから響いた。
「だって、大急ぎでムリヤリやったんだから、マジで」
ラヴィーネは、配線に沿ってスイキョウと主機関を早足で往復しつつ、マオシスが投影する画面を見比べて念入りに確かめる。
「千年も眠っていたのを、たった一ヶ月で叩き起こそうってんです。動かせれば上出来ですよ。それに」
一番頑張ってたのは、ラヴィなんですから──サクラは、口には出さずにラヴィーネへの惜しみない労いと賛辞を贈った。
サルベルは完全に滅んだ──これは、紛れも無い事実である。そんな場所に居続けたところで何の意味は無いし、サクラ達としてもそんなつもりなど更々ない。
しかし、そもそもこの僻地から出ていくための手段といえば、もうすぐやってくるであろう交易船に乗せてもらうか、スイキョウに運んでもらうか──現状において、どちらも得策ではない。
前者は、蒼月煌家が手を回している可能性が高く、即却下。
後者にしても、制御室が封鎖されているからスイキョウの手の上に乗るしかなく、長距離移動は危険も負担も大きすぎる。
そこで、マオシスが挙げた苦肉の策が、船舶格納庫に残された船──コウセイが寝泊りに使っていた船を、本格的に直して使おうというものだった。
マオシスが言うには、この船は船舶格納庫に残されていた中では状態が良く、それもあってコウセイはねぐらにしていたとのこと。
とはいえ、やはり長い年月には勝てず、特に精密部品が集中する機関部の劣化はそれなりに進んでいた。
実際、マオシスの指示の元で整備と修繕したものの、浮上して遺跡から出たところで力尽きたように高度が下がっていった。村の頭上をギリギリ通り過ぎて、湾の入口付近の海の上に不時着したのは運が良いのか機械の根性だろうか。
ともあれ、主機関は自力での再起動すら出来なくなり、スイキョウの強力な機関を繋いで強引に動かそうという話になり──それが、この一見歪な、しかし充分な計算を重ねて組み上げられた機械の塊だった。
そして──その作業にはラヴィーネが、機械の勉強も兼ねて主に進めていた。
この一ヶ月の間、それこそ寝る間も惜しんで。
「すぐにまた、いじらないといけない。あまり壊れてなかったから、ちょっとくらいは無理してもいいけど、それでも全力どころか、半分も出せないと思う」
手は止めずに話すラヴィーネの顔は、やはり不満そうだ。
強引で急造りで、かなり妥協もしたらしいので到底納得いかないのだろう──既にもう、職人としての気質が染みつき始めているようだ。全身の汚れと、目の下に出来た色濃いクマが、それを物語っていた。
『現時点で要求されている機能と出力は満たしています。その他の実現については、今後の努力で為すことを提言します』
「……分かってる。今はこれで我慢するよ」
マオシスの言葉に、ラヴィーネは、不満げながらも素直に頷き、ふと思い出したように手を止め、
「そうだ……サクラの新しい剣が出来上がったから、試してみて」
と、隅の台に置かれている二振りの剣を指さした。
*****
甲板に上がったサクラは、早速剣を握って構える。一見以前の双刃剣と似ているが、いざ手にしてみれば、握りの感触も重さも、明らかに違う。更に言えば、一ヶ月もすればだいぶ慣れたと思っていたが、今は視界も半分なのだ。
「ふっ」
まずは振り下ろし、間髪入れず切り返しで反対側の刃を真横に薙ぎ払い、そのまま背中に回して周囲を斬り払いつつ一周させ、正面に戻すと同時に連結を解いて両手にそれぞれの剣を握る。
一度の短い呼吸で間を置き、まずは右の剣を薙ぎ払い、そのまま左の剣も追従させ、重量と勢いの流れを把握。最初は直線的で小刻みに、やがて曲線から円運動の大振りに。
そして最後は、
「──っ!」
体を大きく広げ、全身の動きを乗せた回転斬り──見た目は派手で強力だが、実戦ではまるで使えたものではない隙だらけの型で、あくまでも体や平衡感覚に負荷を与えるための鍛練用の動き。
サクラが剣を学んで最初に覚えた技であった。
「はっ!」
丁度五回転で、ビタリと動きを止める。剣の切っ先は左右に真っ直ぐ向かい、地面と平行──ではなかった。
「右手は二度高め、左手は三度低め……やはり、新たな御剣の使い勝手はだいぶ違うようで」
「そりゃそうですよ」
いつの間にか立っていたフィルの鋭い指摘に、サクラは頷きながら左右の剣を目の前まで持ってくる。
