5-7:天災の怒り
しっかりしろと言った上、今は大人しくしていることが役目である以上、コウセイが何をやろうと止める気などなかったが、まさか初手から頭目がけて飛び蹴りである。しかも、機体の推進力と落下の勢いまで充分すぎるほど加えられていた。
そして、あちらはあちらでまるで気づいていない──飢餓に押されて、遺跡をこじ開けるのに集中し過ぎたのだろう。
おかげで──巨人の蹴りは、見事なほど灼凍龍の横面に激突し、
「────っ?」
悲鳴と共に、大きく頭を仰け反らせた。のみならず、強靭な四肢をもつれさせ、張り付いていた遺跡から滑り落ちる。かと思えば、百五十ヌーラという巨躯を宙で翻し、轟音と霜混じりの埃を立てながらも、危なげなく着地してみせた。そのまま地面を蹴って飛び上がり、同時に翼を大きくはためかせ、周囲を巻き上げながら舞い上がる。
「……あんな巨体で、よく動きますね」
感心は、すぐに途切れた。飢えと怒りに満ちた灼凍龍の目は、画面越しでもサクラを射竦めるのに充分な威力があった。
『表面は非常に頑丈ですが、運動能力の要となる筋肉は極めて柔軟であり、反応速度も月民に迫ります』
「×××」
マオシスの決して良いとは言い難い報告に、コウセイは異星語で短く呟く──異星語でも、肯定的な言葉であることは、コウセイの獰猛極まりない笑みを見れば明らかだった。
舞い上がった灼凍龍は、スイキョウに目がけて猛然と迫る。スイキョウのそこから動かず、代わりに右手がかざされ、指先から光条が次々に放たれる。それらは、灼凍龍の顔面と言わず全身に降り注ぎ、頑丈な鱗に弾かれていった。
その間にも、怒りに狂った灼凍龍は急迫し、剛腕──右の前肢を振り上げる。その爪先がスイキョウの届くか否かの位置で、ようやくコウセイは機体を僅かに逸らした。
それだけで、爪はスイキョウの眼前数メルの空を切った。代わりに、巨椀によって発生した突風がスイキョウを煽るが、コウセイは何事も無かったようにスイキョウの姿勢を立て直しながら降下、地表に着地。
灼凍龍はすぐさま身を翻してスイキョウに追いすがる。それを横目で確かめたコウセイは、スイキョウを翻して遺跡へ飛び込んだ。
「っ、入ってきましたよっ!」
背後を振り向いたサクラの目に、主回廊に飛び込む灼凍龍の姿が映る。高さも幅も広大な回廊は、灼凍龍の巨体が入り込んでも余裕がある──とはいえ、飛び回るにはさすがに手狭らしく、翼を窮屈そうに折りたたんでいた。
「分かっテイる……ラヴィ、見てイルか?」
『見てるよっ……で、灼凍龍が通り過ぎた所から壁を閉めるっ!』
言ってる間に、入口である巨門が閉じていく。
「良いゾ。ソノ調子で、どんどん閉めル」
『りょ~かい!』
灼凍龍が通り過ぎると、その背後で次々に巨大な壁が下りて塞いでいく。
入口のそれと同様の、厚さ十ヌーラの巨大で分厚い壁は、灼凍龍の力とて破ることは出来ない。なので、灼凍龍はこの遺跡に閉じ込められたことになる。
安心して──灼凍龍と全力で決着を付けられる。
『跳躍区画に進入。退路閉鎖は順調』
通路を抜けたスイキョウは、そのまま進んで中央で停止し、通路の方に向き直った。
『灼凍龍は、予定通りこちらに向けて進行中』
マオシスに言われなくても、重々しい闊歩が近づく震動は、こちらにも響いてきている。
「そういうわけなので」
相も変わらず、過ぎるくらいにだだっ広い広間に視線を巡らせ、サクラは制御室に目を留めると、通信画面を開いた。
「ラヴィ。貴方もそこを離れなさい」
『やだっ!』
窓の向こうのラヴィーネは、通信画面と全く同じように膨れっ面を浮かべた。
「ラヴィ、こんな時までわがままを」
「いや、構わナイ」
「はぁっ?」
コウセイが割り込んで言ってきたものだから、サクラは聞き間違いを疑った。
「ラヴィ、よく見てオケ。参考にスルか、悪い例にナルかは、自分で考エロ……お喋りは終わリダ」
『うんっ!』
師匠の顔で言うコウセイに、満面の笑みで頷くラヴィーネ。
そんな二人に、サクラは急に不安になった──〝教育〟や〝指導〟とは、一体何なのだろうか。
「サクラ、考え事は後にシロ……来たぞ」
コウセイは、通信画面を消した。その向こうからは、通路から飛び出して、まっすぐこちらへ向かってくる灼凍龍の姿。
「用意ハ?」
「とっくに出来てますよ」
