2-6:仕組みが分かれば……なんて思ったこともありました
「それでは、まずこちらを……ラヴィ様」
フィルの視線を受け、ラヴィーネは棒立ちのサクラを動かそうとする。当然ながら、力一杯に押そうが引こうが、サクラの姿勢はビクともしない。
「このように、膂力や重量の差もあり、ラヴィ様ではサクラ様を微塵も揺らがせることは出来ません。しかしながら」
サクラが前に踏み出しながら、ラヴィーネを押しこむ。その瞬間、ラヴィーネに腕を掴まれ引っ張られ、前のめりに倒れ込んだ。
「サクラ様の膂力を乗せれば、いとも容易く崩すことが可能です」
押してきたサクラを、逆に引っ張った──ラヴィーネの動きはこれだけである。
これだけで、ビクともしなかったサクラの体勢は崩れてしまった。
強靭な体を持つ煌人が、非力な地民の子供の手によって、である。
「これを応用すれば、いわゆる〝返し技〟と呼ばれる類になりますが、コウセイ殿のそれは、更に攻撃的に発展昇華させた戦技でしょう」
相手の攻撃を、防ぐのではなく受け流すという戦技は、数多く存在する。そうした技も、サクラやフィルは身に着けている。だが、それはあくまで防御や回避が前提であり、攻撃は、どうしてもその次になってしまう。
対して、コウセイの戦技は、相手の攻撃が即ち自身の攻撃。圧倒的な重量と膂力で繰り出される一撃が、形と方向を変えて、そのまま跳ね返されるということだ。
「それと、そこまで器用な真似が出来るなら」
転んだラヴィーネを立たせながら、サクラは話を付け加えた。
「体格や重量の上回る相手を木の葉みたいに跳ね除けるとか、踏みつけの衝撃を地面伝わせて足を挫かせるとか、顎を掠めただけに見せた蹴りの衝撃を直接脳に伝えて脳震盪を起こさせるとか、内臓に直接衝撃を与えて破裂させるとか──なんて、どうってことないでしょう?」
それこそ、炉心や脳でも──サクラの背筋に寒気が走り、完治してる筈の臓器が、妙に疼いた。
「……概ねこのように考察でございますが、如何でしょう?」
フィルが話をまとめると、マオシスの通訳も挟んで聞いていたコウセイは、しばし考え、
「……サイショ、ワカッタ、ダレ?」
「ラヴィだよ、ラヴィっ!」
細かい理屈はサクラやフィルによるものだが、最初のきっかけは、間違いなくラヴィーネの思いつきだ。
ドヤ顔で胸を張るラヴィーネに、コウセイの評価は、
「ハンブン、タダシイ。ハンブン、チガウ」
「ちぇ~」
やや辛口な評価に肩を落とすラヴィーネだったが、コウセイはさらに続けた。
「ワタシ、ヨクミル。ラヴィ、カンガエル、コタエヲダス」
「えっと……」
「いちいち教えを請うのではなく、コウセイ殿をよく見て、盗めるだけ盗み、ご自身なりに磨くこと……ということでございましょう? 実際、手取り足取りで教わって習得できるような戦技ではございません」
フィルが補足すると、コウセイは頷いて見せ、
「ワタシ、キビシイ。コドモ、デモ、トテモキビシイ」
「えっと、それって……」
「デモ、ラヴィ、ガンバルヲ、ツヅケル、デキル?」
「うんっ! やるよっ! ラヴィ、めっちゃ頑張るよっ!」
弟子入りが叶ったラヴィーネは、拳を握りしめて満面の笑みで頷いた。それを目にしたフィルは、ポツリと、
「ストリフ殿の不機嫌な顔が目に浮かびます……ますますコウセイ殿を目の敵にしかねません」
「ストリフだけじゃないですよ」
と、サクラが揚々と剣を抜く──と言っても、抜き身ではなく、鞘ごとだが。
「というわけで、もう一勝負といきましょうか」
そんなサクラに、フィルはさも残念そうに肩をすくめ、
「何が、〝というわけで〟なのか甚だ疑問ですが……今のお話を理解されておられなかったのですか? サクラ様は阿呆だ阿呆だと思っておりましたが、どうやら大阿呆に進化してしまわれたようで」
「やっかましいわこの陰険根暗無表情侍従っ! タネが割れてしまえば、どうということはないんですっ! 行きますよ、コウセイっ!」
サクラは、裂帛の気合でもってコウセイに突撃し、
「あ、あらっ?」
コウセイが煩わしそうに手を振った瞬間、サクラの体は高々と宙を舞った。