折れた刃に変わって新たに供えられたのは、やや赤みを帯びている刃。形こそ以前の剣に似せているが、材質はまるで違う──そもそも、まともな金属ですらない。
「前のとは比べ物にならない名剣ですからね……いえ、灼凍龍を材料にしてるから、恐ろしい魔剣ですね、これは」
当然ながら、こんな場所で新しい剣など手に入る筈も無い。そもそも並の剣では、ただ振り回すだけでも、サクラの膂力に耐えられない。
そこで、煌人同様に金属質を含み、且つ現在出回っている金属よりも遥かに強靭な物質──灼凍龍の牙や角、骨などを、村人たちや兵士達と同じ要領で圧縮、融合させ、強引に剣を生成した。
「これだけ見たら、元が灼凍龍の牙だの角だの骨だなんて、想像もできませんね」
強引ではあったものの、素材のおかげかスイキョウやマオシスが優秀なのか──以前より格段に頑丈で、しかも軽い。更には、
「まさか剣に直接月精を通せるとは思いませんでしたね」
サクラは蒼月精を月路に巡らせる──蒼の光は滞ることなく刃に流れ、サクラの意思を受けて稲妻を放ち始める。
剣先から柄尻に至るまで、全てが灼凍龍を素材にしているためか、月精を剣に巡らせることが出来るのだった。
「……灼凍龍、ですか」
ふと思い立ち、サクラは左右の剣の稲妻を止めると、高く掲げながら蒼月精に意思を送る。
思い浮かべるのは灼凍龍の熱光線──熱を奪い取り、一ヶ所に集める。
すると、サクラの周囲が急激に冷え込み、霜が経ち始める。
反対に、サクラの掲げた剣が高熱を帯びたことで赤みが増し、瞬く間に白い光に変わっていき、
「──っ」
そこで終わった──終わってしまった。
「……灼凍龍の体を素材にしてるなら、同じことが出来ると思ったんですけど」
慣れない術に加え、明らかに扱える月精量が減っていた。
「自業自得でございます」
「分かってます」
フィルの冷たい指摘に、サクラは反論せずに頷く。
眼球を失い眼帯を着けた左目、切り落として短くなった髪──分かってはいたが、術の精度も威力も、格段に落ちていた。
「一から鍛え直す絶好の機会……と、思うことにします。この剣だって、使いこなして見せますよ」
サクラは剣を鞘に納めると、ふと山の方──遺跡に目を向ける。
「それで、遺跡の用意は?」
「私めとマオシス殿が、今の今まで再三に渡る確認をしておりましたが、問題などございませんでした」
『フィルの発言を補足します』
自信たっぷりにフィルに、すかさずマオシスが釘を差す。
『作業内容自体は問題はありません。しかし、そもそも定格や規格を超えた要求のため、あくまで机上の理論であり、実際の効果については未知数です』
つまり──実行したらどうなるかは、わからないということだった。
「ここまで頑張ってもらっといてなんですけど、遺跡についてはあまり期待はしていません。でも、何もしないよりはマシです……それよりも」
サクラは肩をすくめながら、右目を船内へ通ずる扉に目を向ける。
「ラヴィ、本当に」
「大丈夫だよ」
扉を開けて出てきたラヴィーネは、遮るように答えた。首にかけられた、合わせて二三の輝石が、小さく揺れて光を反射する。
「もう、ここには何も無い……ここにいても、ラヴィは何もできない」
力を創る、好き勝手に踏みにじられないくらい強い力を創る──既にそれは、ラヴィーネ・クラーゼの人生の根幹に根付いている。
「分かりました……で、機関の方はどうなりました?」
「やっと終わった。いつでも出られるよ」
「よろしい……マオシス、やってください」
『了解……遺跡の機動系統、その他各種機能の作動を開始』
いくつもの画面が投影され、それぞれには数値や棒線が描かれており、見る間に変動していく。
『各系統順調稼働中。障壁展開、旋回流動開始』
遠くから、唸るような地鳴りが響き始め、やがれそれは遠雷のような轟音に変わる。出所は山頂──ずっと変わらずに鎮座していた遺跡。
そして今は──その巨体を大きく震わせ、淡い光を放っていた。
*****
跳躍区画は灼凍龍との戦闘で壊れたとはいえ、あれだけの大きさである。後でよく調べてみたところ、時間と労力をかければ直せる程度の損傷だった。
とはいえ、そんな知識や技術がサクラ達にある筈も無く、仮に可能だとしても年単位の作業を前に、先にサクラ達が干上がってしまう。そして、その間に別の誰かの手が出てこないとも限らない。
