3-7:そういう相手がいるんですね……?
というわけで──サクラは勢いで山道を駆け上り、遺跡の通路を駆け抜ける。今は全ての隔壁が開け放たれれている状態なため、以前来た時のような複雑な道を通る必要は無く、ほぼ一本道で制御室までやってこれた。
「別に、そういうんじゃなくてですね……」
そこまで来て、今更のように足踏みしていた。
「……だから……仕方なくですね~……私が……」
何度もその場を往復しながら、ブツブツと使うべき言葉を選んでいく。
「よしっ」
ようやく最後の決心をすると、操作盤に触れて扉を開け、
「たのもぉーっ!」
フィルあたりが見たら、目を覆いそうな啖呵でもって、制御室に突入し、
「コウセイ、神妙に……あら?」
コウセイの姿は無かったものだから、思い切り拍子抜けした。
「え、え~っと……」
改めて、目を凝らして制御室を見渡してみるが、駆動音と光を放ついくつもの機械が立ち並ぶばかりで、コウセイの姿は見つからない。
「どこに行ったんですかまったくもう……っ」
勢い込んで突入したのが何だか凄く恥ずかしくなったので、誰にともなくぼやきながら部屋の中を歩き回る。
「フィルってば、今の時間なら制御室で休んでるなんていい加減なこ、と……」
つま先が何かに当たった──ヒトの頭だった。
「え、ちょっ?」
コウセイだった──見慣れた村人の服ではなく、初めて会った時以来見ることが無かったあの装甲姿で、うつ伏せに倒れていた。
「コウセイ、ちょっとっ!」
呼んでも返事は無い──まるで、死んでいるように。
「生きてますかっ? 死んでるんですかっ?」
駆け寄って抱き起しながら、怒鳴りつける勢いで呼びかける。
「……ん~」
それで、ようやくコウセイは目を開けた。
『あ~、お疲れサン』
半ば寝ぼけたような労いを口にしながら、コウセイはのっそりと身を起こすと、ふらふらとした足取りで立ち上がった。頭殻を挟んでいるせいか、余計に声がくぐもって聞こえる。
「ちょっと……本当に大丈夫、なんですか?」
『少し、遅れテル』
コウセイは、小さく舌打ちしながら、装甲を解除──液体用のように背中に集まり、顔が露わになる。
「ちょっと怠け、過ギタ……調子に乗っテ、マオシスやスイキョウに任せ、過ギタ」
「……作業はほとんど終わって、あとは細かい調整だけだって聞いてましたけど?」
「細かい調整……ソレガ、一番大変」
「そういうものですか……そういえば、スイキョウはどうしたんですか? 見た感じじゃ、ここにはいないみたいですけど」
「ソッチも、最後の調整で星の、外に……マオシス」
『説明を補完します』
すかさず中空に投影される、マオシスの通話画面。
『現在衛星軌道上にて、転移先に最適な目標宙域の最終確認を行っております』
「最適な宙域? 直接故郷の星に行くわけじゃないんですか?」
『その案の実行は、当初から却下されました。極めて困難且つ危険な行為なため』
「ちなみに、どれくらい困難で危険なんですか?」
『何の装備も無く海に飛び込み、一万ヌーラの深海底にまで潜航し、小指の爪程度の小さな宝石を発見して帰還し』
「あ~うん、わかりましたもういいですはい」
サクラは頭を抱えながら、マオシスの例え話を遮った。要するに、絶対に死ぬということだ。
「それで、コウセイは……て、まだ続けるんですか?」
コウセイは、いつの間にやら機器の一つの前に立って、操作盤に指を走らせていた。
「作業は、遅れテル。さっき、言ったダロ」
「いくら何でも、もっと休んだ方が」
「全然、大丈夫」
「には見えませんけどねっ」
サクラは一瞬で急迫し、横合いからコウセイの顔めがけて、拳を突き出す。
しかし、コウセイが僅かに身を逸らしたことで、拳は空を切るだけとなった──そのはずだった。
