4-1:異星のサクラ
「…………ぁ、え……?」
痛みから先の記憶があやふやだ。気づいたときには、青ざめた顔で浅い呼吸を繰り返すコウセイを、腕と胸で抱きしめていた。
「ちょ、コウセイっ?」
「……こういう死に方も、悪くない、カモ?」
などと、胸の中から青い顔を上げて乾いた笑みを浮かべて見せるコウセイに、サクラの顔は笑えるほど真っ赤になった。そして、少しでも心配した自分が、酷く間抜けに思えた。
「そんな減らず口を叩けるなら、大丈夫ですね。まったく……」
ぼやきながら、寝台から落ちていた掛布を引っ張り、それで自分達を包む。ついさっきまであった焼けつくような熱さは、急速に余熱となって程よい倦怠感に変わっていく。何やら下腹部に奇妙な異物が残っているが、とりあえず気にしない。
「ソレ、で……少しハ冷静にナレタ、か?」
「……少しは、ですけど」
慣れないアレコレの後だったというのもあるのか、サクラの口は我知らずに饒舌になっていた。
一度漏れれば、一気に溢れ出てくる。
ストリフや村長の願いと、サルベル村の現状。
それらを踏まえた、ラヴィーネのこれから。
そして、サクラやフィルのこれから。
「……ソウ、か」
黙って聞き終えたコウセイは、静かに相槌を打つ。
「オマエも、村を出テイく、ノカ?」
「……正直、まだ迷ってます」
少しでも冷静になったおかげで、燻っていた迷いがはっきりした。
「元々、いつかは出ていくつもりだったんです。何だかんだで長居しちゃいましたけど」
僻地の貧しい村の生活は、しかしこの上なく暖かく、居心地が良かった。頼りにされるのが嬉しくて誇らしくて、ついつい居続けてしまった。
それを思えば、いい機会だとは思う──ただ出ていくだけならば。
「私は、いわゆる〝お尋ね者〟ですからね。ラヴィを一緒に連れて行くとなると……」
悩みの大本は、そこである。居心地の良い平穏で忘れかけていたが、村を出ればいずれは見つかり、気の休まらない逃亡生活が始まってしまう。
「今のラヴィは、確かに腕っぷしは強いです。でも、あの子にそんな生活をさせるなんて」
コウセイを抱く腕に、思わず力がこもる。
危険なのは餓獣だけでなく、人類も同じ──否、もしかしたら人類の方がよほど恐ろしい生き物かもしれない。
「……×××、×××××」
コウセイの異星語が発せられると、二人の周囲木の静止画像が表示される。それは並木道であったり、一本の巨木であったりと形はさまざまであったが、見たところ同じか近似の種類の木であるらしい。
「春になると、こうナル」
画像が切り替わり、緑の葉に覆われていた枝が、純白や薄紅、濃紅の花弁に覆われていた。
「オレの、故郷にアル木……〝サクラ〟って名前」
「あら……」
偶然なのだろう。この星において〝サクラ〟は、花や木の名前ではない。
「場所や気候、種類にもよるケド、冬を越えて春になった数日間、花を咲かセル。そして、故郷はもうすぐ春になる」
「……それで?」
「毎年、オレの家族は花見を、ヤル。オマエ達も、一緒にやらなイカ?」
コウセイが何を言おうとしているのか、この期に及んで分からないほど、サクラは鈍くはなかった。
自分の家族に加わらないか──コウセイは、そういう話を持ちかけているのだ。
「成功するか、分から、ナイ。これから、ドウスルか、考エル一つに、すればイイ」
心が揺れるどころではない。理屈の上でも、心情的にも、実に魅力的であった。だが、素直に頷くには、どうしても引っ掛かる事があった。
「じゃあ、考えるための要素として聞きますけど」
「何?」
「一緒に行ったら、角が立つんじゃないんですか? 貴方を待っている誰かさん、あるいは誰かさん達に」
「……」
言葉を詰まらせるコウセイ。サクラは、更に続ける。
「どんな人達なんですか? 貴方の言う、〝宇宙級〟の美少女とか美女っていうのは?」
コウセイから答えは返ってこない。
サクラは、更に腕に力を込めていく。
「ねえ、コウセイ」
少しずつ、じわり、じわり、と。腕だけではなく、様々な箇所を使って締め上げる。
「じっくり、たっぷり、聞かせてもらいましょうか~? 私が、あまり気の長い性格じゃないってことは、貴方も知ってますよねぇ? それともっ!」
コウセイを抱き締めたまま、倒れ込む。
体重と膂力の差を大いに利用して、コウセイを押えつける。
衝動ではなく、純然たる自分の意思で。
「それとも……逆に忘れさせた方が良いですか?」
組み敷かれたコウセイは、呆れるような嘆息を吐き出し、獰猛な笑みを浮かべて見せ、
「やってミロ……」
それは次第に、獰猛な笑みを変わっていく。
「サッキ、破ったばかりのガキが、やれルモンなら」
「言いましたね? さっきまで真っ青になってたくせにっ!」
『お話中失礼します』
二人の間に割り込む形で、マオシスの通信画面が現れた。
「え、あ、い……?」
この瞬間、サクラの頭が急激に冷え込み、比例して高速回転し、状況と意味を理解し、
「──ぴぎゅぁああああああああっ?」
フィルが見たら死ぬほど軽蔑するであろう悲鳴を上げながら、サクラは仰向けのコウセイを置き去りにして跳ね起きた──それこそ、天井に背中をぶつける勢いで。
「スゴイ、跳び方、ダ」
さも感心したように頷きながら、コウセイはいそいそと服を着込み始めていた。




