6-7:しばしの別れ
この星の四大陸の一つであるフォルセア大陸──そこに住まう人類を統べる煌人の一族が、蒼月煌家エナーゼルである。
その頂点である現蒼月煌首には、三人の子供──後継者候補がいた。
第一煌女サクレイディナ・エナーゼル。
第二煌女プラウディア・エナーゼル。
そして──次期蒼月煌首がほぼ確定とされている、第一煌子アルジェンス・エナーゼル。
単に長兄で長子だから、というだけではなく、文武にも月精術にも──ありとあらゆる点で秀でた才覚を有し、幼いころから〝稀代の煌子〟として蒼月煌家はおろか、他煌家にも名を届かせていた。
順番で言えば、継承権第二位の地位にあるサクレイディナだったが、その差は天と地ほどの開きがあり、順位など有って無いようなもの。
それを深く妬み、更に蒼月煌の玉座欲しさに駆られたサクレイディナは、アルジェンスの暗殺を企てた。第二煌女のお披露目も兼ねた蒼月煌の慰労視察で、主だった者が不在という状況を利用して、兄を抹殺しようとした。
しかし、稀代の煌首となり得る稀代の煌子を害するなど、一族の多大な損失となり、ひいてはフォルセア大陸全ての人類の損失となる。
かくして──危ういところで、しかし当然のように企ては明るみになり、サクレイディナは反逆罪により追放された。
「──という筋書きで、サクレイディナこと間抜けな煌女様は一族から追い出されたというわけです」
世間の噂を語ったサクラは、最後に自重するように鼻で笑った。
「正直、私は煌位には全然興味が無かったし、周りにもそう言ってたんですけどね」
あの謀略に満ちた場所では、その言葉を言葉通りに受け取る者は、そう多くはなかったらしい。残念なことに。
巧妙な手回しによって、サクラは〝兄殺し〟と〝反逆者〟の汚名を着せられ、罪に問われることとなった。
「……その状況だと、そこまで根回しデキル奴ってのは」
「本当に察しが良いですね……その通りです」
兄であるアルジェンスによるサクレイディナの謀殺──それ以外に、あり得なかった。
もちろん証拠などありはしないし、あったとしても訴える余裕など、あるはずもなかった。
気づいたときには、侍従であり姉弟子であるフィルと共に、着の身着のままで宮を──煌都を脱走する以外に、道は無くなっていた。
「外の世界を見たかったから良い機会だった、むしろ感謝してやる……そんな安っぽい強がりは、すぐに消えました。代わりに、自分が〝お姫様〟だって事を思い知らされましたね」
世慣れたフィルが傍にいたのもある。
煌人の肉体と能力に恵まれたのもある。
けれど、突き詰めれば、
「私がこうしていられるのは、単に運が良かっただけ」
野生の餓獣、食い詰めて野盗に落ちぶれた地民達──能力で大きく劣っていても、彼らは狡猾で、何より容赦も恐怖も無しに襲いかかってきた。
ただの雨や風が、こんなにも辛いモノだと、思い知った。
飢えや寒さが、こんなにも堪えるモノだと、思い知った。
宿の無い流浪の生活は、何不自由しない生活をしてきたサクラを、散々に叩きのめした。
「フィルにも、だいぶ面倒をかけましたね。今でも、そうなんでしょう」
気が緩んでいたのか、当のフィルにも決して言わなかった愚痴が、思わず漏れた。
「サルベルに行き着いたのは、フォルセア大陸を逃げるように流れて半年くらいですか」
「温かく迎えラレタ……てことは無いヨナ。オマエのコトだから、ストリフあたりと、ケンカになったんじゃナイカ?」
実に小憎らしい顔で、コウセイはしっかり的の中心を射抜いてきた。本当に人をよく見ていると思う。
「好き勝手に想像してください。まあ、すんなりとはいかなかったことは、確かですけどね」
と、サクラは笑っては見せたものの、実際は〝すんなりいかなかった〟どころではなかった。
追い出された事に加え、一年の荒んだ放浪生活によってやさぐれていたサクラは、フィルの取り無しも空しく、高慢高圧な態度を取ってしまった。おかげで、ストリフを始め若い連中とは一悶着あったし、そうでなくても、煌人級月民と地民達の集落と距離を縮めるのには、とても時間がかかった。
節度を弁えたフィルの執り成しや、物怖じしないラヴィーネが橋渡しにならなかったら、村にいられなかった。
それでも、
「それでも、サルベルは私を受け入れてくれたんです」
時間はかかっても、平坦な過程ではなくても、村人たちはサクラ達を受け入れてくれた。
