6-6:異なる星より来たる人
『主な要因として、各月から放射される月精は、コウセイの免疫機能や代謝機能を大きな悪影響を与えます。操縦席の搭乗者保護機能により、定期的な浄化処置を行っていますが、汚染進行を遅らせる程度の効果しかありません。現在のコウセイの体調は、絶対安静域にまで衰弱しています』
「仮に……絶対安静と称して、コウセイ殿を寝台に縛りつけたとして」
フィルが、いつも以上に冷えた声で訊ねた。
「それは、容体の好転に繋がるのでございますか?」
『否定。悪化進行を遅らせるのみです』
機械の人格は、間髪入れずに解答した。
「では、コウセイ殿に残された時間は、如何ほどで?」
『現時点で、許容時間を超えています』
つまり──いつ、どうなってもおかしくないという状況にある。
『コウセイの衰弱は致死域に達しつつあります。当機の能力では、気休め以上の効力は期待できないでしょう』
つまり──コウセイは死にかけており、手の施しようがないところまで来ているという事。
「……何で」
愕然としていたラヴィーネは、憤然と叫んだ。
「何で黙ってたんだよっ!」
「仮に知らされたとして、ラヴィーネ様に……いえ、我々に一体何が出来たと?」
その叫びを、フィルは絶対零度のような声で遮った。
「頼れる医者も無く、月精術は役に立たないどころか害悪……」
それだけで背筋が凍りそうな嘲笑を浮かべて。
「目も当てられない程酷い様な我々に、一体何が」
「黙りなさいっ!」
必要以上に冷たいフィルの言葉を、サクラの必要以上に力が込められた怒声が遮った。
「今重要なのは、これからのことでしょう。ギャーギャー喚くのは、後にしなさいっ!」
「……申し訳ありません。柄にもなく、取り乱してしまいました」
フィルは、今回は素直に頭を下げた。毒舌だが、自分の非は真摯に認める侍従である。自分で言ったとおり、彼女もだいぶ混乱していたようだ。
サクラは呼吸と考えを整えるために、深呼吸を何度か繰り返す。本音はラヴィと全く同感だったが、怜悧冷淡という言葉を体現したようなフィルの取り乱す姿を前に、サクラはかえって冷静になった。二人にだけでなく、自分自身にも言い聞かせるために、話を続ける。
「マオシス、コウセイを助けるには、どうすれば良いんですか?」
『考えうる最良手段は、故郷への帰還のみとなっております』
当然の結論である。
環境そのものが適応しない場所でいくら手を尽くしても、根本的な解決にならない。時間稼ぎがせいぜいだ。
だからこそ──最良の手段として、遺跡の能力を復活させようとしていたのだ。ここに来る原因となったのなら、帰ることもできるはずだから。
しかし、
「ちょっと待ちなさい……故郷に帰るための手段って、遺跡の機能の事ですよね。灼凍龍とあれだけ派手にドンパチして、大丈夫なんですか?」
『否定』
一縷の期待を込めた質問を、マオシスは無情に叩き潰した。
『灼凍龍との戦闘により、跳躍区画は致命的に破損。修復は、ほぼ不可能となりました』
「そんなのっ」
「ラヴィっ」
声を上げたラヴィを、サクラが鋭く言って遮る。同時に、自らに言い聞かせるように。自分を落ち着かせるように。
「故郷に帰還するのが最良の手段って言ってましたね?」
『肯定します』
「……なら最良じゃなくても、何か方法はあるってことですか?」
効率が悪くても、今すぐにどうにかならなくても、時間や労力が掛かっても──コウセイを治す、あるいは治すための足掛かりになるような方法が。
『限定的に肯定します。しかし、私に決定権はありません。本人の意思も含め、充分な検討を』
*****
することが無くなり、しかしじっとしているのもどうかと思い、そのくせ何をする気も起きず、ぼんやりと無気力に止まって動き回っているうちに、気づけば日は沈みかけていた。
コウセイが目を覚ましたのは、そんな時だった。
「……遭難時における緊急対応処置零四号、でしたっけ?」
