4-7:地民と煌人
浜辺を飛び出したプラウディアだったが、決して全くの考え無しだったわけではなかった。山に向かったのは、遺跡に先行させた兵を乗せた輸送艇があるからだった。
「ひ……っ」
遺跡の手前で着地するなり、プラウディアは息を呑んだ。
足元に転がるのは、合わせて七人の事切れた兵士達──浜辺で皮肉同然にされた連中よりは比較的五体満足に近いだけで、まともな形を保っている者はいなかった。
そして輸送艇も、操舵席のある部分が跡形も無くひしゃげ、飛行の要たる浮揚機関は完全に砕けて地面に転がっていた。
それらを前に、プラウディアは呆然としかけ、
「──っ?」
背後から物音に背筋に、思わず振り返る。
その先には、暗闇に覆われた森──その向こうから聞こえてくるのは、いくつもの音と、闇の中に浮かぶいくつもの小さな光。
暗闇に加え、生い茂る藪や枝葉に覆われた向こう側など、煌人の目でも見通せるはずもない。
だが、確かにいる──鳴き声とも唸り声ともつかない音を立てて。
そしてそれは、明らかにこちらに近づいていた。
「~~~~っ」
プラウディアはすぐさま背を向け、光と音が無い方へ駆け出した。
「フィルでございます。ご指示通りに致しました……一応の、私めなりに、ではございますが」
森の奥へ逃げていくプラウディアを見送りながら、フィルは通信機でコウセイ達に伝えた。
コウセイから渡された複数の小型通信機を拡声状態にして、録音した餓獣の鳴き声をマオシスを介して大音量で放ちつつ、闇の中で派手な物音を立てるような動きをしながら、術で枝葉の先に着火して小さな光を作り出す──コウセイの要請でフィルが行ったのは、一見すればとても単純である。
けれど、煌人の視力が及ばないこの場所に加え、恐慌状態になっている小娘には、それなりの効果をもたらした──思い通りの場所に走らせる程度には。
『ウン。とてもヨロシイ。フィル、上手にヤッてくレタ。そのまま、見張ってル』
「畏まりました……ここまではコウセイ殿の想定通りでございます」
コウセイとの通信を切りながら、フィルは呟く。
「この期に及んでは下手な手出しなど、かえって逆効果かと思われます……したがって」
用意していた小さな稲妻を、真上に向けて撃ち出す。
「ぎゃっ?」
文字通り飛んできたサクラが、稲妻を食らって落ちてきた。
「今回ばかりはどうかご自重を」
「……っ」
サクラは、土と煤で汚れた顔を苛立ちで歪ませた。
*****
「ぃっ、くっ!」
突き出た枝に頬を引っかかれ、プラウディアは舌打ちした。藪中に入って数秒と経っていないのに、もう何度目だろうか。
そもそも、どこに向かっているのかも分からない。
上っているのか下っているのかも分からない。
どこに向かえば良いのかすらも、分からない。
とりあえずはっきりしてるのは、
「……なぜじゃ……っ」
今の自分が、どうしようもなく惨めだということ。
「なぜ妾がこんな目に、あっ?」
足に何かが引っかかり、派手に躓いて地面を転げ回った。木の幹にぶつかってようやく止まり、それを支えにどうにか立ち上がる。
「おい」
「っ?」
「一人だけで、どこ行こうってのさ?」
「だ、誰じゃっ?」
背後からの冷たい声に、剣を抜いて振り返り、
「な」
この暗闇の中でも、煌人の目には足元に転がったそれははっきりと見えた──見えてしまった。
当然ながら、直後に弾けた閃光も。
「~~~~~っ?」
暗闇に慣れた目は徹底的に焼かれ、頭の中までかき回すような痛みにのたうち回るプラウディア。
そんなプラウディアを、ラヴィーネは冷たい目で見据えてる。
『イイか、ラヴィ?』
通信機から、コウセイの声が響く。
『コレ以上は、オレは何もシナイ。何も、言わナイ。助けるコト、シナイ』
「うん」
『ラヴィが、思う通りに、やって、ミロ。オマエが、戦え。オマエが、勝て』
それきり、コウセイは通信を切った──コウセイだけでなく、マオシスはもちろんサクラやフィルとの通信も切れた。