小さくても、貧しくても、かつての〝裕福な生活〟では決して得られない、様々なモノを授けてくれた。
だから、
「私の故郷は、このサルベルであって、煌都でも宮でもありません。私の家族は、村のみんなです。
無邪気に甘えてくるプラウディアは、とても可愛いものだった。
紫月煌家から留学していたユスティシャニアも、ちょっと皮肉めいたところはあっても気の置けない親友だった。
二人だけではない。
厳しくも親身に剣を指導したフィルの父、淑女たる作法を教えたあの女史、つまみ食いを見逃してくれた厨房長──忘れてなどいないし、忘れるわけがない。
それでも、もはや過去──取り返すことはできない。
本意でなかったとしても。
そうせざるを得ない所まで、追い込まれたものだったとしても。
捨てたのは──捨てることを選んだのは、紛れも無いサクラなのだから。
だからこそ、
「せめて残った家族は──ラヴィやフィルやマオシスや、貴方を守りたいんです」
「……傲慢」
コウセイは目を逸らし、負け惜しみのように吐き捨てる。
「傲慢上等。〝元〟がつくとはいえお姫様で煌人ですから。それに、頼れる人が私以外にもいるでしょう?」
と、サクラはスイキョウの足元に目を向ける。いつの間にか、フィルとラヴィーネがそこにいた。
「不本意ですが、サクラ様の進まれる道こそが、私めの道でございます」
と、さも不本意とばかりに深々と嘆息し、
「いえ、サクラ様にお仕えした時点で運の尽きでございました。足抜けの分かれ道は、とうの昔に過ぎております」
こんな時にまで、この調子である。腹立たしいことこの上ないが、フィルはこの方が〝らしい〟のだろう。
「コウセイのためだけじゃないよ」
村人達の輝石を握りしめながら、ラヴィーネは言った。
「月民って、無敵でもなんでもなかった。でも、地民はあいつらにビビってる。好き勝手されても、泣いてるだけだった」
むしろ、自分に言い聞かせるように。
「月民が強いんじゃない、地民が弱すぎるだけだったんだよ」
自分自身を責めるように。
「だからラヴィは、力を創るっ! 好き勝手に踏みにじられないくらい、強い力を創ってやるっ! だから、大栄紀の遺跡を見たい。スイキョウの事も、もっと知りたいの。もっと凄い力を創るためにっ!」
子供の戯言、あるいは妄想──だが、この場の誰一人それを笑わなかった。
コウセイの世界の人々は、スイキョウを始めとする埒外の文明を築き上げた。大栄紀の人々は、サルベルの遺跡のような埒外の文明を築き上げた。
ならばラヴィーネに──今を生きている自分達に、出来ない道理はない。
だから、
「ラヴィなら、大丈夫です」
サクラは、当然のように言った。
「万が一、バカな真似をしても、安心して私たちに任せなさい。貴方の分まで、しっかり見届けておきます」
「……マオシス」
コウセイは、諦めたようなため息を吐き出しながら、マオシスに命じた。
「オレを凍結シロ。オレの覚醒まで、サクラ達に付いてイケ」
『了解しました。サクラ・ソーディス、フィル・ブラーダ、ラヴィーネ・クラーゼを準優先従事対象者に設定します』
「みんな、何かあったら出し惜しムナよ。せいぜい扱き使ってヤレ」
「もちろんです。何せ、出し惜しみ出来ないくらいに貧乏ですからねっ」
と、サクラは舌を突き出して見せた。
『操縦席を凍結睡眠形態に移行、操縦席を完全封鎖します。サクラ・ソーディス、至急退避を』
マオシスの警告を受け、しかしサクラはすぐには下りなかった。そればかりか、
「!」
操縦席に身を乗り出したサクラは、コウセイの唇に、自身のそれを押し当てた。のみならず、コウセイの頭を押さえつけ、舌をうごめかせて強引に口の中に入り込んだ。
「わ……っ」
すかさずフィルが、ラヴィーネの両目を覆う。だが、そんな事に関係なく、サクラは動かない。コウセイも動かない──体の不調に関係なしに。
どれくらいそうしていたのか、サクラはようやく離れ、
「つ、次はこんなものじゃ済まされませんからねっ! 真っ青どころか真っ白になるまでヤっちゃいますからねっ! 覚悟しときなさいっ!」
真っ赤な面で一気に怒鳴りつけて、逃げるように操縦席から飛び降りた。
『凍結作業開始、操縦席を完全封鎖』
閉じられていく外殻の隙間から、コウセイは皮肉るような笑みを返すのだった。




