4-5:赤い花、黒い死影
「だから言ったのだ。やり方が、無駄な上に短絡過ぎると」
浜辺を囲む崖の縁に立ったユスティシャニアが、呆れを隠さずに言った。
「しかも、喋り過ぎだわ話す相手も間違えるわ……姉との再会が喜ばしいのは分かるが、はしゃぎ過ぎだ」
「とんでもございません。むしろ、自分からペラペラ喋ってくれたおかげで、問いただす手間が省けましたからね。それに」
サクラは、ユスティシャニアを冷たく見上げ、
「他人事みたいに語っておられますけど、貴方もその──はしゃいでるお姫様のお仲間ですからね。タダで帰れるとは思わないでくださいませ、ユスティシャニア殿下?」
「……それも、そうだな」
ユスティシャニアは苦笑し、
「なればこそ、こちらもそれなりの対応を取らねばな」
次の瞬間には、一切の表情が消え、森の方に手を上げて見せる。
現れたのは、ユスティシャニアに同行した二人の兵。彼らの足元には、
「貴方たち……っ」
手足を縛られ口を塞がれて転がされる、フィルとラヴィーネの姿があった。
「ブラーダ卿のご息女はともかく、地民の娘の勘の鋭さには、正直驚かされた。後ろを取るのに苦労したよ」
ユスティシャニアは、さも苦労したとばかりの嘆息を吐き出し、
「何とも将来有望と言うか、末恐ろしいというか……だから、一応言っておこう」
兵士たちに目くばせする。それを受けた二人は剣を抜き、フィル達に切っ先を突き付け、
「そんな有望株の将来を惜しむなら、下手な考えは──」
赤く弾けた。
二人の兵士の頭が。
水音を立てて。
真っ赤な花を咲かせるように。
「な、がっ?」
目を見開くユスティシャニア──その口元から、ゴボリと赤い塊が溢れ出た。
背後から腹を貫いた、黒い剛腕によって。
*****
「──っ」
破裂するような音を響かせながら剛腕に火花が走り、ユスティシャニアは短く痙攣して糸が切れたように動かなくなった。
『オレが動いタラ、ラヴィ達、頼ム』
「……っ」
通信機から響いたのは、温度を一切感じられないコウセイの声──全身総毛立つ強烈な怖気に、サクラは返す言葉はおろか動くことすらできない。
サクラが足を竦ませている間にも、コウセイの背中から突起が現れ、ユスティシャニアを右腕に突き刺したまま静かに浮かび上がる──突き刺したままの腕の指先から、光が次々に放たれた。
「っ?」
「ぶっ?」
五本の光条は、プラウディアの正面を守っていた二人の兵士を倒した──頭を、胸を、腹を弾けさせて。
「くそっ!」
逸った一人が、蒼月精を月路に走らせ、
「バカっ! ユスティシャニア殿下まで──」
諌めた別の一人諸共、頭を赤く弾けさせた。
「くそっ! 殿下を守」
その言葉を最後に、その兵士も頭を弾けさせた。その間に、残った七人がプラウディアの周りに集まり、蒼月精術で障壁を展開する。
一方のコウセイは、空いている左手を向ける──その時には、腕自体が長大な円筒に変じていた。
その孔内に生まれ、次の瞬間に閃光が爆発──光条の雨を降らせた。
それは、正に〝光の雨〟──収束された光の矢が無数に降り注ぎ、七人がかりの分厚い障壁を薄紙のように貫き、その向こうにいる兵士たちを挽肉に変える。
「で、殿下っ!」
最後の一人がプラウディアを突き飛ばし、
「お逃げくださ」
次の瞬間には光の矢に弾き飛ばされ、輸送艇の側面に叩きつけられた。
「……な、なん──」
突き飛ばされたおかげで無傷なはずのプラウディアは、しかし尻を着けたまま立ち上がれない。救いを求めるように視線を巡らせ、やがて洋上の方に向かい、
「なに、を」
悠然と浮かぶ飛翔艦に怒鳴りつけた。
「本船は何をしておるかっ! こちらは見えておろうっ! 援護を、早う助けよっ!」
その叫びで、ようやく飛翔艦は動き出す。悠然とこちらに船首を向け──爆発した。
空を進む飛翔艦よりも、更に高い──遠すぎて見えない高みから放たれた光が貫き、そこから広がった爆発と炎に包まれながら、海に落ちていった。
それを見届けたコウセイは、用済みとばかりにユスティシャニアを蹴り飛ばし、海に突き落とした。
「う、あ……っ」
小さな吐息交じりの呻きを上げたのは、輸送艇の傍で這いずる兵士──プラウディアを突き飛ばした、最後の一人だった。
「ぐ、ぎ……」
左腕以外は千切れても、頭が半分欠けても、まだ生きていた──煌人には及ばなくても、高い生命力のおかげで、死んでいなかった。
「お……」
もはや痙攣するような動きしか出来ないそいつの頭から、半ば砕けた頭殻がずり落ちる。露わになったのは、見るからに今回が初陣の、まだ少女と言っても良い娘だった。
「おか、あ、さ」
少女の声は、それ以上続かなかった。
降下してきたコウセイの足──装甲に覆われた剛脚が、少女の頭を踏み潰したことで。
*****
『サクラ、フィルとラヴィーネを』
「っ、ええ……」
ユスティシャニアを吊り下げたコウセイが動くのと同時に、マオシスの通信が入る。サクラはすぐさま崖の上に飛び、フィルとラヴィの拘束を解いた。
その後は、ただ眺めるだけだった──眺めることしかできなかった。
時間にすれば数十秒──十二名の兵士は挽肉となり、飛翔艦は鉄くずと化し、紫の煌人は海に沈んだ。
黒い装甲に身を包むコウセイによって。
「……」
足元の肉塊から足を退かすと、コウセイはふと思い出したように最後の一人に目を向ける。
「ひ、ひぃ……っ」
呆然と腰を抜かしていた最後の一人プラウディアは蒼月精術を展開──電磁場を纏ってその場から飛び出した。
『止めル、必要ナイ』
通信越しのコウセイの声に、サクラはようやく我に返った──呆然としていた事を、ようやく自覚した。
『あの蒼いヤツは、モウ手を打っテル。それに、アチラは逃げること、デキない』
プラウディアが飛んだあちら──遺跡のある山側である。
切り立った山に、危険な餓獣──煌人だろうと、何の用意もない小娘一人で逃げ切ることなど、不可能である。
「でも、手は打ってるってどういう」
問いかけて、サクラはふと気づいた──さっきまでこの場にいたはずの二人が、いなくなっていることに。
「あ、貴方、まさか」
『……ソレより話は後デ』
サクラの問いを遮りながら、コウセイは海の方に向き直る──そこには、這い上がってきたユスティシャニアの姿があった。




