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4-4:私は掃き溜めの住人です

「……ラ様、サクラ様っ! お気を確かに……失礼をばっ」

 乾いた音に次いで、遅れてやって来た頬の痺れと熱に、サクラは我に返る。そして目の前の、見慣れた無表情がフィルだと気付いた。

「……ああ、フィル。怪我の方は大丈夫ですか?」

「応答が無い故心配しておりましたが……私の怪我よりも、今のサクラ様の方がよほど重篤かと」

「そんな減らず口が叩けるなら、貴方は大丈夫そうですね」

『お話し中失礼します。村内における状況を報告』

 通信機越しに、マオシスが無機質な声で非情の現実を報せた。

『生体反応、完全消失……サルベルの生存者は』

「黙りなさい」

 聞かなくても分かり切っていた──聞きたくなかった。

「サクラ様。感傷に浸っている場合ではございません」

『フィルの発言に同意します。洋上の大型飛行体より、新たな輸送艇が発進しました。後続の増援と推察します』

「分かっています」

 頷いたサクラは、大きく息を吐き出しながらラヴィーネを離す。途端に、ラヴィーネはその場に膝をついた。

「フィルとマオシスは、ラヴィをお願いします」

 サクラは、海の方に目を向ける。

 沖合の空には、耳障りな轟音を立てて我が物顔で陣取る巨大な船影は、ここからならよく見える。そこからやってくる、輸送艇の姿も。

「万が一の時は」

「心得ております」

 虚ろな表情でフラフラと揺れるラヴィーネを支えながら、フィルは頷いた。

「サクラ様こそ、どうか穏便に……とは申しませんが、程々に」

「……今回ばかりは、自信ありません」

 冗談めかして言いながら、サクラは磁場を展開して飛び出した。


*****


 既に輸送艇は着水し、浜辺に乗り上げていた。停止した輸送艇の船首が開き、頭殻と防護服で身を包んだ兵士達が駆け降りてくる。数は合わせて十二。

 サクラは、速度を緩めず浜辺へ突撃──挨拶とお茶の代わりに派手に砂煙を上げて、兵士たちを砂まみれにしてやった。

「ようこそ、蒼煌家の皆々様……と、申し上げたいのですが」

 一斉に剣を抜いた兵士達に向けて、サクラは慇懃に、しかし剣を突き付けて、冷たく告げた。

「ここは、見ての通りの何も無い所なので、さっさとお帰りを。さもないと」

「……あのティーシャが言うからよもやとは思うたが、真であったか」

 輸送艇の中から、更にもう一人──蒼に彩られた娘が、サクラの姿を見るなり、目を丸くし、

「とうに野垂れたものとばかり思っておった反逆煌女が、こんな場所で隠れておったとはのう」

 そして、まだ幼さの色濃い顔に侮蔑と嫌悪の色を浮かべた。

「ユスティシャニア殿下に続いて、蒼煌家第二煌女はプラウディア・エナーゼル殿下にまで相見えるとは」

 サクラは、蒼の娘──プラウディアに恭しく頭を下げた。

 機械のように。

「このような卑しき身には、この上ない幸運であり栄誉で」

「黙れ」

 蒼の娘──プラウディアは不快そうに、サクラのわざとらしいおべんちゃらを遮った。

「裏切り者の白々しい世辞など耳障りじゃ」

「そうですか……では、単刀直入に申し上げます」

 隠そうともしない嫌悪と侮蔑を受け流して、サクラは機械のように訊ねた。

「このような僻地に、蒼月煌家の直系煌女たるプラウディア殿下が御自ら足を運ばれるなど、一体何事でございますか? それも斯様な」

 サクラは沖合に滞空する船に目を向け、

「技術や文明の粋を凝らした船まで持ち出してまで」

「ふむ、まあ良かろう」

 プラウディアは、さももったいぶったように頷き、

「まずあの船……正式な命名はしとらんから、便宜上〝飛翔艦〟と呼んでおる。理論や構想はかねてより存在したが、実現実用化には至らなかったのは、そなたも知っていよう。そこで、妾が考案した浮揚機関を積んでみたのじゃ。その結果、実現した記念すべき実用飛翔艦の第一号が、あの船じゃ」

 自慢げに胸を張るプラウディア。

 そういえば、こいつは昔から月精機が好きだったなと、サクラは思い出した。

「奇しくも、大陸南部で天災級餓獣が出没したという話が上がっておってな。対大型餓獣兵器も試作しておったから、飛翔艦の実証航行も兼ねて、父上より撃退討伐を任ぜられて」

