6-4:〝煌女〟との決別
ようやく各々の作業が終わるころには、日が上り始めていた。しかし、休むのはそこそこに、ラヴィーネは今度は村人達を探しに走った。
サクラはそれを止めるようなことはせず、フィルもそちらに行かせた。輝石については、鑑札票の数を擦り合わせるだけだ。
『輝石化した人数は、合計二四名です』
「物の数も全部で二四……間違いないですね」
網にくるんだ輝石が引っ掛けられた鑑札票の束を何度も確認して、サクラは頷いた。そもそも、一つ一つを確実に組んでいたのだから、まず間違えようがないだろう。
サクラはそれを縄で束ねると、輸送艇の後部に回り、
「で、そっちはどうですか?」
「今から起動するところだ」
ユスティシャニアは浮揚機関に手を添え、そこを基点に蒼月精を送り込む。すると、蒼の光を帯びた浮揚機関は低い唸り声をあげ、それに呼応して船のあちこちからいくつもの音が聞こえてきた。
『……コレが、月精機ってヤツか?』
「ええ。蒼月精を送り込み、導力機関を起動させます」
やや離れた位置で、装甲を纏って目を光らせていたコウセイが、通信機を通じて問いかけてきた。根本的に異なる機械には興味が湧くのだろう。
「この星の機械は、大概が蒼月精で導力を起動する仕組みになってます」
『つまり、月民でナイと機械は使うコトが、デキない、ノカ……月民と地民ノ生活の差が、広ガルのは当然、ダ』
鋭い指摘は、今のサクラにはチクリとした痛みを与えた。
「……制御や航法の系統も正常に動き出した」
プラウディアが、輸送艇の昇降口から顔を出して言ってきた。病み上がりで休みなしの突貫工事は、それなりに堪えたらしく、色濃い疲労が顔に出ている。
「……さすがに快調には程遠いが、飛んで移動する分には問題なさそうじゃ」
「充分だ。帰りの操縦は私がやる。お前は休んでいろ」
「簡単に言いますけど、本当に大丈夫でしょうね? 色々と」
疑わしげに訊ねるサクラに、ユスティシャニアは鼻を鳴らし、
「一通りの操縦訓練は受けている。一晩のんびりできたおかげで、だいぶ動けるようになった」
と、両手の指を動かして見せた。
「この輸送艇の基本設計も妾じゃ。しくじりようがあるまい」
そしてプラウディアも、今度はサクラの言葉に無視することなく自信に満ちた目で答えた。
「……動かせるなら結構です。では、こちらを」
サクラはユスティシャニアの前までやってきて、合わせて二四人分の鑑札票と輝石を差し出した。
「間違っても無くさないように。で、次」
サクラの目配せを受けたコウセイは、頷きながらそばに置いてあったそれを担ぎ上げる。装甲で膨れたコウセイよりも一回りは大きく、湾曲した物体だった。
「灼凍龍の牙です。これでもかなり小さい方ですよ」
頭を半分吹き飛ばしたおかげで、散らばった諸々の中から見つけて持ってきたのだった。
「天災級餓獣の退治が目的だったんでしょう。手土産の一つも無いと、困るでしょうに」
「イキナリ遺跡に飛ぶカラ、何かと思って、タケド……オイ、通れナイぞ」
船の中に入ろうとしたコウセイは、昇降口に立ったままのプラウディアに煩わしそうに手を振った。
プラウディアは、怯えを滲ませながらその場から退き──そんな自分に気付いて、屈辱的に顔を歪ませるが、コウセイはそれには目もくれず、輸送艇に牙を運び込む。
「ああ、それと」
サクラは、腰に差していた短刀を抜くと、それを自身の髪に当て、迷うことなく断ち切った。
「あ、姉上っ?」
ふくらはぎまであったサクラの髪が、突然肩口にまで短くなったサクラに、瞠目したのはプラウディアだけではない。
「やっぱり、こんな髪切れくらいで足りるわけないですからね。だから」
サクラは、手を左目に添え、
「出血大奉仕でもしましょうかっ!」
指を突っ込んだ──文字通り、眼窩に指を突っ込んだ。
「オイサクラっ?」
「まだっ!」
聞きつけて飛び出してきたコウセイを、サクラは一喝し、
「っ、~~~~~~~っ!」
耳障りな水音を響かせながら、指が引き抜かれる──掴んだ眼球諸共。
サクラは、切った髪で眼球を包む。痛みに加え、半分になった視界のせいでかなり不出来な形になったが、何とか結ぶ。
「プラウディア殿下……て、しっかりなさい」
と、サクラは腰を抜かして尻餅を着くプラウディアの手を引いて、立ち上がらせる。ふらつきながらも、どうにか自力で立った事を確かめて、サクラは髪と瞳を差し出す。
「~~~~~っ!」
掴んで一気に引き抜いた眼球を、切った髪と一緒に差しだした。
「むしろ、こっちの方が本命でしょうね……貴方は知らされてないでしょうけど」
