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2-5:郷星の人類

 不摂生気味──つまり、太ったのではないか?

 くすぐったさなど気にしてる場合ではない。

「そ、そんなことない、はずです……」

 言いながら、サクラは、自身のあちこちを摘まんでみる。心なしか、つまみ易く(・・・・・)なっていた。気にしなければ気づかないような、小さな差ではあったが。

「恐れながら……これ以上無駄に大きくさせるのは」

「うひぇっ?」

「せめてココだけ(・・・・)にして下さいませ」

 と、フィルは今度はサクラの豊かすぎる胸を鷲掴みにしてきた。

「……どうやら、また大きくなったようでございますね。一体この怪物は、どこまで成長するのでございますか?」

「か、怪物って」

「でも、ほんとにすっごいよね~、サクラのおっぱい」

 と、ラヴィーネまでがサクラの胸を突っついてきた。

「あ、貴方達いい加減に……っ」

「しかもただ大きいだけではございません。張り、艶、そして弾力」

「や、やめ、あふぅ……っ」

 緩急を織り交ぜた、やたらに慣れたフィルの手つきに、サクラの口から甘い吐息が漏れる。

「のみならず、これだけの重量感があるというのに、決して垂れ下がらない。頭や耳目に配すべき養分が、本当に全てこちらに吸い取られているなどと勘ぐったこともありましたが、それだけの価値がありましょう。これはまさに、至宝の珠玉っ!」

 フィルは一切手を緩めず、珍しく興奮を隠さずに力強く断言した。一緒になって突っついていたラヴィーネが、思わず引いてしまうほどに。

「恐れながら、同じ女性に生まれた身としても、実に恨めし……いえ、小憎ら……ではなく、羨ましい限りです。将来、どこぞの殿方が、独占してしまうのですねぇ」

「~~~~~~~いい加減になさいっ!」

 怒鳴り付けてフィルの手をはたき落とした。かなり強めに。

「……申し訳ありません、コウセイ殿」

 引っ叩かれた手を擦りながら、フィルは神妙に頭を下げた。

 サクラではなく足元──膝を着いたスイキョウの前で、胡坐をかいて座るコウセイに向けて。

「何で謝る相手が、私じゃなくてコウセイなんですかっ?」

「コウセイ殿を差し置いて至宝の珠玉を堪能した故ですが、何か?」

「堪能って、ていうか差し置いてって何ですかっ?」

「言葉通りの意味ですが……」

 フィルは、もう一度コウセイの方を確かめる。

 周りには、何かの図やら細かい記述やらが並ぶ画面がいくつも並んでおり、コウセイはずっとそれらに目を向けていた──外側からは操縦席の中を直接見れないとはいえ、こちらには目もくれていない。

 などと思っていたら、コウセイは不意にこちらを見上げ、

『サクラ、カラダ、トテモスゴイ。フィル、カラダ、スゴイ。ラヴィ、カラダ、フツウ』

「んなっ!?」

 カタコトながら、何とも分かり易いことを言ってきたものだから、サクラは思わず頭に血を上らせた。

『ミンナ、ドウシテ、チガウ? ワタシ、シリタイ』

『この星の人類である貴方達は、相違点が多く見受けられます。特に、サクラの体は、異星人(我々)の常識では考えられない構造をしています。可能であれば、論理的説明をお願いします』

 すかさずマオシスが割り込んで、コウセイの言葉を補足。おかげで、サクラの頭の血はどうにか下がった。

「ああ、そういうことなら……良いでしょう。それはですね」

「その講釈は、不肖ながら私めが」

 ドヤ顔で語ろうとするサクラを、フィルが冷たく遮った。

「サクラ様では、暇を持て余した老人の如き、無駄に長いだけの要領を得ない話なります故」


*****


 月の加護を受ける月民。

 月の加護からあぶれた地民。

 郷星の人類は、大きく分けてこの二種である──とされているが、月民は更に二つの種族に分けられる。

 月の加護よって進化した〝還人〟。

 そして──月で生まれた、月の化身とも言われる〝煌人〟。

 地民からは、しばしば──もっと言えば憎悪と皮肉と嫉妬を込めて──一括りにされるが、もはや別の人種と言っても良い。

 大型餓獣をも上回る強靭な膂力。

 強靭な膂力を支える金属質の骨格。

 至近距離の打矢も見切り、回避する反射能力。

 それらを操る二つの脳。

 還人のそれとは比較にならないほど複雑で大規模な月路──手足や胴を巡るそれだけでなく、守護月と同じ色の髪と瞳も、月路としての働きを持つ。


「私を例にすれば、蒼月精ですね」

 サクラは、自らの蒼髪をいじりながら、フィルの説明を補足する。蒼く見えるのは単なる色素ではなく、蒼月精ということだ。

 そして最大の特徴──〝炉心〟と呼ばれる心臓。

 身体機能の原動力だけでなく、守護月の月精を自己生成する能力も有する。つまり、加護月の月精に限ってであれば、周囲の月精だけでなく自身の月精も加わる上、先に述べた大規模かつ複雑な月路も相まり、強大な月精術を行使できる。