*****
その後も、ムキになって三度ばかり仕掛けてみたが、結果は全て同じ。もはやサクラも慣れたもので、空中で身を翻し、美しい着地まで決めることが出来た。
「サクラ、カッコい~」
「……どういたしまして」
虚しい。ラヴィーネの無邪気で惜しみない拍手と賞賛が、痛いほど虚しい。
「コウセイ殿の戦技は、二手三手先まで正確に読むことが前提でございます」
極寒のフィルの目と、どうでも良さげに腕を回しているコウセイの態度が、更に虚しさを煽ってくる。
「一方、サクラ様の動きは、極めて単調かつ直線的。コウセイ殿にしてみれば、これほど与し易い美味しい相手はいらっしゃらないでしょう」
単純な膂力や重量は、サクラの方が圧倒的に上である。
その〝圧倒的な差〟を逆手に取って跳ね返すのが、コウセイの戦技なのだから。
「……わ、私……そんなに……」
サクラの美しい着地姿勢が揺らぐ。そこに、フィルは更に追い打ちをかけた。
「よくぞ、よくぞ悟られましたね。御自身の愚かしさと小物ぶりに」
「くぅ──っ」
いつもの冷たい声音ではなく、さも感極まったように目元を拭うフィルに、サクラは血を吐くような呻き声を上げて膝をついた。
「サクラ、大丈夫だよっ!」
駆け寄ったラヴィーネが、蹲るサクラの肩にやさしく手を添える。
「ら、ラヴィ……」
「サクラは短気でよく考えてないだけで、良い人だって分かってるからっ!」
「短気……っ? よく考えてない……っ?」
ラヴィーネの無邪気で残酷な慰めに、サクラの目から光が消えた。頭を抱えて蹲り、
「どうせ私なんてどうせ私なんてドウセワタシナンテ」
何やらブツブツと怨嗟を垂れ流し始める。ラヴィーネは、とりあえずサクラの背中をさするも、どこか諦めたような面倒そうな顔。
そんな漫才じみたやり取りを、やや距離を置きながら見ていたコウセイは、
「サクラ、スゴイモノ、モツ。デモ、スゴイ、ガマン、ヨワイ」
フィルだけに聞こえるように声を潜めて言った。
「サクラ、ヨクカンガエル、シナイ……トテモ、モッタイ、ナイ」
「的確な分析とご指摘、御見それいたします」
言い様は拙いながら正確に的を射るコウセイの指摘に、フィルは素直に感心した。
「……我が主は、激昂しやすいご気性もあり、考えなしに力ずくで事に当たる質であらせられます。侍従としては、実に嘆かわしい限りございます」
「ダカラ、フィル、サクラヤリスギル、トメル。フィル、トテモイイ、ヒト」
「……侍従として当然のこと。お褒めいただくまでの事ではございません」
とか言いつつも、フィルの無表情は僅かに緩んでいた。それどころか、僅かに頬を染めているという、驚天動地の表情を見せていた。
幸か不幸か、懊悩しているこの時のサクラが、それに気づくことは無く、
「……時に」
すぐに元の無表情に戻すと、フィルはスイキョウの頭部に目を向ける。
「マオシス殿は、ずいぶんと流暢に言葉を扱うようで?」
『コウセイを通じて、この十日間における貴方達の会話を収集し、言語を解析しました。私の情報の収集、精査、それに基づいた処理においては、理論上人間の数億倍から数百億倍の能力があります』
「なるほど。言葉に不自由なコウセイ殿が、我々との対話にさほど困らなかったのも、マオシス殿のおかげということですね」
『私は、あくまで支援する機械に過ぎません。コウセイの言語習得は、コウセイ自身の行動の結果によるものです』
つまり、コウセイの努力の賜物ということらしい。
『しかしながら、コウセイの会話は充分とは言えないので、貴方達の会話において齟齬があると判断される場合は、通信等を介して急に割り込む場合がありますので、ご了承を』
「畏まりした」
言葉が通じない、会話が出来ない──この不便さと、それによって生じる壁や軋轢は、もはや語るまでもないだろう。
「さて、少々長居が過ぎました。そろそろ……サクラ様?」
「ごめんなさいすいませんもう生意気言ったりしませんからどうかどうか」
「……お帰りの時間ですので、いじけるのはいい加減になさいませ」
フィルは冷たく促すと、未だにブツブツと泣き言を垂れ流すサクラの尻を蹴飛ばした。
これだけ見れば、忠誠も何もあったものではなかった。