「それはまた、大任でございますね」

 気分よく饒舌に語るプラウディアを、サクラは無機質な声で遮った。

「それが、この村を火の海にすることと何の関係が?」

「村? ああ、ここにあった地民どもの巣窟の事か?」

 と、むしろ逆に訝るように言うと、プラウディアは炎に包まれる村に目を向け、

「天災級餓獣との戦いのために、この先の遺跡を中心に拠点にしようと思っておったが、地民の巣窟など汚らわしいだけじゃから、浄化した」

 さも当然のように言った──当たり前の事を、当たり前に言うかのように。

「浄化、ですか」

「うむっ! あの船には妾が発明した対餓獣兵器の試作品も積んでおってな。実験も兼ねて使うてみたが、試作ながら、予想以上の効果じゃった」

「……確かに、凄いものですね」

 何せ──ただの一撃で、小さいとはいえ村ごと完全に焼き尽くしてしまうのだから。

「汚物の掃き溜めの浄化に使うにはどうかと迷ったが、これだけの規模の威力なら、例え天災級であろうと恐れるに足らん事を証明できたと考えれば」

「あ~もう結構です、よ~く分かりましたので」

 慇懃さを解き、いつもの調子でプラウディアの自慢話を遮りながら、サクラは下げていた頭を上げ、

「もうね、何ていうか……く~っだらないですね~」

 思ったことを、そのまま吐き捨ててやった。

「な、何じゃとっ?」

 鼻白むプラウディアに、しかしサクラは少しも動じずに、更に吐き捨てやる。

「暇つぶしと安っぽい自慢のために、村を焼き尽くす……これが下らなくて、何だというんですか?」

「き、貴様……っ」

 プラウディアは、一瞬泣きそうになるが、すぐにその顔を真っ赤にして喚いた。

「蒼煌家の、ひいては国のための行いを下らないなどと……反逆煌女はそのような事も忘れて」

「うっさいわ」

 プラウディアの喚き声が急に途切れる──急迫したサクラの拳に顎を打ち上げられたプラウディアは、見本のような放物線を描いて波打ち際に叩きつけられ、砂と水を派手に巻き上げた。

「き、きさ──っ」

 すぐに起き上ったプラウディアの鼻先に迫る稲妻──プラウディアは、とっさに頭を傾ける。

 耳元を掠めて空を切った稲妻は、そのまま背後の海面に命中──海水を高々と巻き上げた。

 炉心で生成した蒼月精で周囲の磁場を収束、指向性を与えて投射。

 周囲から取り込むという過程が無く、体内からそのまま術に変換しているため、発生が非常に早い。出力を上手く調整すれば、不意打ちにはもってこいだ──もっとも、同じ煌人相手に正面からでは、小細工でしかないが。

「な、ん……っ」

 そんな小細工でもそれなりに効果はあったらしい──ずぶ濡れになったプラウディアが、真っ青な顔で口をパクパクさせていた。

「どんな大義名分だろうと」

 そんなプラウディアを冷たく見据えて、サクラは吐き捨てた。

「故郷を焼き尽くされて黙っていられるような聖人ではありませんよ、私は」

「故郷じゃと?」

 プラウディアの真っ青な顔が、一気に真っ赤になった。

「このような掃き溜めを故郷などと……反逆者とはいえ、直系の煌女が口にするかっ!」

「直系の煌女、ですか……」

 サクラは、さもおかしそうに冷笑を浮かべ、

「申し遅れましたが、私の名はサクラ・ソーディス。この村──殿下が仰るところの、掃き溜め(・・・・)の住人にございます。なので」

 両手の剣を繋ぎ、一本となった双刃剣を構える。

「〝反逆煌女〟と呼ばれている蒼煌家が第一煌女──サクレイディナ殿下ではございませんし、ご本人様は五年も前にお亡くなりになられたと聞き及んでいます。そのような方と間違われるなど、正気でございますか?」

 まるでフィルみたいな言い草だと思う。いつもは腹立たしいが、今だけは感謝した。

「で、殿下っ!」

 兵士たちが、今更のように駆け寄り、プラウディアの周りを守る。一人とて逃がすつもりはないから、むしろ好都合だと、サクラは冷徹に思いながら、炉心駆動を一気に引き上げる。

「……やはり、こうなったか」

 嘆息と共に、そんな声が高い位置から聞こえた。

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