3-4:酔いどれのこれまでの話
久々の、しかもファンバー以上の大物に、村を挙げての大宴会──ということにはならず、結局はファンバーの時と同様、半分以上は保存加工に回すことになり、あとは各々でごちそうにするという話になった。
おかげで、各家からはご機嫌な声が響いてくる。何やら割れたり打ち据えるような音も聞こえてくるが、まあ許容範囲だろう。
今なら、多少物音をたてても文句は言われまい──サクラは表に出て、両腰の剣を構えた。
「……」
まずは大きく深呼吸。
じわりとした冷たさを覚える空気で雑念を払い、感覚を鋭く研ぎ澄ませ、手にした剣を確かめ、そして意識を刃に浸透させる。
まずは右、直後に左の剣を翻す。研ぎ澄まされた感覚によって繰り出された剣閃は鋭い──故に、至高との差異を否応なく浮き彫りにさせる。
それを逃さず、更に修正し、更新し、次の右の袈裟切りをより鋭い閃きを生み、それに引かれて感覚も更に研ぎ澄まされ──好循環で心身共に充足していくサクラは、間合いに入る全てを切り刻む旋風と化した。
そして次──右の剣の切り返しの勢いで左の剣と連結して双刃剣に切り替え、横薙ぎの動きを起点に一つ一つの動きで差異を見出し、修正し、更新。刃が閃くたびに、鋭さを増していき、間合いに入る全てを呑み込む大渦と化した。
「ふっ!」
そして最後に、鋭い呼気と共に肩の高さで突き出し、静止──前後の切っ先と腕は水平、そして地面と完全に平行だった。
たっぷり十秒数えてから、ゆっくりと息を吐き出し、
「……酒の肴にする程、安い剣を振るってるつもりはないんですけど?」
畑の縁に、剣の切っ先を向けてやる。見るからに、だいぶ呑んだと言わんばかりの赤い顔したストリフが腰を下ろしていた。
「そんだけ派手に振り回して、安いも高いも無えだろ~」
明らかに呂律が回っておらず、喋るたびに酒臭い息が漂ってくる。相当デキあがってるらしい。
「先に言っときますけど、夜這いなら力ずくでお断りですよ。ましてや、酒の臭いをプンプンさせてる男なんて」
「あ~それも悪くねえけどよ~」
と、赤らんだ顔のストリフは、値踏みするようにサクラの体を上から下まで眺めると、サクラの胸を指さし、
「そのデカいブツはともかく、あと十年くらい年食ってからだな。でなきゃ、そのオボコい面を隠してくれや」
と、小馬鹿にしたように鼻で笑い、ふと思い出したように、
「お前こそ、サカるなら……そうだなぁ、コウセイんとこに行きゃいいんじゃね?」
「サカっ……ていうか、どうしてそこでコウセイがっ?」
「お前も分かりやすい奴だよなぁ」
何やら微笑ましい目を向けてくるストリフだった。この様子では、確かに如何わしい目的ではなさそうだ。
しかし、
「……それで、何の用ですか?」
不本意極まりないストリフの言い様に、サクラは不機嫌を隠さずに訊ねた。
「わざわざそんなことを言うために来たとか言ったら、黒焦げは覚悟しなさい」
と、サクラは月路に蒼月精を通して見せた。もちろん半分以上は脅しであり、せいぜい火傷程度で勘弁してやるつもりだ。
「別にお前に用は無えっつってんだろ。酔い覚ましに散歩してたら、お前が剣を振り回してただけだ……しかしお前、いつもより凄えぶん回しっぷりだったな」
「振り回すとかぶん回しとかって言い方は気に入りませんけど……〝いつもより凄い〟って、貴方にそんなことが分かるんですか?」
「戦技だの剣術だのってのはよく分からんが……今までのが〝ただの振り回し〟だったって思えるくらい、今のが気合たっぷりってことくれえはな」
「……」
戦技や剣をろくに知らないストリフに指摘されるのは癪だが、かといって言い返す気になれなかった。
実戦で否応なく研ぎ澄まされることはあっても、鍛錬で意識的に研ぎ澄ませたことは、ここ最近では記憶に無い。今思えば、これまでがどれだけ気を抜いた〝流れ作業〟だったかがよく分かる。
型通りの動きを一通りこなしただけだが、疲労感と充足感がいつもの比ではない。今までこなしていたのが、鍛錬とは名ばかりの、流れ作業になっていたことが、嫌でもよく分かった。
「ひょっとしてアレか……ラヴィに鼻っ柱を折られて慌てたか?」
「そりゃそうですよ」
からかう様に言うストリフに、サクラは苦笑を浮かべて頷いた。
『怠けタラ、オマエもスグに追い抜くカモ?』