「元気な貴方なら、こんなの掠りもしませんよ」
コウセイの鼻先から滲んだ小さな赤い滴を、サクラは突き出した拳で拭ってやる。
「今は、ここまでにしておきしなさい……でないと」
サクラは月路に蒼月精を走らせ、掲げた手に稲妻を集める。
「大放電、ぶちかましますよ?」
「……分かっタ」
コウセイは、諦めたように腰を下ろす。
「よろしい」
サクラは、集めた稲妻を霧散させ、しかし安心はしない。
「それじゃ、場所を変えますよ。ここにいたら、落ち着いて休めもしませんから」
すかさずコウセイの体を引っ掴み、正面に抱え上げた──おとぎ話で、王子様がお姫様にするように。
違うのは、男女の配役が逆になっているということ。
「ちょ、オイ」
コウセイもさすがにこの構図は恥ずかしいのか、身をよじって逃げようとするが、こうなっては単純に膂力の強いサクラの方に圧倒的に分があった。
「ほほ~う、そんなに喜んでくれますか。そう言えば貴方、大好きでしたよね~大きなお胸が~」
それはもう、サクラは意地の悪い笑みを浮かべた。
無駄に育って甚だ邪魔だと思っていた部位が、こんな形で役に立つとは何が起こるか分からない──などと、妙に悟ったような気分で、サクラは駆け出した。
*****
配役のおかしい王子様お姫様ごっこは、コウセイが寝床に使っている船の居室に着くまでの数分で終わってしまった。
「それデ、何の用?」
寝台に放られたコウセイは、不機嫌を隠さずに言った。
「こんな時間にワザワザ山を登ってヤッテ来たんだから、トテモ大事な話だとは思うケド?」
それはもう刺々しい態度に、サクラもさすがにいい気でいられるはずもなく、
「色んな意味で言葉が通じるようになったのは良いですけど……こんな妙齢の美女と部屋で二人きりなんですから、何と言いますか、その、年頃の男として少しは喜んでも良いんじゃないんですか?」
「……妙齢の、美女~?」
コウセイはサクラの体を上から下まで、それはもう見るからに、疑問疑念を体現したかのような目で、細部漏らさずたっぷり数十秒かけて観察し、
「……せめて美少女にしトケ」
などと、鼻で笑われた。激しく負けた気がした。
「あ、貴方ねぇ……っ」
やはりコウセイは、元から口の悪い皮肉屋らしい。思えば、やけにフィルとは気が合うところがあった。
特に、サクラをおちょくる時とか。
「……一応、〝美〟の部分は認めているということですか?」
沸騰しかけるも、どうにか突っ込みどころを見つけて、悪戯っぽく指摘してみる。しかし、コウセイはあっさりと頷き、
「俺の故郷デモ、お前くらいのヤツは、そうはイナイ」
「〝そうは〟ということは、私より綺麗な、美少女とか美女とかがいるんですね?」
「当然。宇宙は、トテモ広いんだ」
口の悪い皮肉屋のくせに、何かを評価する時のコウセイは、良くも悪くも誠実であり正直である。言い様こそわざとらしく偉そうだったが、本当なのだろう。
つまり、自分より美しい女を知っている──自分じゃない、女を。
「……っ」
じくりとした嫌な痛みが、サクラの内側に走る。
痛みはじわりと──瞬く間に思考を侵食し、
「ねえ、コウセイ」
サクラはコウセイを寝台に押し倒し、押しつぶさないように加減しつつも、重量差と膂力で抑え込む。
「……何ダよ?」
いきなり組み伏せられて、しかしコウセイは冷静なまま、真っ直ぐにサクラを見据える。それでようやく、サクラは自身の行動と状況に気づいた。
「え、あ、いえその」
錯乱しかけて、未だ燻っている痛みが、それを抑え込んだ。
「わかりました。ええ、分かりました。よ~く分かりました」
あるいは──錯乱するあまり、〝冷静〟を放棄したというべきかもしれない。
「覚悟しなさい、コウセイっ!」
いずれにせよ、サクラは止まれなかったし、止まる気など欠片も無かった。




