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4-8:蒼煌の狂獣

『耳、塞ゲ』

 コウセイが、通信越しにいきなり言ってくるから、言う通りにしつつも何かと思ったが、直後に襲ってきた衝撃じみた不快な音が、耳を通り越して頭を激しく揺さぶられ、気づけば膝をついていた。

「~~~~~っ」

 揺れる頭と、痙攣する足を引っぱたき、双刃剣を杖にして強引に立ち上がる。途端にぶり返す不快感に、漏れ出そうな呻きを必死に堪える。

「……無様でございますよ、サクラ様」

「……そんな真っ青な顔で言われたくないですよ」

 フィルの方は倒れこそしないものの、無表情な顔を真っ青で、足は見るからに震えていた。

「……まあ、それだけ効果はとんでもなかったってことでしょうけど」

 咄嗟だったとはいえ耳を塞いで、充分な距離があったはずなのに。

 サクラは何とか翠月精を集めて術を構築し、自身に施す。不快感は多少なりとも緩和され、揺れていた視界が徐々に戻ってきた。

「念のため、重ねて申し添えておきますが……あまりご無理はされませぬよう。それに、今のラヴィーネ様なら、少なくとも負けるようなことはないかと」

「……そこじゃないんです」

 頭痛に頭を抱えながら、サクラは首を横に振った。

「あのルー……プラウディア殿下が、今のラヴィをどうにか出来るわけがありません。私が心配してるのは、むしろ……」


*****


 光の雨が降ることも無く、閃光が爆発することも無い。

 弾けた筒から飛び出したのは、低く鈍い音──ラヴィーネには、そう聞こえた。

 一方、

「ぐ、ぁ──っ?」

 悲鳴とも呻きともつかない声を上げながら、プラウディアは頭を──否、耳を押さえる。

 そこへラヴィーネは急迫しつつ身を翻し、勢いを乗せた拳でプラウディアの顎を打ち上げた。

「がっ?」

 朦朧とした状態で避けられる筈もなく、充分な勢いと力の乗った拳は、地民の子供のそれとはいえ、プラウディアの体を大きく揺らし、尻餅をつかせた。

「貴、様……っ?」

 立ち上がろうとして、しかしプラウディアはたたらを踏む。見るからに震える足では、立つことすらままならない。


 ラヴィーネに与えられたもう一つの武器──ある種の特殊な音波を発する、〝音の爆弾〟。

 コウセイやマオシスが言うには、聴覚を通じて三半規管に衝撃を与え、平衡感覚を狂わせ、酷い乗り物酔いのような状態にさせる音波とのこと。しかも、特殊な音域や音質のみで調整構築されているため、地民のような可聴域の狭い者には、何ら影響を与えない。

