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4-3:燃え盛る故郷

『現時点で村全体に延焼が拡大、加えて建造物もほぼ全壊、ないし倒壊状態』

「……っ!」

 マオシスに言われるまでもない。高い位置に飛び上がればよく見える──否が応でも。

 完全に炎に包まれ、元々脆くなっていた建物は、既に崩れ落ちているか、音を立てて崩れ落ちている最中。

『現在、生存者の有無を走査中。しかし、この状況では』

「分かっていますっ!」

 村人たちは、ただでさえ酒が入って寝静まっていた。

「それでも……っ」

 煌人が──大きな力を持つ者が、燃え盛る故郷を前に何もしないわけにはいかなかった。

 サクラは磁場を調整して落下速度と軌道を調整し、火がまだ届いてない村の入口近くに着地。

「フィルっ! ラヴィっ!」

 村の方へ駆けながら、手当たり次第に村人たちの名を叫ぶ。

「ストリフっ! 村長っ! ヨナ婆っ! ルッツっ! 誰か……っ」

「……お気持ちは分かりますが、あまりそのような大声で叫ばれるのはいかがなものかと」

「フィルっ?」

 やや荒い呼吸混じりながら、聞き間違いようのない毒針のような声に、サクラはそちらを振り返り、

「貴方は無事で、ぅ……っ」

 サクラは言葉を失った。

 木の幹に背を預けて座り込んだフィルは、そんなサクラに冷たい目を向け、

「この様を見て、芯から〝無事〟と思われるならば、恐れながらサクラ様のお目は大概に曇っておられるかと」

 全身を焼かれ、特に左半身──とりわけ炎から庇ったと思われる左腕は、炭化寸前だった。治癒を施す翠月精の光は、しかし、いつもより弱々しく、傷の治りも遅い。

 生きているのは、月民の高い生命力のおかげだろう。

「しかしながら、サクラ様は五体満足のご様子で重畳かと。いざという時の幸運は、なかなかどうして」

「こんな時ぐらい、黙ってられないんですか?」

 サクラはピシャリとフィルの毒舌を遮りながら、全身の月路に翠月精を巡らせる。

 フィルのそれとは比較にならない翠の輝きが、フィルの傷を見る間に塞いでいく──それでも、火傷の激しい左腕だけは、治りが遅い。

「申し訳ありませんが、他の方についてですが……」

「分かってます……貴方自身、防御と脱出が精一杯だったんでしょう?」

「面目もありません……」

『報告』

 マオシスの声と共に、通話画面が二人の前に現れた。

『村長邸内に、生体反応を検知しました』

「!」

「サクラ様。あとは自前で治せます故、そちらの方へ」

「わかりました……とりあえず動けるようにしておきなさい。それとこれを」

 通信機を懐から取り出してフィルの耳に嵌めてやると、サクラは村長の家へ駆け出した。


*****


 村で最も大きく頑丈だからか、村長の家はどうにか持ち堪えていた。とはいえ、既に炎に包まれている上に、既に大きく傾いているから時間の問題だろう。

『延焼の影響により、状態は極めて脆弱。突入は危険です』

「でしょうね……つまり、遠慮の必要はないってことでしょっ!」

 外れかかった玄関を蹴り破り、中に飛び込んだ。

「村ちょ、う……ゴホッ……っ!」

 叫ぼうとした途端、熱気と煙で噎せた。

「っ、だ、誰かっ!」

「──だっ……!」

「……い──よっ!」

 ストリフの怒声と、ラヴィーネの涙交じりの声を確かに捉える。それを辿って奥に進み、

「ストリ」

 寝室近くで見つけた──崩れて炎に包まれた梁の下敷きになったストリフと、それを必死にどかそうとするラヴィーネの姿を。

「ラヴィっ!」

「っ、サクラっ?」

「どきなさいっ!」

 サクラは瓦礫に飛びかかり、勢いのまま剣を抜き放って梁を弾き飛ばした。

「……こんな時間に、精が出るこって……」

「おかげさまでね」

 弱々しい呼吸ながら笑って見せるストリフに、サクラはむしろ感心して見せながら抱き起こし、

「とにかく話は後で。モタモタしてたら家が崩れて」

「待ってサクラっ! じいちゃんがまだ」

「ダメだ……親父は、もう……」

 ラヴィーネを遮って、ストリフは首を振った。その視線の先には、炎に包まれた奥の寝室──蠢く炎の向こうで見え隠れする、動かない人影(・・)

 直後、それを塞ぐように寝室の天井が崩れた。のみならず、あちこちから崩れる音や軋む音が絶えず響いていた。呆けてる場合ではない。

「……行きましょう」

 ストリフを肩に担ぎ、ラヴィーネを小脇に抱えながら、サクラは月路に蒼月精を巡らせる。生成した稲妻を一転に集め、高密度の光弾を形成しつつ、再度周囲を確認──玄関までの通路は、今の崩落で完全に塞がれた。炎も完全に回っているから、抜け道は無い。

