5-5:命名〝灼凍龍〟
「……今、分かっテルコト、話す。マオシス」
『現状について説明します』
コウセイの指示で、マオシスが皆の前にいくつかの画面を投影した。
『我々がこの遺跡に立てこもって以降、四時間余りが経過。対象の大型餓獣──便宜上、以後は〝灼凍龍〟と呼称します』
「灼凍龍?」
『〝極寒の冷気と灼熱の炎を操る〟という能力に基づき、コウセイが名づけました』
「タダの〝大型餓獣〟とか〝龍〟ダケジャ、ツマラないと思った……ダメか?」
「いえいえ。安直ですけどピッタリですよ。意外と芸術的な感性あるんですね」
「アリガト」
褒められて悪い気はしないのか、コウセイは自慢げに笑って見せた。
『では、話を続けます……現在、灼凍龍は、遺跡の外壁を破壊すべく攻撃を続けています』
皆の前に投影されたのは、外壁に張り付いて暴れる灼凍龍の姿。
爪で、牙で、尾で──その巨体と強靭な力でもって、強引に外壁を破ろうとしている。
『なお、遺跡の外壁は極めて強固なため、灼凍龍が単独で外壁を突破に要する時間は、予測計算では数年は必要。よって、現状では〝不可能〟として判断されます』
「あの月精術──強烈な冷気と熱線でも?」
『肯定します。したがって、こちらから何らかの明確な行動を起こさない限りは、膠着状態が維持されます。また、灼凍龍は現在激しい飢餓状態にあり、いずれは行動不能になると予想されます』
「じゃあ、このまま何もしてなければ大丈夫ってこと?」
「全然、大丈夫じゃ、ナイ」
ラヴィーネの問いに、コウセイは首を振って映像の灼凍龍に目を向ける。
「灼凍龍が力尽キル、のは何ヶ月も、後。コノ遺跡には、飲み物、も食べ物、モ無いから、オレ達が先に、力尽キル」
ヒトは、飲まず食わずで何日も何ヶ月も生きられない種族である。月民だろうと地民だろうと。
「ダカラ、オレ達が生き残る、タメには、あの灼凍龍をヤッツけないといけナイ」
「やっつけるって簡単に言いますけどね……」
コウセイの言葉に、サクラは怯えを隠さずに言った。あの埒外の存在を前にする恐怖は、他ならぬサクラ自身が嫌と言うほど自覚している。
「さっきは、ついムキになってケンカを吹っ掛けましたけど、正直、あれとまた戦うなんて、私だって嫌ですよ」
アレの前に飛び出して戦う──想像しただけで身が竦みそうになる。冗談でも大げさでもなく。
「……スイキョウは」
ポツリと呟いたのは、ラヴィーネだった。
「スイキョウなら、あいつをやっつけられないの?」
二十ヌーラを超える機械の巨人──この危機を、今この場で、今すぐに何とかできる可能性は、ラヴィーネだけでなく皆の頭にあった。
サクラを含め、自然と視線はコウセイに集まる。コウセイは、しばらく考えを巡らせると、何やら諦めたように肩を竦め、
「戦うことは、デキる。でも、倒すノハ、難シイ……マオシス」
『収集した灼凍龍の生体情報を解析した結果、スイキョウの戦闘兵装では決定打にはなり得ないという結論が出ました。先ほど、観測を兼ねて実行した攻撃が、こちらになります』
投影されたのは記録映像──分厚い障壁を展開して、灼凍龍の左脇腹に体当たりをかますスイキョウが映っていた。
『成層高度からの落下速度を加えた攻撃のため、左の肋骨に亀裂を入れることは出来ましたが、決定打には至りません』
「決定打にならない……」
期待通りには程遠いマオシスの答えに、サクラは落胆しかけて、しかしふと思い立ち、
「せめて、追っ払うことは?」
「サクラ様。それも、いかがなものかと……マオシス殿、近隣の地図を出していただけますか?」
『了解』
フィルに請われて、マオシスはサルベル周辺の地図を表示する。
