3-1:実験……?
山に入ったサクラは、山道から外れた茂みの中に入り、しばらくしたところで懐から取り出したのは、子供の手に乗せても余る程に小さく、細長い棒を婉曲させたような形の機械。
その形に合わせて耳の裏に嵌めると、
『通信回線接続……サクラ・ソーディス、応答を』
マオシスの声と共に、通信画面がサクラの目の前に現れる。
「感度良好、聞こえてますよ……術でもないのに、この直接頭に響いてくるのは、まだ慣れませんけど」
曰く──小型多用途通信機で、接触した部位から直接脳に映像や音声を伝えるらしい。細かい仕組みはよく分からないが、これもまた異星の超文明なのだろう。
『それでは、本日の実験を開始します。まずは通常態から始めます』
「どうぞ」
『3、2、1、開始』
「一二六、三四二、一二一、二三一」
マオシスの宣言で、通話画面に二桁から三桁の簡単な四則計算式が投影され、サクラが答えると即座に次の問題が表示され──それを、しばらく繰り返す。
『一分経過、終了します。続いて、月煌化状態の実験を開始します』
「ええ」
サクラは炉心駆動を臨界突破──蒼の閃光と奔流が、周りの枝葉を激しく揺さぶった。
『月煌化を確認。3、2、1、開始』
「六四八、一五四、二三七六」
再び次々に表示される計算式を、次々に答えていく──しかし、
「二五六……四三二……九一一……」
開始から二十秒足らずで、急に滞り始める。
「はっぴゃくはち、じゅう、じゃなくて、え~っと……」
『一分経過。終了します』
「あ」
マオシスの無情な終了宣言に、出かかった答えは無意味になった。
「……八九六」
意地で最後の答えを出しながら、サクラは月煌化を解いた。消えていく蒼の輝きが、やけに儚い。
『今回で実験の全てを終了といたします。ご協力、ありがとうございました』
「どういたしまして……それにしても、結局何の実験だったんですか?」
ここ数日、サクラを始めサルベル村の面々は、コウセイに頼まれて実験と称した計算問題をこなしていた。特にサクラなど、平常時と月煌化時とに分けて数回繰り返した。
『この星の人類種の、能力や特性等の把握の一環です。なお、今回の成績がこちらになります』
目の前に表示される、今回の回答数と正答率──目にした瞬間、サクラは肩を落とす。
「こんな場所にコソコソと隠れて、月煌化までして何をなさっておられるのかと思いきや……」
背後から聞こえる、何とも物悲しいフィルの嘆息。
「べ、別にコソコソ隠れてるわけじゃ……」
「月煌化の閃光と衝撃で、村の方々を驚かせないため……というのは、先刻承知でございます。しかしながら」
フィルは、投影されたままのサクラの成績を改めて確かめ、
「まさに目も当てられぬ結果でございます……それを思えば、結果的にはコソコソして正解やもしれません」
「さ、さっきまでは上手くいってたんですよ!」
「言い訳にしても、何とまあ典型的で苦しいかと……マオシス殿、本日の私めの成績をお見せくださいませ」
『了解』
サルベル村の答案が、整然と並んで表示される──しかも、成績順で。
そしてサクラは最下位──解答数も正答率も、比較するのも愚かしいほどの差で。
「……さすがに弁解の余地もない、惨憺たる有様かと」
「く……っ」
もはや憐れみすら込められたフィルの言葉に、サクラは返す言葉もない。
「フィルはまだしも、学の無いストリフやラヴィにまで……」
「悪かったな。学の無え田舎者でよ」
茂みの向こうから、不機嫌そうな顔のストリフがやってきた。
「一応、算数は勉強してるし、それなりに自信があるぜ……おいマオシス、俺たちの今日の成績も出せや」
『了解』
画面が切り替わり、ストリフら村人たちの成績の一覧が表示される。その解答数と正答率は、
フィル=九割強。
ラヴィーネ=七割強。
ストリフ=六割少々。
その他村人の平均=五~六割前後
サクラ=三割足らず。
「いやお前、こいつぁ……」
ストリフは、投影された成績を見比べて、一気に神妙な顔になった。
「だ、だから今日は調子悪かったんですっ!」
「にしたってこりゃぁ、酷くねえか?」
サクラの必死な言い訳も空しく、ストリフは見るに堪えないとばかりに目を逸らした。
「何ですかその哀れみの目はっ? ていうか、ストリフこそ、本業はどうだったんです? 手ぶらにしか見せませんけどっ!」
「ああ、おかげさまでな~」
と、ストリフはわざとらしく泣き真似などして見せながら、
「何せ、モノがデカくてよ~」
と、自分がやってきた茂みを指さす──ちょうど自警団が、藪をかき分けて出てきた。
大きな餓獣を引きずって。
「アリカですかっ? 凄いのを獲ってきましたね?」
体長は目算でも四ヌーラ長で、頭から生える大きな角を持つ餓獣の死骸に、サクラは目を丸くする。
草食だが非常に気性が荒く、敵とみなせば逃げるどころか襲い掛かり、その鋭く大きな角を突き付けてくる。膂力や体格、足の速さなどから、ファンバーよりも危険な餓獣であった。
もっとも──ストリフはもちろん、自警団はそれなりに熟練揃いであるから、ファンバー以上の獲物となってしまったようだが。
「俺の日頃の行いってこったな」
「ぐぅ……っ」
悲しそうな顔は一転、それはもう絵に描いたようなドヤ顔のストリフに、サクラはギリリと奥歯を噛み締める。
「私には、味方はいなんですか……なぜ私ばかりがこんな……っ」
「……サクラ様の愚にもつかない見当違いのお悩みは、この際さておいて」
その場に座り込んで膝を抱えるサクラには目もくれず、フィルは自警団らに運ばれていくアリカに目を向け、
「それにしても、アリカでございますか……この辺りの出没は、時期的に早すぎるのでは?」
アリカの主な生息地は、もっと標高の高い位置──人が立ち入りの難しい、切り立った場所である。越冬のために村の近くまで下りてくることもあるが、例年通りなら、ひと月以上は先の話だ。
「それもそうだな……けど、俺達としちゃ願ってもない獲物だからよ。ありがたく狩らせてもらったぜ」
フィルの疑問に頷きながら、ストリフは満足そうに笑って見せる。それが、急に不機嫌な色に変わり、
「ところでよ、今日はまだかかってんのか?」
ストリフは山頂の方向──遺跡に目を向けた。
「……二人の姿は見てませんから、まだですよ」
と、膝を抱えたまま、サクラは言った。
「まあ、いつも通りなら帰ってくる頃でしょうけど」
「デモ、今日はいつも通り、じゃナイ」
「~~~~~~~~~~~~~~っ!」
耳元──それこそ、息のかかる距離からの背後からの声に、サクラは悲鳴を上げて大きく飛び上がった。




