5-8:討滅
スイキョウが宙に跳ねた瞬間、サクラは開かれた操縦席の外殻から更に高い位置に飛び出していた。極寒と灼熱が混在する中で、しかしサクラの体は何の問題も無く動けるのは、この服のおかげである。コウセイやマオシスの言う、〝とても便利〟というこの服の触れ込みは本当だったようだ。
「恥ずかしいのを我慢した甲斐はありましたね……何度も着たいとは思いませんけど」
ぼやきながら、サクラは眼下を見下ろす。
充分な勢いの乗ったスイキョウの踵を叩き付けられ、
「──────────っ!」
強固な鱗に覆われた灼凍龍と言えど、今は充分な効果を発揮したらしい。
苦悶の悲鳴を上げながら、灼凍龍は大きく後退する。しかし、やはり決定打にはなっておらず、灼凍龍が倒れることは無い。
「そりゃそうでしょうねぇっ!」
その姿を上から見下ろしながら、サクラは抑えていた炉心駆動を臨界突破──蒼月精の光が、サクラを中心に広がる。それらを、サクラは再び取り込み、更に炉心から絶えず生成される蒼月精も自身の月路に取り込み、術へと変換──膨大量の月精を集めに集めて凝縮し、形成されたのは、手の平大にも満たない小さな光の塊。
けれど──直視できない程の輝きと、触れてもいないのに焼け付くような熱は、さながら太陽。
その小さな、しかし強大な力は、抑えを破って暴れようとする。
「っ、もう少し我慢しなさいっ」
それを強引に押さえつけながら、サクラは磁場反発で急降下。
「あと少し、ですからっ」
「っ?」
灼凍龍がこちらを見上げる。どうやら気づいたらしいが、もう遅い。むしろ、
「好都合ですっ」
まだ高熱を帯びている灼凍龍の右目──眼球目がけて光弾を叩き付け、灼凍龍を蹴って離脱しながら、抑圧を解き放つ。
灼凍龍の右目に叩き込まれた光の塊は、太陽のような閃光を放って爆発した──爆発してしまった。
決めていた段取りよりも一秒も早い──浅い位置で。
「しまっ」
衝撃と共に、視界が物凄い勢いで回転した。のたうつ灼凍龍の翼に弾かれたと気付いた時には、サクラは床に激突し、何度も跳ね回った末にようやく止まった。
直前で身を捻ったおかげで頭を打つのは避けたが、月煌化は解け、体のあちこちに走った激痛が、視界を酷く朦朧とさせた。
なのに、
「っ」
右目を中心に頭が大きく抉れ、残った左目を真っ直ぐサクラに向ける灼凍龍の姿だけは、はっきりと捉えた。
背筋に走った恐怖が痛みを一瞬でも忘れさせ、サクラは立ち上がり、
「え」
いや、立ち上がろうとして躓いた。
右足の膝から下が、無くなっていた。
いつの間に──などという疑問は、足音荒く迫る灼凍龍を目にした瞬間、吹き飛んだ。
もはや避けることが出来ない死を確信した瞬間、朦朧としていた頭が一切の思考を放棄した。
だから、灼凍龍が目の前まで迫ってきても。
その視界が巨大な機械の足で塞がれても。
宙返りする灼凍龍の巨体が頭上を過ぎって、そのまま壁に叩きつけられても。
『──っ! アアッタク×××、×××××っ!』
「あ~」
異星語の怒声が聞こえても、間抜け面で間抜けな声を漏らすしかなかった。
「オイっ! 起キロっ! バカ女っ!」
「え、あ……」
耳元の怒声と、頭に受けた衝撃で、サクラはようやく我に返った。
*****
「まだ寝ぼけテルのか?」
苛立ったような声は通信越しではない──その理解を皮切りに、ようやくサクラの頭は回転を再開する。
「もう一発、カマスか?」
まず視界に入ったのは、拳を握りしめる苛立った顔のコウセイ。
「いりません……それより」
サクラは首を横に振りながら、視線をそちらに向ける。
