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5-1:浸っている暇など無い

 膝をついたまま「やったよ」と繰り返すラヴィーネ──その姿を見たサクラは、自分の心配が当たってしまったことを悟った。

 悟った瞬間、ラヴィーネを抱きしめていた──超音の影響で、頭も足もいまだに揺れているが、気にしてる場合ではない。

「ああ、サクラ……ラヴィ、やったよ」

「ええ」

「ラヴィ、凄い?」

「ええ」

 命までは獲らなかったものの、ストリフや村長を始めとする村人たちの仇を討った。

 たかが地民の小娘が、月煌化まで使った煌人に一人で勝利した。

 前代未聞の歴史的快挙──掛け値なしで、そう言えるだろう。

 なのに、賞賛も労いも、サクラはかけられなかった。

 ラヴィーネ自身が、誇っていなかったから。

 のみならず、驕ってすらいなかったから。

 優越も無かった。

 喜悦も無かった。

 侮蔑も無かった。

 嘲笑も無かった。

 憎悪も無かった。

 哀惜も無かった。

 憐憫も無かった。

 掛け値なしの快挙なのに得られたモノは何一つ無い、虚無だけがあった。


 兵士を瞬く間に挽肉にし、ユスティシャニアを斬り裂いたコウセイと同じように。


「ラヴィ、やったよね」

「ええ」

「ラヴィ、凄かったよね」

「ええ」

 うわ言の様なラヴィーネの呟きに、サクラは頷く──頷くしか出来なかった。

 何かに必死にしがみつくようなラヴィーネの姿が、あまりにも痛々しくて。

「──っ、──────────────っ!」

 派手な音と、獣のような叫びが、闇の向こうから聞こえてくる。

『……近寄ルナ』

 思わず身構えるサクラに、通信機からのコウセイの声と共に補正映像が投影される。

 映っているのは、暗闇の中でのたうち回るプラウディア──否、

『×××××っ! ~~~~~~~~っ! ──────────っ!』

 言葉どころか文字になるかも怪しい奇声を上げ、勢いのままぶつかって手当たり次第に破壊し、自分の体も壊し、構築しきれていない術は霧散するか四方八方に飛散し──いずれにせよ、ソレは獣ですらない。

 壊れていくだけの、ナニかだった。

「……はは」

 ラヴィーネが、嘲笑を漏らした。

「煌人て、全然大したことない……いや、アイツが大したことが無いのかな?」

 笑っているのに、

「あはは、あんな奴に、父ちゃんもじいちゃんは、はははっ、みんなは、村はっ……」

 目は虚ろなまま。そこから零れ落ちたのは、冷たい雫。

「あはは、ははハハ、ア~ッハッハハハハハハハハハハハハハっ!」

「……っ」

 何かが壊れたような吐きだされる笑い声に、サクラは呻く。慰めの言葉がいくつも思い浮かんでは、結局出ないまま消えていく。

 不快なもどかしさを募らせていると、フィルを脇に抱えて降りてきた装甲が視界に入った。

「……貴方、こうなるって分かってましたね?」

『ダカラ、心配いらないと、言ったロ』

 抱えていたフィルを下すと、コウセイは頭殻を引き上げ、

「あんなノニ、やられるような鍛錬は、シテナイ」

 さも当然のように、笑って言った。

「それで、これ(・・)ですか……っ」

 ラヴィーネの手前、怒声をどうにかこらえる──虚ろに笑い続けるラヴィーネを抱きしめたまま。

「恐れながら……いずれにせよ、このような事になったかと」

 フィルが、いつも以上に無表情に言った。

「違うとすれば、その時が来るのが遅いか早いかだけ……サクラ様とて、お分かりだったはず」

「そんなの……っ」

 復讐に意味は無い──そんな綺麗ごとを言うつもりは無い。

 故郷やストリフ達の仇を討つのは、ラヴィーネの為すべきこと。

 そんなことは、言われなくても分かっている──そのつもりだった。

「でも……っ」

 他に方法は無かったのだろうか?

 本当に、この結果しかあり得なかったのだろうか?

 そして、自分に出来ることは何もなかったのだろうか?

 何が悪かったのか、何を間違えたのか──考えるという名の逃避しかけたサクラを、再び響いた轟音と震動が、強引に引き戻す。

 監視画面の向こうで、プラウディアが手近な木々を次々に粉砕していた──文字通り、頭から突撃する勢いで。

 全身から、湯気のような白い煙を立ち昇らせながら。

 何もかも燃え尽きたかの様に、蒼かった髪を真っ白にさせて。

「……ティーシャの時もそうでしたけど、何であんなに」

「おかしく、ナイ……サクラも、一つ間違え、タラ、あんな風に、ナル」

「それって、どういう」

『警告……新たな大型飛行物体の接近を感知しました』

 マオシスの警告が、サクラの疑問を遮った。


*****


 マオシスが皆の前に投影したのは山側の映像──補整された画面に映っているのは、切り立った山を見下ろして悠々と空を泳ぐ巨体。

 否──〝悠々〟ではない。

『対象は亜音速で飛行しています。至急退避を』

『ダメだ、間に合わナイ』

 マオシスとコウセイが通信越しに話している間に、轟音と共に頭上を巨大な影が過る。

 頭から尻尾の先までの、百五十ヌーラはあるであろう巨体。

 その巨体を覆う、棘ともともつかない鋭い鱗。

 巨大な咢にずらりと並ぶ、全てを噛み砕かんばかりの牙。

 巨体を支える四肢と、その先から伸びる剛爪。

 背から広がる、片側だけでも三百ヌーラを超える巨大な翼。

 頭からは、大きく弧を描いて前に突き出す巨大な双角。

 目にしただけで総毛立つ威容ながら、全身を覆う純白の彩は、ともすれば優美。

 その名を、

(ドゥーレ)……っ!」

 サクラの口が、自然と呼び名を紡ぐ。

 激しい風を纏いながら頭上を通り過ぎていく威容を目にしただけで、思考が停止しかけた。

「……プラウディア殿下は、天災級餓獣が出没していたと仰っておられましたが、どうやら本当だったようですね」

 フィルの口から洩れた、いつもより平坦な──呆然とした声によって、サクラは止まりかけた思考をどうにか引き留める。

「フィル」

「っ、はい?」

「ラヴィを連れて遺跡に……アレは、私が引き付けておきます」

「……サクラ様?」

「急ぎなさいっ!」

 フィルの返事も待たずに、サクラはまだ呆然としたままのラヴィーネを押し付けると、その場を駆け出した。

「サクラ様お待ちを、いくら何でもっ」

『フィル。サクラを行か、セる』

「コウセイ殿っ?」

『今の、サクラ、はチョット痛い目、を見セた方が、イイ』

「はぁっ?」

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