3-6:自分のこれからを考えなきゃいけない
放っておくわけにもいかず、かといって起こすのも気が引けた。なので、サクラは仕方なしにストリフを肩に担いで家のまで運んでやった。
「やれやれ、どこに行ってたと思ったら……だから飲みすぎじゃというのに」
と、出迎えた村長は呆れ顔で言うが、こちらはこちらで、見るからにだいぶ飲んでそうな、真っ赤な顔であった。
「全くしょうがない奴じゃの~。大して強いわけでもあるまいて」
「そう思うなら止めなさい。仮にもストリフの父親で、おまけに可愛い孫までいるんですから……お邪魔します」
サクラは、ストリフを担いで部屋に運んでやり、寝台に寝かせてやった。隣の寝台で、手足を大きく広げてぐっすり眠っている、ラヴィーネの寝顔も拝みつつ。
「すまんの~サクラ。ついでにそのエエ乳を揉ませとくれんかの~」
と、村長はサクラの胸に手を伸ばすが、
「貴方も飲みすぎですよ、村長」
と、サクラは見向きもせずに、村長の手を叩き落とした。
「年も年なんですから、無茶な飲み食いは控えなさい。短い老い先が、もっと短くなりますよ」
「死んだ女房みたいなこと言うでないわ。それに、ちょいと短くなったところでどうってことないじゃろう」
叩かれた手を撫でながら、村長は気の抜けた笑みを浮かべ、
「そろそろ、潮時と思っておったからのう」
一気に老け込んだ──サクラは、一瞬でもそんな印象を覚えた。
「そうじゃな……いっそのこと、お前さんがわしの跡を継いで村長にならんか、サクラよ?」
いきなりそんなことを言ってきたものだから、サクラは返す言葉に詰まった。
そんなサクラに、村長はさらに続ける。
「コウセイのおかげで、ラヴィも最近はそれはそれは頑張ってるし。でなければ、そうじゃのう……ストリフの嫁になってくれんか? ラヴィもお前には懐いとるし……いや、待てよ……そうじゃ、コウセイに継がせれば、あのデカブツも一緒に」
「ちょ、本当に飲みすぎですよっ! 頭を冷やしなさい飲んだくれの耄碌ジジイっ!」
さすがにコウセイの名が出ては聞き逃せない。
サクラは、どんどん想像を膨らませる村長の頭を引っぱたくが、
「どうなることかと思っておったが頼れる若いモンだらけじゃったわほっほっほ~この村は安泰じゃ~」
むしろかえって悪化したらしく、目を回したままあらぬ方向に向けて何かを喋り始める。
「あ~もうっ!」
サクラは、ストリフと同様軽々と担ぎ上げ、奥に部屋まで運び込み、寝台に放り投げた。
「お~ついに生まれたか~サクラそっくりの美人じゃ~」
その間にも、耄碌泥酔ジジイの想像は暴走し続ける──当のサクラの事は、完全に置き去りにして。
サクラは早々に諦め、早足に酔っ払いどもの家から脱出した。
*****
「お帰りなさいませ」
自宅まで戻ってくると、無表情のフィルが姿勢正しく出迎えた。
「……とっくに寝てると思ってましたよ。『主よりも先に休むべきでない』なんて、殊勝な性格じゃないでしょう、貴方は?」
「表でああも騒がれては、私めといたしましても、眠れるものも眠れぬ故」
フィルは淡々と、刺々しく言った。
「しかも……あのサクラ様が、あのストリフ殿と、何とも実のある話をしておられるます。安眠を阻害された甲斐はあったと喜ばしい反面、明日には季節外れの大雪が降るやもという心配で、私の胸中は実に複雑な心情で」
「貴方の複雑な心情は、とりあえずその辺に置いてときなさい」
色々と突っ込んでやりたいが、本題があるのでここは我慢した。
「それよりも……貴方の事ですから、ストリフだけじゃなくて、村長の話も聞いていたでしょう。どう思いました?」
「ストリフ殿の言い分は、多分に荒削りではありますが、現実的で正鵠かと。村長様の言は泥酔ゆえの戯言でしょうが、故にこその真意かと」
「でしょうね……」
予想通りのフィルの答えに、サクラは大きく息を吐き出す。
ストリフが語った〝村の今後〟は正しい──このサルベルの未来は、お世辞にも明るいとは言えない。
村人は僅か二五人──その半数近くが、それなりに高齢ばかり。ストリフが率いる自警団にしても、〝若い〟と呼ぶ年齢は、とうに過ぎている。
これは、自給自足が完全に成り立つ──悪く言えば、とても閉塞的な集落特有の弊害と言っても良い。
