2-3:姿なき意思
「……お前らが絶対目を離さないってなら、行っても良いぜ」
ラヴィーネの無垢なる眼差しと、サクラ達の涙ぐましい説得の末、ストリフは、それはもう渋い顔をしながらも許可した。
監視付とはいえ、お気に入りの遊び場にいけるものだから、ラヴィーネはそれはもう大喜びで跳ねるように山道を登っていき、そんなラヴィーネに目を光らせつつ、サクラ達は遺跡へやって来た。
「これって……」
相も変わらずの巨大な構造物は、以前とは少しばかり様相を変えていた。
流れ込んでいた土砂は片付けられ、代わりに入口は巨大な門で塞がれ、しかし人が通れる程度の幅で開け放たれている。
「これは、コウセイ殿が?」
「でしょうね……そういえば、以前、遺跡を調べて直すとか言ってましたけど」
もっとも、覚えたての拙い言葉だったから、〝調べる〟はともかく、〝直す〟という部分は、真に受けていなかったのだが。
「この分だと、本当に直して動かすかもしれませんね。この前大騒ぎになったばかりだってのに勘弁してって感じですよ」
「確かに安心はできませんが、コウセイ殿ならば、さほど警戒するほどでもないかと……先日のように、要らぬ手出しをして要らぬ騒ぎに、などという事態にはならぬと思いますが」
「ぅ……」
この前、先日──心当たりがあり過ぎるものだから、ラヴィーネはギクリと震えた。
「ね、ねえっ! 何だろあれ~」
「何ですか? 珍しい鳥でも飛んでましたか?」
と、ラヴィーネは、明らかに誤魔化すように空を指さすものだから、仕方なしにサクラはそちらに目を向けてみれば、青空をのんびりと流れていく大きな雲があった。確かに、鳥の形に見えなくもない。
「?」
おかげで──白い雲を背に不自然に動く黒い点は、はっきりと見て取られた。
「あれって……」
気のせいか、それは徐々に大きくなり──物凄い勢いで、こちらに迫り、
『警告。当機は、着地態勢に入ります』
そんな声が聞こえた時には、既に頭上を覆う位置まで達していた。
漆黒の巨人──スイキョウとかいう、二十ヌーラの巨大人形が。
*****
『直下の人員は至急退避、突風と振動に注意してください』
サクラは咄嗟にラヴィーネを抱え、フィル共々飛び退くと、スイキョウは静かに着地──〝突風と振動に注意〟と言いつつ、二十ヌーラの巨体が降り立った揺れは殆ど無く、突風どころか、そよ風すら起こらなかった。
スイキョウは、震動も音も殆ど起こさず静かに遺跡の門の前まで歩く。すると、巨大な門は重々しい音を立てて左右に開き、スイキョウが通れる幅に広がった。
「ちょっと待ちなさい」
サクラはラヴィーネを下ろすと、スイキョウの足元まで駆け寄る──いつでも抜けるよう、剣の柄に手を添えて。
「貴方、コウセイじゃありませんね?」
発せられたのは、コウセイよりもずっと高い声。しかも、ずっと流暢な言葉だから、コウセイではあり得ない。
『肯定。私はスイキョウ・ゲンコウの機体管理及び操縦者支援を担う〝マオシス〟です』
「……自己紹介するなら、せめて顔ぐらい見せてくれますか? 十日以上も遺跡に引き篭もってた理由も含めてね」
『顔を見せる……それは実行不能と判断します。私には〝顔〟に相当する部位は存在しません』
「どういうことです?」
『私は人工思考体──あくまでスイキョウという機体に搭載された機器の一つに過ぎません。現状、スイキョウの機体を使って行動していますが、スイキョウとはあくまで人型の多目的有人機を指す呼称です』
「え~っと……」
サクラは頭を全力で回転させてここまでの話を統合し、
「貴方は自分の体を持たない〝意思だけ〟で、引き篭もっていたというよりは動けなかった。で、扉を開けてスイキョウが通れる道が出来たから表に出てきた……まとめると、こんな感じですか?」
『極めて広義的ではありますが、誤りのない認識であると判断します』
「恐れながら、横から失礼いたします……あまりにも嘆かわしい故」
ラヴィーネの手を引いてやってきたフィルが、わざとらしく目元を押さえて冷たく言った。