「……あ、いや」
顔を青ざめさせるプラウディア──痛みを堪え、顔半分を地に染めた凄絶な笑みを浮かべるサクラに怯えただけではない。
煌人の髪はそれ自体が月路であり、眼球に至っては月路の高密度集積器官である──言い換えれば、煌人が持つ強大な力の源であり、一つでも失えば力を大きく減失させる。
それを自ら捨てることは、〝煌人〟であることを捨てるという事。
「……何故じゃ」
思わず受け取った髪と瞳を呆然と眺めながら、プラウディアは訊ねた。
「将来を約束された身でありながら、なぜ裏切りだの反逆だのに及んだ? 何が姉上をそのように駆り立てたのじゃっ?」
「……終わったことです」
どこか縋るようなプラウディアの問いを、サクラは冷たく切り捨てる。
「第一煌女サクレイディナは五年前に死んだ……その時点で、彼女の反逆は終わっているんです」
「……っ」
「それと……ねえ、ルー?」
「っ?」
サクラは、プラウディアの両肩に手を置きながら、残った右目でまっすぐにプラウディアを見据え、
「皆が許してくれるのは、貴方に威厳とか後光とかがあるからじゃありません。貴方が子供だからです」
「な」
「貴方も来年には成人でしょう。気まぐれのお遊びなんて、もう卒業しなさい。でないと、いつまで経っても父君は軽んじられて、兄君からは良い様に使われるだけですよ。どんな凄い才能があろうとね」
「ぐぅ……っ」
「それと」
言い返せずに呻くプラウディアにはもはや目もくれず、サクラはユスティシャニアに目を向け、
「ティーシャ、貴方もです……お守はしっかりやりなさいっての。立場上難しいってのは、分かりますけど」
「……お前がそれを言うか?」
「私が、サクレイディナ殿下ならそう言ったでしょうってだけの話です……では、そろそろ本当にお引き取りを。折角拾った命ですから、道中くれぐれもお気をつけて」
サクラは、慇懃な気配を張り付け、プラウディアから離れる。
「ま、待たれよ。姉う」
サクラを追って揚陸艇から出ようとしたプラウディアの頬を、サクラの放った光条が掠めた。
「何か勘違いしてませんか?」
何て冷たい声だろう──頭の中で、サクラは他人事のように自嘲しつつ、サクラは言った。
「貴方達を許したつもりは無いし、そのつもりなんて欠片も無いですからね。貴方やユスティシャニア殿下には生きて帰ってもらった方が、これからの面倒がいくらかでも少なくなるからってだけですからね」
凍り付いたプラウディアの額に、今度は弱めの稲妻を放ってやる。威力は無いも当然だが、衝撃を与えるには充分だろう。
「貴方を殺したくて仕方ない……そういう側なんですよ、私は?」
「……っ」
凍り付いたプラウディアの顔が、くしゃりと泣きそうに歪む。対して、サクラは何の感情も無い目を向けるだけ。
「行くぞ」
と、ユスティシャニアが、プラウディアの肩を掴んで輸送艇の中に押し込む。
「……これは、あくまで私見だが」
扉を閉めようと取っ手に手を伸ばしたユスティシャニアは、ふと思い出したように言った。
「〝サクレイディナの反逆〟を本気で信じる者など、そう多くはいない。私も含めてな」
「え」
サクラの感情の無い目が、大きく揺れ動く。それを、ユスティシャニアは見逃さない。
「当然だろう……あのサクレイディナだぞ? 地位や権力に興味が無く、継承だの何だのの話になると途端にあくびをする、あのサクレイディナだぞ?」
笑みを浮かべながらも、サクラに向けたユスティシャニアの目は鋭い。
「あくまで、小耳に挟んだ〝小話〟だの〝噂話〟を縫い合わせだけだ。確証など一切無い、〝推測〟や〝想像〟を超えない妄想だ」
「ご謙遜を」
サクラは、どうにか皮肉めいた笑みを浮かべて形だけの賛辞を返した。
「たとえ微細な欠片であろうと、それを搔き集めて一つの情報として統合する……情報を最大の武器とする、紫月煌家の本懐ですね。感服いたします、紫月煌家第二煌女殿下」
「お褒めに預かり光栄だ」
皮肉めいたサクラの笑みに、ユスティシャニアも皮肉めいた笑みでは鼻を鳴らした。
「ともあれ……まあ、そういうことだ。お前が、裏でよからぬことを企むなどあり得ん。ましてや裏切りをするような器用さを持ってはいない。こうして久々に会って、それははっきりした。お前のそういう所は、変わっていない」
いつの間にか、ユスティシャニアの表情は、とても穏やかな笑みに変わり、
「まあ、さっきも言ったが……だいぶ擦れてしまったようだがな」
言うだけ言って、ユスティシャニアは扉を閉めた。