壁際で、仰向けの灼凍龍が小さく身を震わせている。頭を一部吹き飛ばされた上に、何が起こったのか理解が追い付いていないのだろう。
「アレだけやられても、まだ元気そうですね。灼凍龍様は」
「ソウだ……オマエは、もう息切れカ?」
「それこそ冗談……と言いたいですけど」
サクラは、灼凍龍から右足に目を移す──やはり、膝から下は無くなっていた。思い出したように痛みもあるから、残念ながら夢ではないようだ。
「ナラ、次で決メルぞ」
コウセイの全身が装甲に包まれ、強化された膂力でサクラの体を引っ張り上げて強引に立たせた。
その動きを目にしたか、灼凍龍は身を捩じらせて、仰向けから跳ねるように起き上がった。頭を吹き飛ばされても、巨体に似合わない俊敏さは、微塵も陰りは無い。
それどころか、
「────────っ」
放たれた咆哮は、今までに比べれば弱々しくも、怒りに満ちていた。
「そう、ですね……ええ、分かってますってばっ」
コウセイを手を振り払い、残った左足で無理やり姿勢を保つ──途端に、右足だけでなく、全身が思い出したように痛みの悲鳴を上げたものだから、サクラの体はあっさりと傾いた。
それをどう受け取ったか、灼凍龍が跳ねるように突進してくる。
「……ヤッパリ大人シク休んダ方が、よくナイか?」
すかさずサクラの腰に剛腕を回したコウセイが、鼻で笑いながら嘯いた。
「……いいわけが」
コウセイの嘲り、全身の痛み──それが炸薬となって、炉心が急激に熱を帯び、
「ないでしょうがぁっ!」
炉心を再び臨界突破──全身燃えるような感触が、痛みと恐怖を掻き消した。
*****
「マオシスっ!」
『了解……灼凍龍を抑えます』
百五十ヌーラを超える巨体の突進──それを、マオシスに操られたスイキョウが、障壁を展開しつつ真っ向から受け止め、そして真っ向から抑え込んだ。
その隙に──スイキョウの巨体の陰から、装甲の翼を展開したコウセイが、サクラを抱えて飛び出し、龍の右側に回り込む。
右側──目を失った事で死角になった側からの接近に、灼凍龍の反応は完全に遅れた。
「ぶちカマセ」
静かに──そのくせ、どう猛な笑みを浮かべながら、コウセイはサクラを装甲の膂力に任せてぶん投げた。
そしてサクラは、
「分かってますっ!」
磁場を展開して自身を射出──文字通りの砲弾になったつもりで龍の右目があった大穴に飛び込み、勢いのまま右手を突き入れた。
頭蓋も砕けて半ば露出している状態の、龍の脳に。
「──────────────────っ!」
傷に異物が入った痛みか、本能が死を予感したか、悲鳴のような声を発しながら、灼凍龍は暴れる──否、暴れようとするが、スイキョウによって抑えつけられたままでは、振り落すこともできずにいた。
「~~~~~っ、大人しくっ」
それでも──頭だけでも激しく振りたくる灼凍龍に、サクラは手足はおろか全身を使って、しがみつく。片足を失っている上に、術にも意識を向けているため、月煌化によって強化された膂力でも少し気を抜けば振り落とされる勢いだった。
「悪いけどっ」
突き入れた手の中で急造した光の塊は、先ほどに比べれば密度も威力も格段に劣る。
それでも、
「もうこっちはたくさんなんですってばっ!」
撃ち出された光の塊は、脳のさらに奥へ突き進み、中心で爆発──当然ながら、ほぼ爆心にいるサクラは、衝撃をまともに受けて弾き飛ばされ、
「ソレは残念ダ」
などと、さも残念そうに嘯くコウセイに、宙で受け止められた。
「デモ、これ以上はナイ。お疲れサン」
眼下では、重々しい音を立てて倒れ伏す灼凍龍の姿があった。