「マオシス殿、我が主の今後のためにもはっきりと申していただければ……サクラ様の理解と認識は大雑把で適当である、と」
「だからぁ! 貴方はいちいち余計なひと言が多いんですってばっ! 大体、どれもこれもがとんでもなく高度な代物なんですから、私達に理解できるわけないでしょうに!」
「よろしい……〝理解できない〟という肝心な部分はご理解されていたようで、とりあえずは安心しました。無思慮な言動をお許しください」
「くっ……」
恭しく頭を下げるフィルに、サクラの怒りは一気に削げてしまう。忠実な侍従であるゆえに、主の気性をよく理解しているのだった。
「時に……マオシス殿、でしたか。コウセイ殿はどちらに?」
そしてフィルは、サクラが苦虫を噛んでいる間にさっさと話を次に進める。
『コウセイは現在、遺跡の船舶格納区画において作業中……コウセイは、貴方達をスイキョウで運ぶよう提案していますが、どうしますか?』
「乗るっ!」
ラヴィーネは、無邪気に目を輝かせて勢いよく手を挙げた。サクラとフィルは、目配せして頷き合い、
「分かりました。お願いします」
サクラは、剣から手を放す。渡りに船だし、この機会に一つあちら側に〝乗って〟みよう。
『了解。重力上昇を開始します』
不意に、体の重さが消える。困惑する間もなく、サクラ達の体が見えない力で持ち上げられ、スイキョウ手の平に乗せられた。
『移動を開始します。着座を維持し、大きな動きは控えてください』
スイキョウの巨体が静かに地面から離れ、分厚い門の間に入る。十ヌーラはありそうな分厚い門を抜け、あの広大な通路に入ると、スイキョウは徐々に加速していった。
「高~い速~いっ!」
「今言われたばかりでしょう。大人しく座ってなさい」
はしゃぐラヴィーネを諌めつつ、サクラは周囲を確かめる。
自分たちが今進んでいるこの広大な通路には、今は明かりが灯っていた。以前のような最低限ではなく、広さがはっきりと目視できる充分な光量で。
「タテヨコざっと三百ヌーラってところですか。改めて見ると、凄いですね~」
『解析調査の結果、この通路は〝主回廊〟と呼称された区画で、船舶級規模の大型物体が出入りしていたと推測されます』
「船舶って……」
この遺跡が作られた時代の船は、それほどまでに大きかったたのだろうか。サクラの知る中で最も大きな船など、五十ヌーラにも届かないというのに。
「凄いとは思いますけど……ここまで大きなモノ作って、どうするんでしょうね?」
「〝巨大は正義〟……この思想は、古今東西共通かと」
フィルの視線は、何故かサクラの胸元に向けられていた──厚手の服も内側から押し上げる程に大きく育った果実に。
「フィル? どこを見て……いえ、それは後にしましょう」
サクラは、出かかった文句を呑みこみ、逸れかけた話を元に戻す。
「作業って言ってましたけど、どういうことです? あれこれいじって動かしてるみたいですけど」
『現時点では、遺跡の機能の解析も兼ねて実験的な稼働を断続的に行っています。完了次第、必要となる機能に限定して再起動を目標とした修復、及び復旧作業に入る予定です』
「必要な機能って?」
『×××××××……こちらの言葉では、〝異層次元跳躍門〟と称するのが適切と判断します。ある一定範囲の空間に特異点を生じさせ、異なる層の次元に穴を開けることにより』
「ま、待ちなさい。専門外や子供にも分かるように説明なさい」
実際──ラヴィーネなどは、目が半分閉じかけてウトウトしている。
『通常の航行手段では万単位、ないし億単位を超える年月がかかる距離を転移──一瞬にして移動するという機能です』
「……それを使って、貴方達は何をするつもりです?」
『故郷への帰還です』
淡々とした短い答え。だが、万や億という想像も出来ない年月がかかる距離にある場所となると、
「つまりあれですか? 貴方達は、別の星から来た異星人とかそういうのってことですか?」
『肯定します。我々は、この星の原住民ではありません』
冗談半分のサクラの問いに、マオシスは無機質に──そして、こともなげに答えた。