「仮にあの灼凍龍がこの遺跡を諦めたとしても、飢餓状態である以上、別の町や村を襲う可能性が高いでしょう。そうなったら、ひとたまりもありません」
距離はそれなりにあるが、沿岸部にはいくつかの漁村や港町が点在している。サルベル村とは、交易船を介して交流のある人々が住む町が。
『フィルの発言に同意。加えて、遠からず再来する可能性が高いため、根本的な解決にはならないでしょう』
「……再来の可能性?」
フィルが、何かに気づいたように訊ねた。
『現在の灼凍龍の身体状況とこれまでの行動を鑑みた結果、目的は稼働中の遺跡導力炉──生成された膨大な導力と考えられます』
「なるほど。空腹状態で豪華な食事が目の前にあれば、飛びつくのは当たり前……最初にサクラ様が狙われた事も、前菜と言う所でしょうか?」
「ちょっと」
引っかかる言い方に、サクラはフィルを睨むが、フィルは気にせず続ける。
「そうなりますと、プラウディア殿下やユスティシャニア殿下をお連れしたのも」
「消耗させたママの方が、オレ達にとってハ、少しは有利ダロ」
「あくまで結果的には、でしょ……ともかくっ!」
サクラは、それかけた話を強引に引き戻す。
「追っ払える程度には戦えるんだから、後は決定打になる何かが必要ってことですね?」
「あいつの弱い所をぶん殴る~とか」
ラヴィーネが、何とも的を射た事を分かりやすく言ってきた。
「……その〝弱い所〟が見つからないから困ってるんですけどね」
「そうでも、ナイゾ」
肩をすくめるサクラだったが、コウセイは別の画面を皆の前に出した。
『サクラとの戦闘、及び偵察衛星からの観測結果を元に、統合精査した記録情報を更新しました』
表示されたのは、灼凍龍の疑似的に再現した立体図。大きさや重量だけでなく、骨格や内臓器官はもちろん、月路まで事細かに描かれた、とても精密な。ご丁寧に、左脇腹の肋骨に生じた亀裂まで。
コウセイは、その亀裂を指さし、
「治るのガ早くテモ、まだ治って、イナイ。だから、動きガ少し、悪イ。それと、コレ」
コウセイは灼凍龍の角の部分──〝熱光線放射〟の項に触れる。すると、別の画面が投影され、あの灼熱の光を放つ一連の仕組みが、動きのある立体図で表示された。
『大まかな流れとして……蒼月精によって、まず周辺一帯の熱量を急速に集め、更に体内で増幅しつつ、収束器官である角から熱光線として放射します。尚、今回観測された熱量消失の範囲は、直径約十ラセクに上り、最低気温は零下二百度近くまで下回りました』
マオシスの説明に合わせて、灼凍龍が熱光線を放つ映像が流れる。軸線とその周囲は、例外なく蒸発するか焦土と化していた。
一方で、熱量を吸収した一帯は完全に凍り付いており、それは村にも及んでいた。消えることが無いと思われるほどの炎は完全に消え、浜辺や岸壁では打ち付けた波がその形のまま固まっている。
ラセク単位の範囲を一瞬で凍り付かせるような勢いで熱を集めると、これほどの威力になるのか──サクラは納得すると同時に、全身に寒気を感じた。
「……本当に、よく生きてましたね~私」
煌人が持つ強大な力と強靭な体に、サクラは心底感謝した。
「それで、これがどうしたんですか?」
『熱量の主な吸収口は翼になりますが、膨大な熱量を制御、変換のために全身に伝導させているため、非常に高温になります。そのため、表面の白色の鱗が赤熱化します』
「白くなったり赤くなったりするのは、そういうことですか。それで?」
『この時、同時に体組織の結合に大きな変動変化が確認されました。吸収、集約した熱の伝導と制御を効率的に行うものと考えられます。それを踏まえた上で、コウセイの作戦案がこちらになります』
皆の前に、マオシスは新たな画面を投影した。