「先に謝っておきます……ゴメンなさい」

 光弾を壁に向けて放つ──派手な轟音を立てて開かれた大穴から、サクラは飛び出した。

 それがトドメになったのか、村長の家は耳障りな音を立てて倒壊した。


*****


 村から出て森に入ったサクラは、木の幹に二人を預けて翠月精の治癒を施した。

 幸い、ラヴィーネには傷らしい傷は無く、すぐに塞がった。なので、怪我の酷いストリフに集中する。

「……オボコは、キッチリ卒業できたようだな……」

 僅かながらも効果はあったのか、ストリフは弱々しくも獰猛に笑って見せた。

「……にしても、随分のんびりしてたじゃ、ねえか……コウセイの奴は、そんなに良かったか?」

「焚き付けるようなことを言っておいて、随分ですね……」

 相変わらずの減らず口に、サクラは憮然としつつも、少しだけ安心した。

「後でいくらでも聞いてあげますから、今は黙っていなさい。嘘や冗談なんかじゃなくて、本当に酷い有様なんですから」

「お前の……煌人サマの強い術でも治せねえくらいにか?」

「……っ」

 サクラは、返す言葉を詰まらせる。ストリフはそれを見逃さず、してやったりと鼻で笑った。

「……サクラ……?」

 そして、言葉を詰まらせるサクラを見逃さなかったのは、ストリフだけではない。

「サクラの月精術なら治せるんだよね?」

 ラヴィーネはサクラに縋り付いた。

「父ちゃんを助けて、助けてよっ! ねえっ!」

「……っ、無理なもんは無理なんだっつの……っ!」

 掠れさせながらも強烈なストリフの一喝に、ラヴィーネはたじろぎ、サクラは奥歯を軋ませた。


 翠月精術の効能は、突き詰めれば〝身体能力の強化と補助〟である。傷の治癒も例外ではなく、あくまでも本人の自然治癒を強化、促進させているに過ぎない。

 言い換えれば──治癒能力が働いていない肉体を癒すことは、出来ない。

 複雑かつ大規模な月路のおかげで強力な煌人の術だとしても。

 複雑かつ大規模な全身の月路を全開にして、強力な翠月精術を施したとしても。


 黒く焦げた(・・・・・)背中、尖った瓦礫がいくつも貫く(・・)胸元──死体同然のストリフを救うことは、もはや不可能だった。


「……ゴメンなさい……もう、私にはこれしか……」

 用を成さなくなった翠月精を排出し、代わりに紫月精を取り込んで術に変換。

 認識と感覚に干渉して痛覚を断ち、ストリフの精神を高揚させる。既に(・・)死んでいる体ではなく、まだ(・・)生きている心を永らえさせる。

 少しでも、長く──せめて、別れの時間だけは。

「……いいな、ラヴィ……わがまま、言うなよ……サクラ……困らせるな……」

 ふらふらと持ちあがったストリフの右手を、ラヴィーネは握りしめる。

「……頼むんだぜ、サクラ……たのむ……」

 その目は、もう何も映していなかった。

 短い言葉を繰り返す声が掠れていき、

「……たのむ……たの……」

 消えた──持ち上がった右手が、ラヴィーネの小さな手からするりと抜け落ちた。

「……父ちゃんっ? 父ちゃんっ!」

 ラヴィーネが呼びかけて、叫んでも、激しく揺さぶっても──ストリフが答えることは、もう無い。

「父ちゃ」

「ラヴィっ」

 ストリフを呼び続けるラヴィーネを、引きはがす形で抱きしめる。

 振り払おうと暴れるラヴィーネだったが、当然ながら煌人の膂力相手では微動だにもしない。すぐに力尽き、ラヴィーネは糸が切れたように大人しくなった。

「……月精術って……」

 そんなラヴィーネの口から、乾いた呟きが漏れた。

「月精術って、何でも出来るんじゃないの?」

「……え」

「煌人って……煌人の月精術って、凄いんじゃないの……?」

「……っ」

 サクラは言葉を失った。

 何か言おうにも、言葉が出てこなかった。それでも必死に考えを巡らせて、しかし結局出てきたのは、

「……ゴメンなさい」

 薄っぺらな、謝罪の言葉のみ。

「ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメン……」

 口にするたびに、それが自分に跳ね返ってきた。

 何が〝ゴメン〟だ?

 誰に謝ってるんだ?

 お前なんかに何が解る。

 そんな疑念と罵倒に変わって、グサグサと突き刺さってきた。

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