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1-2:細かいことは苦手です

 サクラは、まずは二つに割れた皿をくっつける──その手に、緋い光跡が幾筋も走っていき、触れた場所を中心に茶碗全体に広がっていく。

 月精術(ルナイト)──月民(ルナ)と呼ばれる人類が、天に浮かぶ四つの月から降り注ぐ月精(ルーン)を取り込み、全身を巡る〝月路(ヴィセル)〟で循環させて事象を操る万能の力。

 緋月精が司るのは物質──分子結合に干渉することで、強度や硬度、状態も自在に変化させ、果ては物質そのものを変質させる。

 サクラの意志を受けた緋い光は、分かれていた皿を元通りの姿に甦らせた──その筈だったが、

「あ、あら?」

 その場に置いた途端、軋むような音を立てて再び二つに割れた。

「サクラ様……?」

 フィルが突き刺してきたのは、それはもう呆れ果てたと言わんばかりの冷たい視線。

「……し、仕方ないでしょう! 私は元々、緋月精は得意じゃないんですからっ」

 〝事象を操る万能の力〟とは言っても、強弱や精度、各月精との相性、得手不得手──実際にもたらされる効果は、術者によって大きく異なってくるのが、月精術である。

「……まあ、それは否定致しませんが」

 フィルは、修復に失敗した皿を手に取ると、サクラと同じ要領で緋月精を施術する。

「サクラ様の場合は、それ以前の問題でございます」

 言ってる間に、緋の光が割れた部分を瞬く間に癒着させる。

「不得手だ苦手だとは申されますが、それでもサクラ様の術は私などよりも強力なはず」

 やがて術を解除し、フィルはサクラと同じ動きで皿を置いて見せるが、今度は割れなかった。繋いだ部分には、小さな亀裂の一つすら見受けられない。

「それでも失敗するのは、そもそもの術の構築が、大雑把でいい加減に過ぎないのでございます……これまでも似たような諫言を申し上げたはずです。それはもう、幾度となく」

「く……」

 冷たく厳しいフィルの正論に、サクラは返す言葉も無く呻くのみ。苦し紛れに、フィルの修復した皿を手にとって軽く小突いてみるが、ビクともしない。気のせいか、壊れる前よりも頑丈になっている気がする。

「ふむ……これは、もしかしたらこの上ない機会かもしれません」

 と、フィルは割れた食器の山を指さし、

「サクラ様、細かい選別は私めが行います故、緋月精の施術をこれらの修復を行いませ」

「えぇ~?」

「繊細さや精密さを、しっかりと学ばれませ。修復が終わるまでは、お食事は一切抜きでございます」

「うぇ~」

「お下品に喚く暇に、疾く行動を。時間の使い方は有意義に」

 更には容赦なく急き立てられ、仕方なくサクラは壊れた食器の山に手を伸ばし、

「お~いサクラ~! いるか~?」

 玄関から聞こえてきたのは、乱暴な濁声──しかし、この時ばかりは美声に聞こえた。

「はいは~い!」

 サクラは大喜びでそちらに向かった──フィルの呆れを隠さない嘆息を、聞かなかったことにしつつ。


*****


「よう、相変わらずオボコい面でデカい乳揺らしてんな~たまには揉ませろよな~」

 サクラが顔を出すなり、見るからに粗暴な男──ストリフ・クラーゼは、見た目通りの粗暴で下品な挨拶をしてきた。

「そっちこそ、相変わらずの粗野で下品っぷりで結構なことですね~」

 なので、サクラは刺々しさを隠さずに出迎えてやった──面倒な作業から逃げるためとはいえ、薄手の部屋着姿で出たのを少しばかり後悔しつつ。

「でも、小さな娘の前なんだから、もう少し弁えた方が良いと思いますけど……一応父親なんですから」

 と、サクラはストリフの横に目を向ける。

「オトコも知らねえオボコが、〝父親〟を語ってんじゃねえや」

 サクラの指摘に粗暴に言い返しストリフだが、下卑た顔はバツが悪そうな色に変わり、視線は嫌でも隣に向いていた。

 そんなストリフに、サクラは吹き出すのを堪えつつ、目線を合わせるために身を屈める。

「だいぶ絞られた……というか、叩きのめされたみたいですね、ラヴィ?」

 ラヴィと呼ばれたその娘──ラヴィーネ・クラーゼは、見るからに大泣きした後と言わんばかりの顔に不貞腐れた色を浮かべる。

「……違うもん、ラヴィのせいじゃないもん……なのに父ちゃんが~」

 強烈な拳骨を食らったのは、頭にこさえられた大きなコブを見れば明らかだ。

 ここ十数年においては唯一新しく生まれた子供ということもあり、ストリフや村長はもちろん、村の皆から可愛がられ、サクラにとっても可愛い妹分なのだが、今回ばかりはストリフも甘い顔は出来なかったようだ。

「泣きてぇのはこっちだっつの……」

 一方のストリフも、ぼやきを漏らしながら、まだ赤みを残す手を煩わしそうに振りたくる。

「この石頭は誰に似たんだっつのったくよ~」

 ぼやきつつ顔を緩ませているものだから、サクラは吹き出すのを堪え、

「鏡を見れば分かりますよ」

「? どういう意味だ?」

「言葉通りの意味です……それで、拳骨を落としたらどんな話が出てきたんです?」

「予想通りだ。色々といじってたら、ああなった(・・・・・)んだと」

 ああなった──ストリフが後ろ手に指さしたのは、村の裏山の頂上。そこには、丸みを帯びた巨大な構造物が、こちらを見下ろしている。

 ラヴィーネが遊び場にしていることは村の皆が知っており、今日も朝から遊びに出かけていた。しかも、地震が収まってからしばらくして、山の方から帰って来たのだから、無関係と考える方が無理である。

「……ラヴィが悪いんじゃないもんっ! ちょっと触っただけだもんっ! そしたらスゴくビカビカ~ってなってさ、とてもグラグラ~ってなってさ、そしたらデッカイ人がドカ~ンと出てきて~」

「つうわけで、だ」

 ストリフは、ラヴィーネの涙声を遮って、その背中をサクラの方に向けて押し出した。

「村で一番、頑丈で強い(・・・・・)お前がとっとと調べて来いと、村長(親父)からのお達しだ……言っとくが、案内が必要だっつうから預けるがな、コイツに傷の一つでも付けたら」

「そんな睨まなくても分かってますってば。ちょっと待っててください」

 サクラは家の中に取って返すと、椅子に放っていた上着を着込んで、壁にかけていた二振りの剣を腰に帯びる。そんなサクラに、奥からやって来たフィルが声をかけた。

「サクラ様。こちらの作業が一段落つき次第、私も駆け付けます故」

「決して無茶はされませぬよう、でしょ? それも、ちゃんと分かってますってば」

「分かっておられるか怪しいから、申し上げているのです」

「はいはい……貴方こそ、家の方はお願いしますね~」

 投げやりに言いながら、サクラは家を出た。

「それじゃ、案内お願いしますよ、ラヴィ」

「はぁ~い」

 不貞腐れた顔のまま、ラヴィは裏山に向けて歩き出し、サクラもそれに続いた。

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