だから、コウセイがこの星に来た時の逆──遺跡を地中深くに埋め戻す事にした。
あの遺跡は、それ自体が巨大な船のような代物で、自力で動く機能を有していた。そして、遺跡の体積と質量、強度と出力なら、地盤を分け入って地中に戻すことが可能で、本格的に動けば周囲の地形も崩れて、より埋没させられるという計算結果が出た──同時に、周囲の地形そのものが変わるとも。
『周辺の地盤の崩壊を確認』
巨大な遺跡の激しい鳴動は、必然的に山全体の鳴動となり、あちこちから轟音と煙を上げて崩れていく。
元々この一帯の地盤はそれほど強固ではなく、遺跡程の巨大な物体が強引に分け入れば、連鎖的に崩壊してしまうのだった。
当然ながら、それは麓にまで届き、村のあった場所も瓦礫諸共土砂の波に呑まれ、消えていった。
「……」
瞬きもせずに魅入られているのは、ラヴィーネだけではない。
その終末的とも言える光景に、サクラもフィルも、言葉も無く呑まれていた。
『警告。地形変動が海中にまで波及しています。このままでは大規模な海流が発生して呑みこまれる可能性が高いです』
マオシスに告げられ、我に返ったサクラは湾内に目を向ける。岸壁も崩壊が始まっており、見るから不穏な波や流れが生まれていた。
「みんな、行きましょう……前を向くんです」
「ごもっともでございます」
サクラが崩落する光景に背を向けると、フィルも早足に動き、船内への扉を開けた。
「お二人とも、中へ……こういう時ばかりは、サクラ様の短絡思考は頼りになるものでございます」
「貴方の一言多い毒舌もね……ラヴィ?」
「え? ああ、うん……うんっ!」
ラヴィーネは振り払うように踵を返し、船の中へ駆けこんだ。
*****
『総員、発進体勢へ……直ちに着座し、固定帯を締めてください』
操舵室に入ったサクラ達は、座席に着いて固定帯をしっかりと締める。というのも、
「しっかり締めてね。本当に動かせるようにしただけで、乗り心地とかそういうのは全然だから」
と、ラヴィーネは固定帯をきつく締めながら言ってきた。
『細かい制御は私が行います。具体的な指示をお願いします』
「分かりました……と言っても、アテなんてそもそも無いんですけどね。とりあえず、船を出してください」
『了解』
低い唸りが僅かに大きくなり、船体が静かに動き出す──船底が大きな波を打つ海面を割って、湾外に向けて前進を開始。
『速度上昇、離水開始』
速度の高まりに伴い、海面から静かに離れていく。
「……本当なら、あっという間に三百ヌーラくらいの高さまで登れるんだけど」
「それについては、次の楽しみになさい。まずは、ここを離れます」
本来の半分も出せない──それでも、大栄紀の超文明で作られた船は見る間に速度を上げ、水平線目がけて駆けていく。
その背後では、覆され続ける大地によって、全てが埋もれていく。
見慣れた山も、使い慣れた船も、何度も耕した畑も、焼け落ちた建物も──サルベルという小さな村の存在を示す痕跡が、土の中へと消えていく。
しかし、サクラ達が振り返ることは無い。
長い旅路は始まったばかり──振り返る暇など無い。
*****
フォルセア南東沿岸部で発生した大地震は、北の山岳地帯にまで影響を及ぼした。切り立った山々は崩壊し、起伏がやや激しいだけの丘陵地帯と化した。
それに伴い、餓獣の生息域も急激に変化──山の突然の崩壊で逃げ出した餓獣が大群となって大移動し、南東部の町や村は、いくつも呑まれた。
元々この地方の開拓は非常に遅れていたために人口が少なく、それが人的被害を最小限に留める結果に繋がったものの、開拓は一切中止、あるいは計画の根本的な修正を余儀なくされ、以後数年に渡り南東部は禁足地となる。
その後の調査により、これは自然災害によるものではなく、意図的に引き起こされた破壊行為であることが判明。
この事件は、後に〝フォルセア南東部の大変動〟と呼ばれるようになり、首謀者あるいは実行者とされるサクラ・ソーディス以下四名を、蒼月煌家はもちろん他の三煌家も最重要手配犯として追跡することとなった。
尚、このサクラ・ソーディスが〝反逆煌女〟の悪名も高いサクレイディナ・エナーゼルと同一人物であるという説もあるが、蒼月煌家はこれを否定している。