開かれた操縦席の縁に腰かけたサクラは、ぼやくように詰問した。
「何でそんなになるまで黙ってたんですか?」
コウセイを凍結して封印──マオシスが〝緊急対応処置零四号〟と称した方法を要約すると、そのようになる。
〝凍結〟と言っても、本当に氷漬けにするわけではなく、肉体の機能を極限まで停止させた深い眠りにつかせることで、コウセイの衰弱の進行を停滞させるとのこと。
「訊かれナカったから。黙ってたワケじゃナイ」
と、死人みたいな顔で、してやったりとばかりに笑ってみせるコウセイ。強がって見せているが、自力では立ち上がるのもままならないらしい。
後で聞けば、装甲を纏う事が増えたのも、強化機能を使わないと動き回ることが難しくなっていたからとのことだった。
「そレ二、〝凍結〟は最後の手段。すぐ帰れる方法ガあるなら、ソレをやってから」
まあ、当然ではある。更に言えば、これはあくまで停滞──治療ではなく、あくまで〝時間稼ぎ〟である。しかも、解決方法といえばサクラ達が見つけるか、コウセイの仲間に迎えに来てもらうかしかなく、その間はコウセイは全く動けない。
そして、次に目を覚ました時、数十年から数百年経過していましたという可能性も充分考えられる。ラヴィーネなど、当然生きてはいないだろうし、フィルにしてもサクラにしても、その長い時間でどう変わっているか分からない。肉体も精神も。最悪、これが今生の別れとなるかもしれない。
だから、マオシスは〝充分な検討〟をするよう忠告したのだった。
「何より、オレが嫌ダ」
と、コウセイは笑みを消して、不貞腐れたように言った。サクラは肩をすくめ、
「そんなザマで何を言うんですか?」
今のコウセイは、操縦席に横たえられたまま、体を起こす事もままならなくなっていた。
「それに、私たちはまだ諦めていません。せっかく稼いだ時間を無駄にする気なんて、さらさら無いです」
もちろん、これは精神論だけではない。
サルベルだけでなく、大栄紀時代の遺跡や遺留物は、郷星の各地に存在している。そして、サルベルの遺跡のように修復すれば使える設備や、もしかすれば今も稼働しているモノもあるかもしれない。その中には、サルベルとは別の異層次元跳躍門の存在も期待できるし、あるいはコウセイの体を治すことも出来るかもしれないし、それを生み出す事も出来るかもしれない。
「お前達に、全て押しつけろと? 俺に重荷になれというノカ?」
体は弱り果てても、コウセイの眼光は鋭いまま。思えば、ここまで露骨に感情を見せるのは初めてではないかと、サクラは内心思った。
「貴方一人を背負うぐらい、どうってことありません」
しかし、しかしサクラは怯まず、コウセイの両頬を押さえつけて、残った右目で睨み返してやる。
「だから、貴方を決して見捨てたりはしませんし、ただ黙って見てるようなことはしませんよ。貴方が嫌だといってもね」
「……どうしてココまでスル?」
不意にコウセイに問われ、サクラは閉じかけた瞼を開き直した。
「はい?」
「どうして、俺に協力スル?」
「……どうしても何も」
サクラは、おかしなことを聞いたとばかりに失笑した。
「家族や居場所を守る事が、そんなにおかしいですか?」
「家族……そう言えば、オマエ」
言いかけたコウセイは、迷ったかのように言葉を止める。
「? 何ですか?」
「オマエの、ホントウの家族……親兄弟はどうなンダ? あの蒼い姫様は、オマエの本当の妹ダロ?」
はっきりと言ったわけではない。けれど、見た目とやり取りを見たなら、よほどカンの鈍い者でもなければ、気づかない方がおかしい。
「……」
サクラは、コウセイの問いを自分の中で繰り返す。
愚問──それが、自分の答えだった。
「あそこにはもう、私の居場所はありません。いえ、確かにありましたけど、ずっと昔に無くなったんです」
ずっと昔──思い出すことすら、いつ以来か。
「よくある後継者争い、だったんでしょうね」
一度思い返せば、それを切っ掛けに一気に思い出された。