「──簡単に説明すると、このようになります。ちなみに、煌人方の心音は〝鼓動〟でなく〝駆動〟と称します」

 と、話を終えて、フィルは小さく息をついた。そして、ふと思い出したように、

「ああ、それと……サクラ様の体重ですが」

「言わせるかぁっ!」

 すかさず身を乗り出してフィルの口を塞ぐ。

「言うと思ってましたよ貴方の事だからぁっ!」

「むぐ……ともあれ」

 フィルは、冷静にサクラの手をほどきながら話を続ける。

「サクラ様も含む煌人の方々は、その御体の特性上、体じゅ……いえ、質量が非常に重いという欠点、いえ短所……ではなく、特徴がございます。何せ、金属質の骨でございます故」

 いちいち言い直してるのは、ぜったいわざとだろう。色々と突っ込みたいサクラだったが、話がこじれるのでここは我慢してやることにした。

「したがって、煌人方は成人の地民や還人の四~五倍以上の重さになります。そのあたりは、重々にご承知を」

『ワカッタ。アリガト』

 片言で礼を言うコウセイ。そんな彼に、サクラは映像越しに刺すような視線を向け、

「何度でも言いますけど、私たちの体の情報を変な事に使ったら、承知しませんからね?」

 低い声で釘を差すサクラだが、コウセイは何でもない事のように肩をすくめ、

『……マオシス。イマ、ミンナ、エイゾウ、ダス』

「あ、貴方、言ってる傍から」

『開示不可能です』

「……え?」

『サクラ、ムネ、オオキサハ? カラダ、ドレクライ、オモイ?』

『開示不可能です。身長体重等、個人の身体的な詳細情報は、第二級保護規約に基づき、第三者への開示は不可能です。原則として、閲覧可能なのは情報当該者、及び当該者が許可した場合のみとなっております』

「ああ、そういうことですか……」

「サクラ様、鈍いにも程がございます」

 すかさず、フィルが冷たく棘を刺してきた。

「コウセイ殿が、わざわざこちらの言語(・・・・・・)で仰られたのは、何故でございますか?」

「……私達にも分かるように、でしょ?」

「よろしい。この期に及んでお答えを窮されようものなら、色々と調教……いえ、再教育という極めて面倒な事をしなければならないところでした」

「今、調教って」

「空耳でございましょう」

 フィルは素知らぬ顔で惚けて見せ、ふと思い出したように

「時に……コウセイ殿は、大きなお胸がお好みではございませんか? 先ほども申し上げましたが、サクラ様は、それはもう素晴らしい名器をお持ちで」

「ちょ」

『トテモ、スキ』

「はぁっ!?」

『ワタシ、オオキイムネ、トテモ、スゴイ、スキ』

 再び始まったふしだらな話にサクラが愕然となる中、コウセイは、何を意味しているのか親指を立てて見せ、

『フィル、トテモ、スゴイ、ウラヤマシイ。サクラノ、オオキイムネ、ワタシ、ミタイ、サワリタイ』

「な、バカ言うんじゃありませんっ!」

『ダメ?』

「ダメに決まってるでしょうっ!」

『スゴイ、ザンネン、トテモ、ザンネン、ア~ザンネンザンネンザンネ~ン』

 コウセイは、さも残念そうに深々と嘆息してみせるが、やけに芝居がかってるように見えるのは、カタコトだからではなく、絶対にワザとだ。こちらには見向きもせず、残念さなど微塵も感じられない。

 しかも、

『……へ』

「ちょっ? 貴方今、鼻で笑いましたねっ!? 異星人に私の造形美が分かるんですかぁっ!? 何が分かるっていうんですかぁちょっと聞いてるんですかぁえぇっ!?」

 涙まで浮かべて喚き散らすサクラ。

 そんな主のみっともない姿にフィルは、もはや憐れみに満ちた目を向け、

「ラヴィ様……お見苦しいでしょうが、しかと覚えておかれませ。ゴロツキ風に申し上げれば、体だけ(・・)が取り柄の小便臭い小娘では、殿方の心を掴むことは出来ないのです」

「ああ、うん……そうだね。ラヴィ、気を付けるよ」

 ラヴィーネですら、何とも言えない顔で頷いた。

「こらそこっ! 聞こえてますよ誰が小便ですかっ! 大体、〝だけ〟って何ですか〝だけ〟ってっ?」

「サクラ様、お気を確かに……もはや幼子の駄々を通り越して、狂った獣でございます」

「んっぎぃぁああああああああああああああああああああっ!」

『お話し中失礼します』

 まさしく獣のような嘆きを放つサクラはさておき──マオシスが割り込んできた。

『解析完了しました。直ちに衣類を着用してください』

『ミンナ、アリガトウ』

「え~え~どういたしましてぇっ! それじゃ約束通り、コウセイの技を教えなさい!」

「サクラ様。まずはお召し物を」

「分かってます!」

 フィルに差し出された服を、サクラは乱暴にひったくった。

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