「うん……っ」
両の頬を強めに叩きながら、ラヴィーネは目の前の敵──プラウディアの姿を、改めて確かめる。
あらかじめコウセイから与えられた武器は二つ──その片割れである閃光照明弾によって、プラウディアの目を焼くと同時に、闇に包まれていた森を真昼間のように照らし、視界は充分。
「き、貴様ぁ……っ」
血走った目でラヴィーネを睨むプラウディア。少しは調子が戻ってきたらしいが、焦点が定まり切っていないのを、ラヴィーネは的確に見抜く。
「邪魔をするな劣等っ!」
相手が地民で、しかも小さな子供だと分かった途端、プラウディアは強気に怒鳴りつけた。
「妾は急いでおるっ! 素直に道を開けるならば、無礼は目をつぶって命ばかりは助けてやらんでも」
「ギャーギャーうるさいよ」
プラウディアの喚き声を、ラヴィーネは冷たく笑って遮った。
「何? もしかして、こんな地民の小さな女の子にビビってたり~? 煌人がそんなわけ」
「身の程を知れ、劣等っ!」
そんな声と共に、ラヴィーネの視界が反転した。弾き飛ばされたのだと認識した時には、背中を強打していた。
「くっ」
痛みを堪えて立ち上がり、プラウディアを探す。
「遅い」
声が聞こえた時には、背中に衝撃と鋭い痛みが走った。
「っ!」
振り返るが、そこにはすでにプラウディアの姿は無く、
「分かったか。これが煌人だ」
今度は、右肩に焼けるような痛み──プラウディアの長剣の切っ先が、右肩から突き出ていた。間髪入れずに頬に蹴りを受け、ラヴィーネは弾き飛ばされる。
「身の程を知るがよい、劣等人種がっ!」
「……そうだね」
刺された右肩を押さえながら置き上がる。痛みは感じるが、動きそのものに差し障りは無い。それを確かめながら、ラヴィーネは続ける。
「本当に凄いよ、煌人の力って」
「ようやく思い知ったか。ならば地に頭をこすりつけろ」
立ち上がろうとしたところで、鼻先に切っ先がつきつけられる。いつの間にか、勝ち誇った顔のプラウディアが、目の前にいた。
「顔を汚して、先の発言を全て取り消し、己の行いを悔い、命乞いをするがよい。そのくらいの時間は許してやっても」
「でもアンタは、その凄い力を、弱い者イジメに使ってるよね?」
気分良く語るプラウディアを遮って、ラヴィーネは問いかけた。
話の勢いを削がれて不快そうに眉を顰めるプラウディアだが、すぐに余裕の笑みを浮かべ、
「これは制裁じゃ。思い上がった劣等種の無礼で不遜に対する」
「ラヴィの父ちゃんやじいちゃん、村のみんなを焼いたのは?」
プラウディアの言葉を遮って、更に問いかける。
「無礼どころか、会ったこともないし、見たこともない人達に、どうして制裁?」
「あれは、制裁ではない。汚物の浄化じゃ」
「……っ」
当たり前のこと──そんな言葉が暗に続いたのを感じ取り、ラヴィーネの頭に血が上る。それが沸騰する前に、小さく、そして深く呼吸して頭を冷やす。これもまた、コウセイとの鍛錬の中で、体で学んだこと。
「……その、汚物の浄化? のために使った爆弾」
目を眇めながらも、眩い光の奥にいるプラウディアを注視する。
鏡のように澄み切った水面──それを意識しながら。
「アンタが作ったって聞いたけど?」
「正確には、理論と設計じゃが」
「何のため?」
「……何じゃと?」
「そういえば、あの空飛ぶ船も、あんたが作ったんだってね。それは、何のためなの?」
「……答える必要も、意味も無いのう」
と、プラウディアは鼻で笑う──その嘲笑に滲んだ僅かな迷いを、ラヴィーネは見逃さなかった。
「劣等風情に、我等の崇高なる理念を理解出来る筈が」
「〝崇高な理念〟ってのは、分かんないよ。でもね」
ラヴィーネは、腰に差していた筒状のそれを抜き、そのまま目の前に放る。プラウディアは、当然のように飛び退き、筒は虚しく空を切って地面に落ち、
「そういうアンタは、ちゃんと分かってるんだろうね?」
乾いた音を立てて弾けた。