コウセイに言われるまでも無く、サクラは既に炉心を臨界まで引き上げていた。後は、その時を待つだけだ。
「ワカッタ」
灼凍龍の威容を真っ向から目の前にして、しかしコウセイは獰猛に笑いながら頷いた。
*****
スイキョウに肉薄した灼凍龍は、勢いのままその巨大な顎を開いて噛み砕こうとするが、数メル届かず、牙同士の乾いた噛み鳴らしを響かせるのみ。
間髪入れずに踏み出しながら、勢いで剛腕を振り下ろすが、スイキョウは左手の先から伸長させた光の刃で受け、受け流しながら灼凍龍の右側面から後ろへ回り込む。
すかさず灼凍龍の尻尾を翻り、スイキョウはあっさりと弾き飛ばされる──ように見せて、衝突の瞬間にスイキョウは左脚で受け止め、勢いに乗って大きく距離を取った。
悠々と宙返りなどして見せたスイキョウは、床に足が着くギリギリの位置で滞空する。
「~~~~~っ!」
振り向いた灼凍龍から発せられのは、唸りとも嘶きとも野太い声──明らかに苛立つような気配があった。
「××、×××××。×××××、×××××」
『通訳します……さあ、どうする? もう終わりか、バケモノ?』
コウセイの異星語の呟きを、すかさずマオシスが通訳する。
「ああ、やっぱり……」
ほぼ予想通りの内容に、サクラは思わず頭を抱える。
通訳するまでも無く、コウセイの顔を見れば──この一ヶ月余りに一度も見せたことのない、それはもう楽しそうな笑みを見れば、明らかだ。
『警告。灼凍龍より月精流動を検知』
灼凍龍の体に蒼月精の光が走り、畳まれていた翼が大きく広げられる。
『周辺気温急低下、灼凍龍ん体温が急上昇……熱線放射が来ます』
灼凍龍の白い表面が吸収した熱で赤く染まっていき、入れ替わる様に、急激な低温化によって広間が霜で白く染まっていく。
スイキョウも例外ではなく、極寒の冷気を受けたことで全身が凍り付いていき、力を失ったように膝をついた。
「……っ」
「サクラ。もう逃げ道ハ、無いゾ」
サクラの脳裏に過る、灼熱の閃光──恐怖で思考が停止しかけるサクラに、コウセイは声をかけた。
「でしょうね……貴方こそ、覚悟はいいですか?」
「全然~。オレは怖がり、ダカラ~」
サクラの強がりに、コウセイは軽薄に笑って見せた──軽薄なつもりなのだろうが、それはもう楽しそうだった。
「結構。その調子なら、死んでも大丈夫そうです」
『目標の熱量吸収、臨界到達』
「マオシス、×××××」
『×××××。衝撃及び、閃光に注意を』
膝をついたことで、完全に防御体制になったスイキョウの周囲に、障壁が形成される。
直後に、灼凍龍の咆哮と共に、双角から熱光線が放たれ、スイキョウの障壁にぶつかった。
視界一杯の閃光は、マオシスの遮光補正によって、目を焼かない程度にまで抑え込まれる。
それで見えたのは、スイキョウの障壁によって拡散していく熱光線と、それによって焼き痕を刻まれていく跳躍区画。
「っ!」
強固な障壁と、熱は強固な外殻によって操縦席までは届かないが、サクラが恐怖を駆られるには充分な光景だった。
「サクラっ! まだダッ!」
コウセイの一喝に、炉心を臨界突破させようとしたサクラは、危うく押し留まる。
「この程度、スイキョウなら、耐えらレル」
真っ直ぐに前を見据えたまま、コウセイは豪語する。それまでよりも更に獰猛さを増した笑みを満面に浮かべて。
「……貴方がこの作戦を持ち出した時も思いましたけど」
コウセイは明らかに、この状況──死と紙一重に身を置いていることを、楽しんでいた。
「……イかれてますよ、貴方……」
思わず呟くほど、サクラは芯から戦慄した。
灼凍龍や灼熱の熱光線よりも、今のコウセイの方が、サクラには恐ろしく見えた。
『熱光線照射終了まで、あと十秒、九、八、七』
マオシスの秒読みと共に、閃光が収まっていく。それに気づいたサクラは、自身の炉心の熱を確かめ、
『三』
暴発しそうになっていることに気づいて、まだだと言い聞かせる。
『二』
熱光線が殆ど消えかかり、その向こうに灼凍龍の姿を再び目にする。
『一』
スイキョウは、灼凍龍目がけて飛び出す。
『今』
飛び出したスイキョウに、灼凍龍が一瞬驚くような反応を見せる──その一瞬で、スイキョウは床を蹴って飛び上り、更に宙で回転し、それらを乗せた踵を、灼凍龍の眉間に叩き付けた。




