5-3:とりあえずは生き延びた
「……サ……っ……サクラ様っ!」
聞き覚えのある声を認識して、遠のいていた意識が徐々に戻ってきた。薄らと開いた目に最初に映ったのは、翠月精の光。そして、
「ようやくお目覚めでございますか」
いつも通りの無表情なフィルを認識した瞬間、
「だ──っ?」
全身を駆け巡った激痛に、サクラは蹲った。
「お元気そうで何よりでございますが、今しばらく大人しくしていただきたく……治癒が進みません故にっ」
と、フィルはサクラの額を引っぱたき、
「この程度はご容赦を」
さらに、背中にも軽い一撃を入れた。
「~~~~~~っ?」
そこを起点に、全身が更に酷い痛みを訴えて、サクラのたうち回る。そんなサクラを、フィルは冷たく見据え、
「私めの拙い治癒でも、多少の効果はあったようでございます。だいぶお元気になられたようで、安心いたしました」
「あ、貴方ねぇっ」
「冗談や悪ふざけではございません。少なくとも、九割九分九厘は」
恨みがましく睨むサクラの非難を、フィルは冷たく遮った──いつも以上に、冷え切った目で。
思わず黙り込んだサクラに、フィルは続ける。
「聞けば、あの巨大餓獣の炎を受けて既に酷い状態であられたのに、更に真正面から突撃されたとか。コウセイ殿とスイキョウが間に合わなければ、それこそ目も当てられない無様を曝していたかと」
「……え」
言われて、ようやく思い出した──誰かに言われなければ思い出せない程、うっすらとしか覚えていない自分に、サクラは戸惑うしかない。
「実際、サクラ様は全身焼かれて……つい先ほどまで、それはもう、酷いお姿でございました。煌人様の御体でなければ、御命にも関わっていたかと」
「そんな」
言い返そうとして──サクラは自分の体が丸裸であることと、体のあちこちの焼け爛れに気づく。フィルが翠月精でずっと施術していた事を考えれば、本当に酷かったのだろう。
それこそ、煌人の生命力でも危なかったくらいに。
「……私、よく生きてましたね?」
「先ほども申し上げましたが、寸前でスイキョウが間に合ったのでございます……成層高度からの落下の勢いも加えた体当たりは、あの巨体を撥ね飛ばすには充分な威力があったようでございます。その隙に、コウセイ殿に運ばれてきたのでございます」
「……」
薄らとだが、覚えはある。いきなり横に逸れた龍の姿や、その後のコウセイの声は、どうやら幻覚や幻聴ではなかったようだ。
「……それで、今はどういう状況なんですか? コウセイとラヴィは? ここは、見た感じじゃ、コウセイが寝泊りに使ってる船の中みたいですけど」
サクラは周りを確かめる。場所は違うが、コウセイの部屋とよく似た造りだ。
「船の医務室に相当する部屋だそうです。設備や道具は無いから気分だけでも、とのことで」
「気分て……それで、その気分屋とラヴィは?」
「まず、コウセイ殿は何やら作業中とのことです。そして、ラヴィ様ですが……まさかお隣にいらっしゃるのに、まだお気づきではないのですか?」
「え?」
フィルの視線を追えば、隣の寝台にラヴィーネが寝かされていた。既に施術は施されていたのか傷らしい傷は無く、呼吸も穏やかな様子に、サクラは安堵した。
「自分も戦うなどと仰って飛び出そうとされるので、少々強引に眠っていただきましたが」
「それで正解です……あんなバケモノ、気合だ根性だでどうにかなるような相手じゃありません」
「……サクラ様がそれを仰いますか」
「は?」
「頭が冷えたと思ったら、おかしな方向へ……これは、コウセイ殿が危惧された通りでございましたね」
「コウセイが? どういうことです?」
「どうもこうも……いえ、今は後にしましょう。まずはお召替えを」
と、フィルは嘆息と共に話に蓋をした。
「お召替え?」
「そのようなお姿で他人様の御目を汚すおつもりですか?」
「あ」
そのようなお姿──サクラは、改めて自分の体に目を落とす。
傷だらけながら、当然丸裸──下着も上着も一切ない、丸出しのままなのは変わらない。
「ちなみにサクラ様のお召し物……その成れの果てが、あちらになります」
フィルが示したのは、焼け焦げたサクラの服──そうと分かっていなければ、布地とすら思えないような、消し炭の塊。そして、見間違えるはずのない剣の柄が二つ。
「サクラ様の剣は、折れたというよりも半ば溶け落ちたような状態だったようです」
「そのようですね……」
寝台から降りたサクラは、剣を手に取って確かめる。よくよく見れば、端々が歪んでおり、柄尻も連結できなくなっていた。
「命の代金なら安くついた……そう思うことにしましょう」
長年の付き合いに感謝の念を込めて瞑目し、焦げた服の上にそっと置いた。
「替えの服は?」
「こちらを」
フィルは、焼け焦げた服とは別の、綺麗に折りたたまれた服を手に取ってサクラに差しだした。
「な、何ですか、これ?」
受け取って広げてみるなり、サクラは眉をひそめる。
「コウセイ殿にご用意していただきました。男女兼用とのことですので、その点はご安心を」
「兼用って……」
「しつこいようですが、替えのお召し物は全て燃え落ちており、今出せるのはこちらしかございません。今は我慢を」
「それは良いですけど、こんなのどうやって」
「マオシス殿」
『着用手順はこちらを参照に』
すかさずフィルが要請し、マオシスがサクラの前に分かりやすい図解を投影した。
「それと、お目覚めになったところでお連れするようコウセイ殿より仰せつかっております。不慣れなお召し物ではありますが、お急ぎを」
「……はいはい分~っかりましたよもう」
淡々としながらも有無を言わせぬフィルに、サクラは投げやりに答えた。