先のコウセイの話が頭に過る。楽しみだなどと、どうにか言い返したものの、我ながら見え透いた強がりだと思う。
「そう、か……」
思わぬ反応だったらしく、ストリフは拍子抜けしたように肩をすくめる。それが、不意にらしからぬ思案顔になり、
「なあ……ウチの村が若い奴らを交易船に乗せて余所の町に出稼ぎに行かせてたって話、お前は知ってるか?」
「ラヴィが生まれる少し前、の話でしたっけ? 若い人がいなくなったから、ここ十年以上は絶えてたって聞いてましたけど」
「若えのがいなくなった……つうより、そのまま帰ってこねえ奴が必ずいたんだよ。あっちで嫁さん出来たとか、仕事が上手くいったとか、騙されて売り飛ばされたとか」
「それって」
分かりやすい話だ、とサクラは思う。
この村は、とても平和で──とても退屈だ。
ストリフに限らず血気盛んな若者なら、刺激の多い場所に居続けたいと思うのは、無理もないだろう。
「まあ、そんなわけで……それじゃマズいってなって、この村は出稼ぎを止めちまったわけだ。おかげでこの有様だがな」
この有様──出稼ぎという、外との大きな繋がりを断った事が、逆に村の衰退を招いてしまった。
「白状するとさ、俺もあっちに残りたいくらいだったぜ。次の村長になるんじゃなかったらなぁ」
〝白状〟というよりは独白──いや、愚痴だった。
そんなモノを思わず口にするくらいだから、ストリフにも多少の未練や後悔があるらしい。
「あん時ゃ、ラヴィを連れて帰って来れただけでもって思ってたけどさ、失敗だったかもな。今更だとは思うがよ~」
言いながら笑うストリフに合わせて笑おうとして、サクラはふと引っ掛かった。
「……連れて帰ってきた? ラヴィは、あっちの生まれなんですか?」
「何だお前、知らんかったんか。あいつは、俺達が出稼ぎに行ってた町で生まれたんだ。まあ、母親は俺と一緒に出稼ぎに出た〝若い奴〟の一人だけどな」
ややこしい話である。しかし、そうなると、気になる事がある。
「ラヴィの母は病気で死んだって聞いてましたけど、もしかして」
「知らねえよ」
生きているのか──サクラの問いを遮る様に、ストリフは吐き捨てた。
「メスの顔で、面構えのイイ男とぴったりくっついて安宿に入って……後は、それきりだったからな」
「それって」
その先の言葉を、サクラは呑みこむ。
ストリフの目が、いつの間にか暗く淀み、ここには無いどこかに向いていたから。
「そん時ぁ、さすがに何かの間違いと思ったさ。仕事の後で疲れてたしな。けどな……真っ暗な部屋で、掠れた声で泣いてるラヴィを見た時は、さすがにキツかったなぁ……」
掠れた声──泣き声が掠れるほど、泣き続けていたということ。
それだけ長い間、放置されていたということ。
「……生々しいですね」
サクラは嫌悪を隠さずに吐き捨てるが、とても現実的だとも思った。
その男と一緒になるためか、あるいは退屈で窮屈な故郷に戻りたくないがためか──いずれにせよ、旦那も娘も邪魔でしかない。
「ちなみに、その事をラヴィは」
「ラヴィどころか、村の連中も知らねえよ。あっちで病気にやられたって事にしてるからな。案外、今頃は本当にそうなってたりしてな~」
白々しく笑って見せ、しかしすぐにつまらなそうに鼻を鳴らし、
「……あ~何だ……確かに飲み過ぎたみたいだな。お前なんぞにいらねえことをペラペラと……」
ぼやく勢いで立ち上がると、ストリフは体を大きく伸ばしながら、大きく息を吐き出し、
「それで、お前らは?」
「? 何の事です?」
「これからどうすんだって話さ。お前だって、この前言ってたろ……ここは、よっぽどの暇人でもなけりゃどうこうする気も起きない僻地だってさ」
「それは……」
まさか、覚えていたとは。その場の勢いで言っただけのつもりだったから、半ば忘れていた。
「こんな僻地に死ぬまで住み続けるつもりなんざ、無えんだろ」
「……っ」
サクラは答えあぐねる。そんなサクラに、ストリフはさらに続ける。
「だからよ、その、何だな」
否──続けようとして、しかしストリフは、珍しく言葉を選ぼうとしているのか、ぶつくさと無意味なことを繰り返すが、
「あ~もう面倒くせぇ……つまり、あれだっ!」
結局諦めたらしく、吐き捨てる勢いで一気に告げた。
「お前ら、この村を出ていけ。ラヴィと一緒にな」