畑仕事にせよ、海に出ての漁にせよ、山に入っての狩りにせよ──生活を維持する力は、確実に衰えており、それは今も進んでいる。
「それを考えれば、村長の言ってる事も酔っ払いの出任せってわけじゃないんでしょうけど」
コウセイやサクラという、大きな力を持つ若者にこの村を守り続けてほしいと。
だがそれは──自分たちの力だけでは、この村を守っていけないということ。
それは、信頼ではなく依存──平穏や平和ではなく、ただの停滞。
即ち──緩やかな滅びである。
「サクラ様、よもやとは思いますが」
「それこそ、〝よもや〟です……ここの〝村長〟をやるつもりなんて、さらさらありません」
仮になったとしても同じこと──この村には、未来が無い。
だからといって、それをただ黙って見過ごすほど、サクラは恩知らずではないし、薄情にもなれなかった。
「……これから、ですか……」
改めて考えてみるが、すぐに答えが出るはずも無く、空回りをするばかり。
「あ~もうっ!」
考えたら、余計に空回りする頭に、苛立ったサクラは剣を抜き、
「フィル。少し付き合いなさい。こんなんじゃ、本当に今夜は眠れません」
「謹んでお断りさせていただきます」
「は?」
勢い込んで言ったものだから、即答で断られるとは思っていなかった。間抜けな顔で呆けるサクラを、フィルは呆れたようにため息を一つ。
「この状況で騒がれるのは、いかがなものかと」
「あ」
サクラは、改めて周囲──村のほうに目を向ける。
村は既に、すっかり寝静まっていた。明かりが点いたままの家もあるが、騒ぎ疲れてそのまま寝てしまったというところか。
さすがにこんな中で派手に動き回るほど、我が強いつもりは無い。サクラは、仕方なしに剣を納める。
とはいえ、なまじ勢い込んでいたこともあり、気持ちは納まるどころか、むしろ行き場を無くして膨れる一方。
「う~」
「どうしても暴れたいと仰るならば、そうですね……」
煩悶するサクラに、フィルはわざとらしく考え込むようなそぶりを見せ、
「ここは、コウセイ殿にお手合わせを申し出ては? 遺跡の中ならば、周りに迷惑をかけるようなことにはならないでしょう……たとえ、変な大声や物音をたてたとしても」
「……何が言いたいんです?」
「ストリフ殿の言を少々借りるならば……例え一晩中サカったとしても、問題はないということでございます」
無表情のまま、ストリフみたいなキワどいことを言ってきた。
「あ、貴方ねぇ」
「よろしいのですか?」
サクラの文句を遮るように、フィルの無表情が迫ってきた。
「このままでは、コウセイ殿に勝ち逃げされることは確実かと」
「そ、それとこれとは」
「サクラ様」
フィルの顔は、鼻先まで迫っていた。
「本当に、このままで、よろしいのですか? 本当に?」
「そ、それは……」
思わず目を逸らす──逸らしてしまった。
そんなサクラに、フィルは小さく嘆息しながら離れ、
「無論、サクラ様にそのお気持ちがあられないならば、致し方ありません……この機会は、私めに譲っていただきましょう」
「はぁっ?」
「私めと致しましては、このままで済ませるなど、毛頭ございません故」
フィルは山道へ向き直り、足早に歩き出し、
「待ちなさい」
その肩を、サクラは掴んだ。
「如何なさいましたか?」
「いえ、その……負けっぱなしが癪なだけというか……」
「……サクラ様?」
「べ、別にサカるとかそういうんじゃなくて……ちょっと話をしに行くだけなんですからねっ!」
「左様ございますか……ちなみに、先ほどお問い合わせしたところ、今日はまだ作業が終わらないので制御室にお泊りになるとのことでございます」
「問い合わせって……」
「例の実験でお借りした通信機が、まだ手元にあったので……ああ、丁度いいので、サクラ様がお持ちの物と一緒にお返し願いします」
と、フィルは耳に嵌めていた通信機を外して放ってきたものだから、サクラはそれを反射的に受け取ってしまった。
「では、おやすみなさいませ。そして、良き一夜を」
フィルは、恭しく頭を下げながら素早く家の中に入り、更には鍵までかけてしまった。
「なお、朝まで鍵は開かないので悪しからず」
「うっさいわっ!」
扉越しのフィルの無表情な声に思わず怒鳴りつけると、サクラは真っ赤な顔で駆けだした。