 一方で──月民のような可聴域が広い者には、大きな影響をもたらす。地民には認識できない音も認識する──認識してしまう(・・・・・)から。

 ましてや、煌人のような鋭敏な感覚を持つ生物には、三半規管どころか、脳にまで影響が及んでしまうのだった。

「バカな……何をした……っ?」

 剣を杖代わりにして立ちながら、プラウディアはラヴィーネを睨みつける。

 一方のラヴィーネは、冷たい目で見返す。バカ正直に解説してやる気など、ラヴィーネには更々無い。

「……で、何になるってのさ?」

「何?」

「アンタの作った凄いモノは、アンタの言う〝崇高な理念〟てのに、どんな役に立つの?」

「そ、それは……」

 ラヴィーネの問いかけに、プラウディアの答えはない──答える気が無いのではない。

「それ、は……え……?」

「……うん、よく分かったよ」

 答えられない自分に、プラウディア自身が戸惑っていた──それが、〝答え〟だった。

「皆を殺して村を焼いたアンタを許せないよ、絶対にね。でもさ」

 はっきりと現れたプラウディアの怯えを、ラヴィーネは決して見逃さない。

「アンタって煌人サマでしょ、〝お姫様〟なんでしょ」

「黙れ……っ」

「だから、きっと何か、立派な考えがあるんだって思ってた」

「黙れと言っている……っ」

「……そう、思ってたよ」

 ラヴィーネは、嘆息と共に冷たく吐き捨てた。

「自分はこんなに凄いことが出来る~どうだ凄いだろ~褒めて褒めて~……それ(・・)がやりたかったんでしょ、アンタは」

 それが──プラウディア・エナーゼルという〝人物〟の限界だと。

「──っ、劣等風情が、尚も愚弄するかぁ……っ!」

 怒鳴りつけたつもりなのだろうが、プラウディアの声はひどく弱々しい。

「いや、もうね、うん……いいかな」

 プラウディアに対する憎しみは嘘のように消え、取って代わるように湧き出たその感情が、幻滅や失望と呼ばれる類だとラヴィーネが知るのは、ずっと後になってからだった。

 いずれにせよ、はっきりしてるのは──ストリフや村長達、サルベル村の仇討ちは、もう終わってしまったということ。

 だから、

「もういいや」

 ラヴィーネは、努めて優しく行った。嫌味も皮肉も一切含まれず、あくまでも善意のみで。

「っ、やめろぉっ! そんな目で見るなぁっ!」

 それが何よりの──物理的な攻撃よりも効果を発揮したらしい。

 プラウディアの胸元から蒼の閃光が爆発した。


*****


 まだ強い光を放っていた足元の光源すらも祓うほどの蒼の光に、ラヴィーネは思わず目をつむる。

 その一瞬で、爆発的に高められた膂力で急迫したプラウディアが、ラヴィーネの脳天目が蹴って剣を振り下ろし、

「っ?」

 剣はあっさり空を切り、勢い余ったプラウディアは地面を転げ回った。

「……ダサ」

 思わずラヴィーネは漏らす──思わず口に出てしまうほど、ラヴィーネの気は抜けてしまっていた。

「っ……ふ、ふざけるなぁっ!」

 跳ね起きた勢いのまま、プラウディアは斬りかかる。

「キサマどこまで妾を愚弄しオッテェエエエエエっ!」

 否──〝斬りかかる〟ではなく、がむしゃらに〝振り回している〟だけになっていた。そうでなくても、今までの攻防で目と耳が抑えられ、その影響で足腰も覚束ない状態であっては、もう剣術も何もないただの力任せである。

 力任せだからこそ──爆発的に強化された煌人の膂力で繰り出された剣は、地民の頭を砕くには充分な威力がある。

 それを、

「そっちこそ」

 ラヴィーネは、素手で受け止めた──剣の両側から、刃を挟んで。

「いい加減に」

 刃を挟んだままひねりを加えると、剣は簡単にプラウディアの手を離れ、

「しろっての」

「がっ?」

 翻された剣の切っ先は、そのままがら空きのプラウディアの脇腹を貫いた。

「ぐ、ぁ……っ」

 フラフラとよろめくプラウディアをさらに蹴り飛ばし、ラヴィーネは離れる。

「うが、ぐ、あぎ……っ」

 腹を押さえてその場に蹲るプラウディアは、獣のような呻き声を漏らし、

「ぇ、ぅげ、ギェグゥギ、ィエォアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」

 狂った獣のような咆哮を上げながら、狂った獣のように跳ね上がった。

 そんなプラウディアを、

「……」

 ラヴィーネは、もはや見向きもせず、煩わしげに拳を振り上げた。

 それだけで──獣のように躍りかかったプラウディアは勢いを逸らされ、しかし勢いはそのままに、森の奥へと消えていった。途中の木を薙ぎ倒し、暗闇を蒼く照らしながら。

「……やったよ、父ちゃん」

 我知らずに、ラヴィーネは呟いた。

「やったよ、爺ちゃん。やったよ、みんな。あはは、やったよ」

 乾いた笑いで、虚ろな喜びを上げ続けた。

 抱きしめられたことに気付くのに、しばらくかかった。

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